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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章番外2、『月の女神』


 『交流会』、その最後の夜。

 交流会の結果はイギリス校の勝利、厩戸豊は命に別状はないようだった。

 そして。


「こんばんは、アズマ君」

「……こんばんは」


 何故か、アズマ・ノーデン・ラプラスはウムル・ノーデン・ラプラスと今後について話すことになっていた。これが噂に聞く、進路相談と言うやつだろうか。

 それとも、ただ純粋に、随一の実力を持つアズマとのパイプを作るための接触か。どちらにせよ、これが【零課】にとっても利益になるものであることは確かだ。


「それにしても、今日は良い夜ですね」


 彼女――いや、実際に、この人物が女性なのかは分からないが、少なくとも、女性のもののように聞こえてくるその声は、実に表情豊かだった。


「月もまた、見ている場所が違うと趣も変わってきますしね」

「は、はぁ」


 裏が見えない。

 そのことに、アズマは警戒心を抱いていた。誰にしろ、何にしろ、何事にも、裏というものは存在するはずだ。――彼は経験上、そう考えている。

 だと言うのに、それこそ、彼女の声は近所のお姉さんのようなものだった。それはそれは理不尽な話であることは彼自身理解している。それでも、疑わしくないことは信じられない、そんなジレンマに囚われてしまっていた。

 その一方で、彼女は視線をティーカップに移すと、呑気にその水面を眺め始める。そこにはそれなりに歪んだ月面が写っており、底知れぬ不安をアズマに覚えさせた。


「『アズマ・ノーデン・ラプラス』、ですか。確か、彼女から――フレイから『ノーデン・ラプラス』を貰ったんでしたよね?」

「……まぁ、そうです」


 そうですか、とそう口にして、彼女は微笑むような仕草をする(いや、実際にしているかは分からないが)。


「実は、彼女も僕から『ノーデン・ラプラス』の名を貰ったんですよ? あの頃は、本当に色々あって、僕が彼女を引き取った結果がこれです。ふむ、もしかしたら、久しぶりに彼女にも会えるかもしれないと思っていたんですけどね。愛弟子の運動会ぐらい、顔を出せばいいものを」

「……師匠が、師匠が日本にいるという話は本当なんですか?」

「どうだろうね、僕にも分からない。確かに、あの娘はヨーロッパから追放されたけど、他の国は違うですしね。最初に日本を訪れたことは事実ですが、今もこの国にいるかと聞かれて、無責任にそうだとは告げられませんよ」


 会話が途切れる。

 さて、ここまで普通に会話をしていたが、これで良いものかとアズマはふと考える。そこで彼が取ったのは、自分が思う最適解だ。


「あ、あのっ!」

「おや、どうかしましたか?」

「その、白いローブは――もしかして……?」

「えぇ、フレイに作ってもらいました。『顔隠しのルーン』とは、随分と便利なものを開発……いえ、採掘してきたものですよ」

「武器造りと『ルーン文字』には、深い関連性があるんですよね?」

「よくご存じで。と言っても、君も彼女から教えて貰った口でしょう?」

「はい、そうです!」


 強引に会話を続け、その会話自体を、相手の興味のあるものにすることで、自分に対する好印象を与える。先代剣聖――フレイ・ノーデン・ラプラスは、二人の共通の話題だ。これについて話したとしても、さほどの違和感はない。むしろ、相応しい会話内容だと言える。

 この調子だ、とらしくないことにストレスを感じながら続けようと試みようとすると、彼女はこう口にした。


「――アズマ君、一つ問いをしても?」

「俺もしましたし、別に構いませんよ」


 嫌な予感がした。


「……君はあの子を――ノエルさんのことが、好きなんですか?」

「もちろん、好きですよ」

「本当に?」


 その一言と共に、その筈はないというのに、彼女の目と目が合ってしまったような気がしてしまう。――そして、彼は目を逸らしつつも、申し訳なさそうに口を開く。


「……ぶっちゃけると、正直よく分かりませんかね」

「分からない、ですか」

「でも、大切ではあります。ある意味、もしかしたら、俺にとって、ノエルは生き甲斐に等しいかもしれません。俺は誰にも死んで欲しくないけど、彼女はずっと、もっと、死んで欲しくない。彼女には幸せになって欲しい。俺にとって、ノエルの幸せが、自分の幸せに繋がるんです。だからこそ、そんな自己満足にノエルを巻き込んでしまっているかもしれないって考えると……」

「なるほど」


 その声は、どこか同情を醸し出しているものだった。――吹き抜けになっているこのテラスで、どうしてこんなことをしているのか、冷たい風が音を立てながら吹いて、ようやく、その違和感に疑問を抱く。

 ウムルは静かに立ち上がると、アズマへと背を向けた。


「『愛』と『恋』の違い、分かりますか?」

「……いえ、恋をしたことがないので」

「――『恋』は一瞬です。それは一時の熱狂のように、ただ一人だけに好意を向ける。ただ一人だけに視線を送り、その人のことだけを考える。けれど、いつかはそれは無くなってしまう。『恋』は盲目とはよく言いますが、『恋』の場合、これまでをハッとして見て、後悔して、その思いが無くなってしまう。損得で考えてしまうのが、『恋』なんです。――それに比べて、『愛』は永遠です。その『愛』によってもたらされる幸せだけでなく、不幸もまた宝物だと自然と想い、受け入れることが出来ることを、僕は『愛』と呼ぶのだと考えています」


 だとした、きっとアズマはノエルを愛しているのだろう。


「君はどう思いますか?」

「分かりません」

「本当に?」

「……いえ、分かりたくありません」

「それもまた、一つの答えでしょう。例え、それが『恋』だったとしても、自然とそれが『愛』に変わることだってあります。君があの子を――ノエルさんをどう思っているのか、その答えを出すのはまだ速い、と。そう判断したのなら、きっとあの子は君に愛されているんですね」


 何がしたいのか。

 この人間の目的は何か?


