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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章31、『乱れる境界線』


 私は怒っている。

 母様に――パンドラに怒っている。


「……どうして、アズマ君を見捨てたの?」


 私がそう口にすると、彼女は苦しげに笑った。

 困ったように、無理矢理笑みを浮かべていた。


「そもそも、どうして、私を引き取ったの?」


 それはただの憐憫か。

 それとも、私が【転生者アナスタシア】だったからか。

 パンドラという個人が愛してくれていたのか。

 【参謀パンドラ】という組織として愛するしかなかったのか。

 私は今、パンドラと話しているつもりだ。だから、きっと、彼女に、母親としての情があるのなら、嘘を吐く。――もしくは、その成長を望むはずだ。


「あの子は、アズマは、あなたが【転生者アナスタシア】であることを知っていました」


 ここまでは予想できる。

 予想は出来た。

 これはきっと、私のために、アズマ君が、【神秘】に関わっていたことを意味しているのだろう。そして、そうなると、アズマ君が、本当に、オンラインスクールに行っていたのかも、疑わしくなってくる。そして、そして、そして、そして――思考が、回らなくなってきた。


「あの子はあなたを救うために、二つのプランを計画していました。片方が、あなたを【運命】から救い出すもの、もう片方が、あなたに幸せな余生を謳歌してもらうもの。あの子は前者をメインに行動していました。いわば、後者は前者が失敗した際に用意していた、サブプランです」


 彼は知っていた。

 いずれ、私が死ぬことを。

 彼は恐れていた。

 やがて、花が散ることを。


「そして、あの子は失敗しました」


 【大災害】。

 アズマ君はそこで死んだ。

 ――記憶を失った。


「あの子は、あなたが死ぬことを知って、誰よりも悲しんでいました。それは、あの子が、誰よりもあなたを愛していたからです。私はもう、彼を苦しめたくなかった。だから、私は、親子の縁を切ったのです」


 何を恨むべきか。

 何も恨めない。

 何もかもが、恨めしい。


「そのプランは、どんな内容のものなの?」

「前者は誰も知りません。彼はアレを徹底的に隠していましたから。ですけど、後者については、【魔弾の射手】――トム・ジェイソンが詳しく知っているはずです」


 ちなみに私は、身内だからと教えてくれませんでした。――そう口にして、母様の浮かべた笑みを何処か寂しそうだった。

 彼は愛されていた。

 私も愛されていた。


「……そう、ですか」


 先日の親子喧嘩は、その一言で終わりを迎えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私の故郷は港町だ。

 その水面を朝日が輝かせ、その鋭さに私は眉を顰めてしまう。その窓の向こう側にある景色から目を逸らすと、そこには寝巻からいつもの変な服装に着替えたアズマ君の姿があった。彼は眠たげに、気持ちよさそうな声を上げながら背伸びをしていた。

 そして、彼はこちらを向いた。


「ノエル、準備は良い?」

「はい、行きましょう」


 その表情は昔と変わらない。

 私にも変えることが出来なかった、不動の好意がやかましい。――ただ、それは、愛おしいというよりも。


「……」


 私のその返答を受け取った次の瞬間、彼は私に背を向ける。それによって、彼の身に着けている漆黒のローブはばさりと音を立てながらはためいた。そんな彼は何か楽しそうで、それからは既視感を覚えてしまう。

 あれは、そう、未知を暴く子供の様な、純粋な行動だ。

 誰かが、マザーグースを読んでいた時のような。――そんなことを考えて、私が密かに唖然としているうちに、アズマ君は部屋の扉を容赦なく開いた。

 そこには、一人分の人影があった。


「おはようございます、アズマ様、ノエル様」

「イドラじゃん、他人行儀が悪化してない?」

「仕事でございますので」

「……えっと、道案内でも任された?」


 少女は――イドラはこくりと頷いた。

 確かに、それはありがたい話だ。私たちが先程までいた部屋は、私が三枝学園の寮で暮らす前に使っていた部屋のはずなのだが、すっかりこの部屋に辿り着くまでの道のりは変わってしまっていた。

 おそらくは、これがこの教会の本来の姿なのだろう。


「えぇ、ノエルと教会デートが出来ると思ったのにぃ」

「……何ですかそれ。それはそうと申し訳ないんですけど、ここについて詳しくは知りませんよ、私?」

「いいじゃん、別に。オマエとなら、俺は別に迷っても良いぜ?」

「お腹が空きました」

「腹ペコ系ヒロインかよ。――んっと、すまんな。待たせちまった。案内、早速だが頼めるか?」

「はい、元よりそれが目的ですので。――こちらでございます」


 イドラが先頭を切る。

 そして、すぐ隣の扉の前で止まった。


「……えっと、イドラさん?」

「着きました、この扉の先が食堂でございます」

「案内もなにもないじゃん」


 ガッカリしたような声だった。

 きっと、この後は探検でもしようと思っているのではないだろうか。――それでも、私がお腹が空いたと噓をついたからか、せかせかと彼は扉を開ける。

 その先の風景は不自然だった。教会と呼ぶにはだいぶ近代化されており、何より広さはすごく変だ。いや、大きいことが、広々としていることが変だとは言っているわけではない。

