第二章23、『いつも通りの展開』
音も無い森林。
風魔の末裔である彼女にとって、それは絶好の環境である。
木と木の間を飛び越えて、戦うまでもなく逃げ延びていた。そもそも、忍者は暗殺だけではなく、情報収集をすることも利用手段として挙げられる。逃げることは、誰よりも得意じゃなければならないのだ。それゆえに、攪乱や隠密に向いたこの環境は、彼女にとっては砦に等しい代物だ。
そのはずだった。
「っ!?」
一瞬で、距離を詰められる。
彼女と同じように、木と木との間を飛び越えて、素早いわけでもないというのに、縋りつくように、身軽に飛び越えてくる人影が、そこにはある。
(な、何がどうなってっ!?)
死なない。
その安心感が足を引っ張り、そんな意味のない疑問を最後とする。
「……」
煙となって、彼女は静かに朽ち果てた。
手慣れた手つきで、確かにそこにある日本の刀を収めると共に、ゲームに負けた時のような、そんなつまらなそう声色でアズマは呟く。
「これで七人目か」
一刀両断。
おおよそ数えたわけではないが、それでも10分ほどだろうか。
その短時間で、アズマ・ノーデン・ラプラスは『綾鷹優味』の分身のほとんどを撃破することに成功していた。自分からアズマの傍を離れたことなどないノエルが、勝手に一人で行動して、実力未知数というだけでなく、日本勢が撃破を絶望視していた望月とかいう教師を、倒すことが出来るなんてありえない。
(【転生者】め、余計なことをしやがって)
ノエル・アナスタシアに戦闘能力はない。
それゆえに、誰もが安心して接することが出来る相手のはずだった。
しかし、その最奥にあるものは違う。
【転生者】。
その目的は、『絶対的な魔王になること』、である。――ただ、彼女の、彼女たちの話を聞く限りでは、魔王になることはさほど重要ではないらしい。彼女、彼女たちが重きを置いているのは、絶対的であることだ。自分自身が絶対的な悪になることで、全人類がそれの所為だと納得できる理由となる。それによって、この世の生きとし生けるものに平穏を与える。それが彼女たちの目的のはずだ。
確かに、平和で終わるはずだったこの戦いを、最悪の形に変貌させるその様は、絶対的な悪と言える。
(――逆に、それが余計じゃない、ってことか?)
この時、アズマは完全に油断していた。
「密約は破却された」
声が唸る。
いや、響いている。
(……例の透明人間か?)
【転生者】という、これまで通りの問題だけに意識を割いていたこともあって、不意打ちされなかったことだけが不思議でしょうがなかった。
(もしくは、ただの経験不足か)
声の聞こえる方向に敵がいることは確かだ。
だが、その方向に敵意を向けることは出来るだけ避けるべきだろう。自らが透明であるという、その性質上、それを基盤にした戦闘を得意としているはずだ。ならば、その前提を崩すような手段が弱点であるのは間違いなく、それに対する対処法はもちろん存在しているはずなのだ。
だからこそ、その手段が分からないようにするのが、最善択と言える。
「対人剣、これはお主だけの専売特許ではない。それはともかくとして……少なくとも、望月先生を撃破することが出来る例の少女を倒すよりも、綾鷹先生の分身を全員倒して、その後に生徒を降参させるまでのところまで追い詰めれば、そこでゲームセットだ」
「あぁ、そうだな。それが、日本校唯一の勝ち筋だ。いや、勝ち筋だった、というべきだな」
周囲を見渡す。
そこには、一つの人影あった。
「ならば、ここでお主だけは倒す」
「カッコつけない方が良いぜ? どうせ、テメェも俺に負けるんだ」
声は別の方向から聞こえてきている。
その人影は本物ではなく、偽物であることは確定だ。
「てか、意外とおしゃべりなんだな。てっきり、おしゃべりは嫌いなんだと思ってたぜ」
「苦手、だな。今はこうして話すためのネタがあるから話せているが、これっきしになることだろう」
「そぉか」
あるはずのない刀を握る。
腰にある二つの剣は、今や飾りと化した。
「じゃあ、ここからは肉体言語としようぜ」
朧な大和。
歪な剣聖。
ベクトルは同じ。
けれど、その目的は大きく異なる。
二つの敵意が、花火を散らし、物静かに交差した。
