第二章32、『魔導図書館』
世界神秘対策機構。
この組織の畏怖するべき点は大きく分けて三つある。
一つ目は、その人脈の広さ。――普通の人間として神々にデザインされ、当たり前のように年と取るはずの【パンドラ】による、異常なレベルの交流範囲。その手は【世界神秘対策機構】の本部が存在しているイギリスの政府にまで届いているという。
二つ目は、人材確保の手際の良さ。表向きには教会として機能している本部において、死なない相手を殺すための技術を持った【魔術師】の育成は必要不可欠である。が、いずれ、人は老いて死ぬ。そうして死ぬ前に技術を継承する必要がある。この組織は後継者とするために孤児を引き取り、ある程度の【魔術師】になるまで育成させている。その手際の良さは一見、組織の人材が無限と感じさせてしまうほどだ。
三つ目は、異常なレベルに情報が集まっているという点。世界神秘対策機構の本部は一目見ただけではただの教会にしか見えないが、その内部は【白銀】――【召喚】――【時空】を担う【魔法使い】である『ウムル・ノーデン・ラプラス』によって、事実上の無限の空間が広がっている。それを利用し、報告書という形で逐一情報を保管しているのだ。その長年の努力により、この組織は、【海の記憶】の次に情報を収束されている場所と周囲からは認知されている。
だからこそ、世界神秘対策機構は現在の地位を獲得し続けているのだ。
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「……やっぱり、シスターさんが多いですね」
「縁でございます。聖書に関連する事象を【魔術】として発動するために、自らの個性として利用しているのです」
「じゃあ、あなたは何で着ているの?」
「基本的に、私は【パンドラ】様と共に行動することが多かったので」
私にとって、母様はシスターだった。
かつての私は、そう考えていた。
思っていた。
実際、イドラと初めて会った時だって、彼女のことをシスターだと思っていたのだから。
「――それで、魔導図書館、っていうのは何?」
「言葉の通り、【神秘】に関する情報が記載されている書物が保管されている場所でございますよ。見習いの【魔術師】が使う、【グリモワール】が保管されていることもあって、そう呼ばれるようになったのです」
「意外と、曖昧だね」
ふと、私は思う。
今、私は、アズマ君の過去を知るであろう――それをずっと黙っていたトム・ジェイソンの元に向かっている。
どうして、そんな場所に彼はいる?
「……既に【魔術】が使える人が、新しい【魔術】を使えるようになったり、するの?」
「不可能ではございません」
「――難しいってこと?」
「【魔術】は自らの縁を辿って使用する技術でございます。既に【魔術】を獲得していた場合は、その【魔術】との縁が何よりも強いものになっていて、他の【魔術】の獲得の阻害をすることが多いはずでございます。――ただ、トム・ジェイソン様はウムル様から【魔術】を授けられた人間のうちの一人、与えられた縁と別離する、という形で新規の【魔術】は獲得することが出来るはずでございますよ?」
「そっか」
足が速くなる。
私の首を絞めてくる、苦くて甘い何かが、速くしろと静かに急かす。
「ここでございます」
足を止める。
扉を開ける。
「トム・ジェイソン!」
誰かがビクリと体を震わせる。
「話があります」
「……ノエルさん、図書館では静かにしてくれ」
やはり、青年は嫌そうに笑みを浮かべる。
きっと、予感と言うやつだろう。
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話をした。
事情は知っていると、そう口にした。
「……話したくない」
「どうして?」
「忘れたから」
「どうして!」
目を逸らされた。
何となく、それで、どうしてか、私は分かってしまった。
「……一連の出来事が、資料として残されているはずだ。それを使用してもらって構わない」
「何処に行くんですか?」
「……まだ、家族に挨拶をしていなかったから、挨拶に行ってくる」
逆に、どうして。
まだ、会っていないのだろうか?