「アンタは俺の敵なのか?」

「……と、突然ですね」

「どっちだ!」

「……さて、どちらでしょうか」


 彼女はテラスの手すりに体の重心を置きながら、


「それこそ、君のこれからの行動によりますが、きっと僕は君たちを助けることになるでしょう。それでも、もしも、僕が君たちの、もしくは君の敵に回った時は、手加減をしないようにしてください。その時の僕にはきっと、立場というものがあって、個人的感情ではどうすることもできないでしょうから。君たちを殺すなら、殺された方が数倍マシですしね」


 スラリとそう口にした。


「それは……俺も同じだ」

「僕と君は初対面のはずですけど?」

「じゃあ、アンタは初対面の人を敵だからって殺すのかよ?」

「……面白い問いです。それが個人的なものであるならば、僕はきっと殺しません。けれど、戦争となると、話は大きく変わってくるでしょう。僕以外に、命を懸けている人がいるのですから。その上、その場合の僕は大分余裕がなくなっているはずです。確かに僕はこのヨーロッパで一番、一番強いですが、それでも一人の人間です」


 次の瞬間だ。

 咄嗟にウムルはアズマの方へと向き返る。続けて、まるで不自然な仕草をする。これと言って、その行動に対する変化は見られなかったが、おそらくは何らかの技を使うための前準備なのかもしれない。

 彼女はそのような行動をとった理由は簡単だ。


「待て」


 一瞬で、空間に殺気が満ちていた。


「……どうか、しましたか?」


 あからさまにウムルは困惑していた。当然だ、彼女からしてみれば、アズマが怒りを覚えているわけが分からないのだから。


「ヨーロッパで一番強いのは師匠だ!」


 息が止まる。


「……なるほど、その通りです。ですが、彼女は今、このヨーロッパにはいません。つまるところ、その次に強いこの僕が、現状のヨーロッパで一番強いというわけですね」

「いいや、俺は師匠を超えるべくして存在している人間だ。つまり、俺がヨーロッパで一番強い!」

「い、意外ですね。君って、そんなことを言う人でしたっけ?」

「アンタ、マーリンと何処か似てるよ」

「……あ、あの、クソ野郎と。この、僕が!?」

「随分と話しやすいよ、アンタは。表裏がはっきりしてるしさ。楽しいときは楽しそうに笑うし、真剣な時は真剣な風だ。アンタみたいな人、俺は結構好きだよ。トムも、ジェイソンも、トムソンも同じみたいだし」

「……彼と僕が、似てる、ですか?」

「あぁ、裏表がはっきりしてる、どっちも」

「彼が、あの無愛想な?」

「いや、アイツは無愛想じゃないだろ。ただ、何もかもがめんどくさそうな顔をしているだけであって、真剣な時は心底真剣そうだった」

「――そ、そう、ですか」


 彼女には、表しかない。

 裏と呼べるものは、表なのだ。


「いや……だとしたら、アンタも警戒しとくべきか? ついこの前、アイツに騙されたことだし。まぁ、真剣に騙されたことには違いないだろうけど」

「そりゃそうですよ。彼は案外、心理戦は得意です。情報があればあるほど、彼は強くなっていくはずですよ」

「……詳しいな」

「当然、【パンドラ】と――【パンドラ】が、十月の一件について話していた計画に関わった人物について、まとめられた資料を読んだだけです。そもそも、僕はこれでも【世界神秘対策機構】の頂点ですから。所属している【魔術師】について、知っていない方がおかしいと思いますけど」

「……何というか、アンタ、信用できるわぁ」

「い、今のどこに信用できる要素が……?」


 クスリと、アズマは笑う。


「隠し事をしたろ、今」


 誰にだって分かる。

 なるほど、彼女が戦場にしか出てこない理由が分かったような気はした。


「していません」

「いや「断じて、していません」

「……面白いよ、ホント、アンタ」

「やっぱり、僕ってカリスマなんですかね? ポンコツなんですかね?」

「誰とでも仲良くなれるのも、一種のカリスマだと思うぜ」

「ありがとうございます」

「最後に、一つだけ」

「ん、あぁ?」

「――あの子を、頼みましたよ。アズマ・ノーデン・ラプラス、他でもない君に任せます。僕の代わりに、どうか助けてあげてくださいね」

「おう、任せろ」

「――では、おやすみなさい」

「あぁ、思い出した。――その前に、一つ。お願いがあるんだが、良いか?」

「構いませんよ」


 感想は特にない。

 少年はただ、共感しただけだった。


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