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電磁加速砲。
俗に言う、レールガン。
並行に置かれた2本のレールとなる電極棒の上に、弾体となる金属片を乗せて電流を流し、電磁力により金属片を駆動し射出するというものである。また、磁場を与えるために磁石やコイルが追加されることがあるらしい。入力される電力が増え弾体が高速になるにつれ、レールとの接触を保つのが難しくなったり、空気抵抗と摩擦熱やジュール熱といった損失が増大するといったデメリットが生じてしまう。
レクシー・ブラウン、彼女の所持する【超能力】において、これは重要な攻撃手段のうちの一つと言えることだろう。
弾体は、電子を操作して無理矢理連結させた砂鉄の塊。
電力は、自然と湧いてくる雷鳴で補う。
後は感覚の問題らしい。
電気を操る能力。
その汎用性は非常に高く、少なくとも、日比谷博文は、『怪異殺し』の等級で暫定するならば、一級相当の実力――同時に、それ以上のポテンシャルを秘めているとも評している。規格外と言う意味で、警戒すべきなのが『アズマ・ノーデン・ラプラス』と『天月未来』ならば、未知数なのが『レクシー・ブラウン』とするべきだろうか。
もちろん、共通点はある。
ある種、何となくで戦闘を繰り広げることの多いアズマと彼女は、そう言う側面でよく似ていて、尚且つ馬が合った。――容赦のなさもまた、同じくらいだろう。
「こんにちわぁ、レクシーはん」
訛りのある言葉使いだった。
今の彼女が奇襲されたとしても、それにさほどの意味はないだろうが、それを自覚していたから話しかけたわけではなさそうだった。――どちらかと言うと、自分の方が絶対的に有利だという確信があるような、そんな根拠があるのだろう。
「……誤解と言っても、信じてくれなさそうね」
「話が早くて助かりますわ。……それにしても、生身の人間にあんなもんをぶっ放すとか、ホンマに人間やろか?」
言われてみて、ちょっと後悔する。
ちょっと、だけ。
だいぶ、彼女も染まってきたと言えた。
「ほな、はじめましょか」
互いに未知数。
それが規格外になるのは、そう遠くない。
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交戦的に戦う二名。
その一方、実力的には引けを取らないはずの天月未来は何も出来ずにただただ警戒だけをしていた。
対峙していた者は三名。
鬼神。
朱志葵。
天宮輝夜。
「話を聞いたところ、ノエルさんは暫定七級らしいですね。そんな彼女が、望月先生を倒せるとはとても思えません。どんな手を使ったんですか?」
「生憎、それには答えられないぜい」
対して、イギリス校側の面子は二名。
天月未来。
そして、トム・ジェイソン。
「事情があるのでしょうね、あなた方にも。同時に、僕らは和解を望んでいることを知っていてほしくもあります」
「和解の条件はノエルちゃんの降参だよね?」
「無論、そうです」
彼女は苦戦をしかけている理由は簡単だ。
ただ、単純に、トム・ジェイソンが足を引っ張っている。言うなれば、ジェイソンが戦う手段は現状存在しておらず――正しくは、拳銃があるのだが――天月がアズマに任されたのは陰ながら彼を守ることであり、何よりそれは彼女が願ったことでもある。
守ることが、天月未来の目標……。
「一つ、教えてあげるけどさ。わっちはこれを昨日、初めて教えてもらったんだよねぇ。たとえ、アズマっちがそれを望んでも、そんな自分勝手な彼の言うことを聞く気はさらさら無いんだってばよう」
否、そうではない。
守ることは最低ライン。
目標はトム・ジェイソンと共に勝利すること。
「……良いんじゃねぇの、破門先輩。敬意を持って接してもらっただけでそこまで優しくする道理はないってことだ。少なくとも、オレは戦えるならそれで十分だ!」
「いや、その、わたしは戦いたく無いんですけども……」
「僕は手を出しません。結界で互いに逃げられない様にはしておきましょう」
「モーマンタイ、それで十分だ」
戦いが始まる。
それも、日比谷博文が想定していなかった道筋で。
10 世界の幻影、鬼神、親しき隣人、植物の味方