 ただ、この広さでは、私たちのいた部屋と座標的には重なっているはずだ。


「この【教会】は、僕の【魔法】によって管理されているんですよ?」

「う、ウムル様っ!?」

「……イドラ、その敬意は嬉しいけど、それでも苦手なんですよ。ほら、僕とは気楽に、近所のお姉さんと話しているように、接してくれるともっと嬉しいですかね」


 


「それはそうと置いておいて、おはようございます皆さん。いやはや、良い朝ですね。――些か朝日が眩しいけど、空気が澄んでいて気分が良い」


 と、ウムルは決め顔でそう言った。

 これまでの肘をついていた体勢から、両手を重ねて、片足を組んで、椅子の背もたれに一切の遠慮もせずに依存すると、


「そもそも、建物の外見と広さが比例していないかったでしょう?」


 なんて、笑顔でそう告げる。

 誰かに似ている。

 そのあからさまに作ったような傲慢な声色、その相手の精神を逆なでするような挑発的な表情、――アズマ君は、すごく嫌そうな顔をしていた。


「……あ、そうだ。折角だし、飯、一緒に食うか?」

「よろこんで――と言いたいところですが、僕はもう食事を終えていましてね。また、新しく何かを頼むのも良いですが、これ以上の食事は体重が……それと、ジャックをこれ以上待たせるのはいけませんし」

「そっか、それは残念」

「僕もです」


 その端的な一言には様々な感情が込められていた。

 純粋無垢、天衣無縫、天上天下唯我独尊、その言動は誰かを思いやるものではなく、合理的な発想なのだと思い知らさせる。

 そうして、一切の迷いない様子で彼女は立ち上がった。


「……イドラ、彼の食事を終わり次第、僕の部屋に案内して欲しいのですが、それでもよろしいですか?」

「喜んで」

「善い返事だ。――じゃあ、失礼しますね、【剣聖】。そして、今代の【転生者】」


 やはり彼女は迷いなく、前へと進む。上に立つ人間ならば、一つぐらい悩みがあってもおかしくはないというのに。――いや、もしかしたら、あっても隠しきれるのが大人と言うやつなのかもしれない。


「あ、そうです。忘れてました」


 そう口にして、彼女は唐突に足を止める。


「スマホ、出してください。教会の地図を送りますので」

「もってなーい」

「私が持っているので大丈夫ですよ」

「一緒に行動してないと使えないじゃん。それ、ガラケーじゃ無理なのかよ?」

「機種が違うと、無理じゃないですかね」

「うーん、ゴミ」


 それはそうと、最近アズマ君の語彙力が下がってきている気がする。

 昔みたいに。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 食堂で私が注文したのは、ミートボールスパゲッティとサラダだ。アズマ君もそれに倣い、私と違って、それを押しそうに頬張っている。

 その一方で、私の箸――いや、フォークが進まない。


「ノエル?」

「……え、あ、はい。何ですか?」

「何か、昨日から様子が変だぞ、具合でも悪いのか? ――それとも、何かあったのか? それなら俺に言ってくれ。俺が、何とかするから」

「何でもありませんよ。――ご馳走様でした」

「早……って、全然食ってないじゃん。本当に大丈夫か?」

「アハハ、長旅で、疲れてるみたいで」

「――寝れてないのか?」

「夢見心地が悪くて……あ、でも、君の寝顔は見れましたよ」

「……」

「あ、二度寝はしませんよ。今日は、大切な用事があるので」

「じゃあ、俺も付いて行く」

「駄目です」

「……理由、聞いても良い?」

「嫌です」


 思考停止で、何も躊躇もなく、私はそう口にして、しまったと思う。――どうしてか、アズマ君は嬉しそうに微笑んでいた。


(変な趣味にでも目覚めたのかな?)


 やはり、思考停止は悪い文明だと思う。


「――うん、分かった。もしも言いたくなったら、いつでも言ってくれ。俺は喜んで、それを聞くとするよ。……あぁ、そう言えば、俺も用事があったんだよ。危ない危ない、忘れるところだった。ありがとう、ノエル」

「どういたしまして、アズマ君」


 そうして、楽しい食事は終わった。

 さて、それっぽく言うならば。

 ――私は知らない、だからこそ知ろうとした。


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