青年――田中健斗は静かに刀を構えた。
俗に言う、上段だろうか。
(さて、と)
平然とその構えから繰り出されるであろう剣技と防御、そして回避を脳裏に網羅させると、アルビノの少年はあるはずのない刀を握った。少なくとも、この時点で、上段を使った技によって、彼を傷つけることが出来なくなったことを田中は知る由もない。
次に、いつものように、アズマ・ノーデン・ラプラスは地面を蹴った。一瞬にして、敵との距離を詰めたその様は、とてもじゃないが現実としては受け入れることは出来ないはずだ。
縮地――瞬時に相手との間合いを詰める技術、多くの武術、武道が追い求める歩法の極み。単純な素早さではなく、歩法、体捌き、呼吸、死角など幾多の現象が絡み合うことによって、これは完成する。
世界の勘違いとも違う、当たり前の絶技。
その果てに見据えたのは、人体の胴――その刀の持ちぐわいからして、峰打ちでもするつもりなのだろう。その構えは素人同然の何とも言えないものだが、それからは一切の隙が視られない。
否、隙には見えない。
と言うのも、その隙を突けば、むしろ自分が殺されてしまうと本能が叫んでいるのだ。
この時点で、攻撃による攻撃の阻止も、防御による回避も、回避による防御も、それらがすべて無意味と化した。
音も無く、その一撃は直撃した。
音も無く、それは朧気に消えていった。
そう、消えた。
「っ!?」
手応えはあった。
確かに、木刀で人を殴り飛ばした時のような感覚がアズマの手には伝わっていた。
そのはずだ。
それに連鎖したのか。
誰もいないと思っていた場所から、僅かに異変が生じた。
複数人の田中健斗がそこから多種多様な構えから織りなす攻撃を放ってきた。
(分身、あの忍者みたいな? 透明人間って聞いてたけど、実は忍者らしく隠れていたとか? じゃあ、容赦なく――)
円を描くように、切り伏せた。
「何だ……これは」
気持ちが悪い。
気持ちが悪い。
気持ちが悪い。
気持ちが悪い。
気持ちが悪い。
「人を本当に斬ってるみたいじゃねぇかッ……!」
「如何にも」
声が一つ。
「「今、お主が斬っているのは他でもないこの儂だ」」
声が重なる。
「「「お主が使っているその刀から見るに、これの正体は既に知っているはずだが?」」」
同じ、声が。
「……」
あるはずのない刀――正しくは、『模擬刀~虚構~』。
そこに刀があるかのように振る舞うことで、世界に錯覚を引き起こし、そのように騙すことで、刀が無くともそれによって成立する現象を発生させる。
「自分と瓜二つな形を作り出すことで、俺と同じように、あの現象を用いて、自分とまったく同じことができるようにしているってことか。……いや、それじゃあ、突然現れたことに対する答えにはなっていない。となると、突然現れること自体がテメェの術式ってことになるわけだな?」
「「「「如何にも。お主の答えは的を得ている。儂の『霊術』は、並行世界から自分自身の『像』を呼び出すというものだ。儂が常に透明な理由は、これが原因だ」」」」
呆気なく、青年は手品の種を明かした。
だが、それは、彼の不利を呼ぶだけのものではなく。
「「「「「さて、どうする。どうやって、この場を斬り抜ける?」」」」」
増幅する。
次々に数は増えていく。
「「「「「「人の可能性は無限大、それゆえに、儂が呼び出せる『像』は無数!」」」」」」
自らを神とし、他人からの認知を信仰と捉え、そうすることで力を増強させていくのが、【霊術】だ。
「――ったく、こりゃいつもなら降参案件だな。あぁ、いつもなら。生きてる奴が無数に俺の敵として襲い掛かってくるのなら、俺は普通に、俺は素直に、俺はあっさりと、この勝負を諦めることが出来たはずだ」
全部本物。
そのように、世界は勘違いしている。
あるはずのない田中健斗とは、これまた滑稽な表現だろうか。
「……余計なお世話だ」
――別に、気づいてたんだけどな。
その一言で、彼の者の気配が変わる。
あるはずのない刀を手放して、彼が握ったのは――引き抜いたのは、他でもない、他にない至高の一刀。
活かさず、殺さない。
究極の一をもって、その全てを終わらせる。
「どれが本物か、そんなこと関係ない。全てがオマエなんだろう?」
それはどうしようもなく、世界を騙せるほどに、世界が矛盾を見過ごすほどに、世界にとって違和感を感じさせるほどに瓜二つなのだ。かつて、壁画に掛かれた救世主を本物として扱ったことがあるように、それは本物だと認めてしまってもおかしくない話なのだ。
それを偶像と呼ばずして、他になんと呼ぶのだろうか。
ザッと、抉る勢いで、少年は地面を蹴る。
その先には無数の人影、その全てが並行世界からの影法師であり、それはただの色合いに過ぎない。それゆえに、本物がそこにあるようにしか見えず、だからこそ、世界は自らをそのように表現する。まさに、田中が言ったとおりに、このようにアズマが使っている、あるはずのない刀――正式名称、『模擬刀~虚構~』と同じ原理だということを、誰よりも彼は知っている。
平然と構え、こちらに斬りかかってくるうちの一人に、アズマは打撃を加えた。軋むような音が、別の場所から微かに鳴る。
同時に、呟く。
「限定魔術――」
同時に、構える。
自分自身と同じ技術を使う相手、それらと戦うことはあらかじめ想定している。特に、自らが所属していたはずの【五英雄】などもこれを使えることは絶対的だろう。
そして、刀を振るう。
「――影鏡・不知火」
偶像を基に、本物にも影響を与える【偶像魔術】。
その一撃は本物にも勿論、他の偶像にさえ伝播する。
僅か数日で連続発動を一つの詠唱で可能した彼の努力を称えるべきか、それとも、それを可能にしたその一刀の品質に賛美をささげるべきか。
少なくとも、どちらもするに値することだろう。
「確かに、仲間で挑んでくるやつは俺にとってのどうしようもない驚異だけどさ」
術式が切れたのだろう。
そこら中に蔓延っていた田中健斗の姿が消える。
「オマエの場合、結局一人なんだよ」
刀を一振りして、少年はアズマ・ノーデン・ラプラスとして口を開く。
「それがオマエの敗因だ」
それが、彼の変化の一つだった。
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距離を取る。
トム・ジェイソンはあからさまに分かりやすく観察を始める。
(――鬼神、恐らく警戒すべきは単純な肉弾戦か)
彼に戦闘に参加する気はない……わけではない。繰り返すが、今の彼に対神秘の戦闘を行える実力はない。少なくとも、レクシーやアズマに勝てたのも、前者は爆弾などの兵器を使った上に最終的にはアズマを援護したからのものであり、後者に関しては多少の騙しとこれまでがあったからこそのものである。――そう、つまりは、トム・ジェイソンと言う人間は、自ら戦うよりも援護に回った方が強いのだ。
(――今警戒すべきは、『結界』などと嘯いていた赤志葵と、まだ情報が一切ないあの女か)
赤志葵に関しては、手を出さないと既に言及している。……が、トム自身が同じようなことを口にしている以上、警戒しないという選択肢はないと言えた。
「オラァァ!」
滅茶苦茶だった。
そういう叫び声は殴る前にするべきだろうに、攻撃が素早すぎて後になってしまっている。それに伴う衝撃波から、その一撃の火力は確かめるまでもないだろう。
「あっぶなっ……死ぬとこだったじゃん」
一方、天月は逃げるように空中で浮いている。
見下すように、眺めている。
「チッ、降りてこいっ!」
「やぁーだね。近接がヤバい奴と近接でやる馬鹿はここには居ないぜい。誰だって、撤退するに決まってる」
「っは、つまんねぇな。そんなんだから――」
咄嗟に、トム・ジェイソンは拳銃を手に取り、そのまま銃口を敵へと向ける。
ゴォォォォォォォォォォォン、と。
突風が舞った。
「っ!」
それに巻き込まれる形で、鬼神の目の前に立っていた天月が後方へと吹き飛ばされる。その華奢な体は、受け身も取れずに当然のように佇む大木に叩き付けられる。
「っ!?」
「先輩!」
思わずと言った様子で、トムはそこへ駆けていった。
それに警戒も持たず、鬼神はキレ気味に叫んだ。
「天宮てめぇ、何こっちにやってんだっ!」
「いや、死にたくありませんし」
意識に痛みが追い付いていないのか、片手だけでフラフラと立ち上がろうとする天月をトムはそっと支える。
「――、何が……?」
「弾丸の位置が移動したんです。同時に、先輩の位置も。きっと、テレポートみたいな能力を持った奴が――そこの天宮ってやつが、使えるんでしょう」
「……」
空中にいた天月は、何もないところを殴ろうとしていた鬼神のその先に、吸い込まれるように彼女だけが立っていた。その証拠に、彼女が浮いていた真下に一本の箒が横たわっている。そして、天宮に放ったはずの弾丸は、いつの間にか、同じく吸い込まれるように、鬼神へと軌道を変えたようにトムには見えていた。恐らくは、もしも弾丸を放たなければ、その握りこぶしは天月に手加減なしに直撃していただろう。
「――殺しは、駄目なんじゃないか?」
「いや、オレは衝撃波だけで何とかしようとしてたんだぜ? だってのに、天宮の奴が余計なことするから」
「すいませーん。でも先に約束破ったのはそっちですよー」
「……あの女は僕が仕留めます」
「大丈夫?」
「――こっちの台詞ですよ。火力はあっても防御力は低いですから、あなたと言う人は」
「へへ、そんな弱いところを攻めないでくれよ。困っちまうじゃないか、後輩」
「任せたぜい」
「任されました」
銃声が鳴る。
再び、衝撃音が響く。
「あぁまぁみぃやぁぁぁぁぁ?」
「あ、ごめんなさーい。そんなに嫌なら、さっさとその陰キャを仕留めてくださいよ」
「天宮君、そんなんだから友達出来ないんじゃないかな?」
「黙っちゃえ、破門先輩」
「可愛さを武器に侮辱しないでもらえるかなっ!?」
銃声が響く。
「って、危なっ!」
「陰キャクン、どうして無力で有害な破門先輩を攻撃するんですかー。だたでさえ威厳のない先輩がかわいそうじゃないですか!」
「……いや、何となく?」
「何となくっ!? てか、精神的苦痛の蓄積は君がトップランカーだからね、天宮君!」
「とか言いながら、実はこれを心地よく思ってしまっている先輩でしたー、めでたしめでたし」
「いや、めでたくないから」
余裕か。
「……いいぜ、ハンデだ、くれてやる」
「そうか。らしいですよ、先輩」
「こっちはもう、容赦しないぜい?」
互いに向き合う。
先に動いたのはやはりトム・ジェイソンと天月。
「……ん?」
それが急に足を止めたと思うと、二人揃ってポツリと呟いたのだ。
「「……なるほど」」
流れが、変わる。
そんな気配だった。
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触手系。
違った、植物系だ。
「ギャーァァァァ!」
取り敢えず、何が起きているのかを説明させていただくと、現在、レクシー・ブラウンは、挑宮道家と交戦中である。一見、植物の根が意識があるかのように襲い掛かってきているように見えるが、彼女が戦っているものは触手――植物ではなく、挑宮道家なのである。
(嘘嘘嘘嘘、酷い酷い酷い酷い!)
そして、レクシー・ブラウンは錯乱していた。
実のところ、彼女は芯の強いと思われてはいるが、どっちかと言うとそれはお嬢様的な属性を持っているからそう見えているだけなのだ。何より、それゆえに、虫とか、こういう触手みたいな動きをする植物とか、生理的に無理なのである。ここら辺、無理なものは無理と言う発想は、やはりアズマによく似ていた。
「っ!」
見渡す限り、森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林森林――武器なら、たくさんあるはずだった。
まるで無限かと錯覚してしまうほどの量。
少なくとも、物量で押せば一瞬のはずだった。
(……遊ばれているってわけね)
もしくは、発動範囲のようなものがあるか。
何はともあれ、逃げているだけでは何も変わらない。
地面を引きずる。
後ろを振り向く。
生命は人間らしく生きている。
「もうッ!」
一秒間に数百回は振動している、そのチェーンソーと化した砂鉄の剣は、その天然の鞭を容赦なく切り裂いていく。それは段々と剣から鞭へと形を変えていき、彼女を守っているような風な回転――即ち、小さな嵐を形成した。
「――こうなるだったら、逃げなきゃよかったわ」
敵を見失った。
この時点で、遊ばれていたことは確定する。
「……」
レクシー・ブラウンは地面を駆ける。
とある一方へ前に前にと。
そして、まるで彼女を拒絶するかのように、周囲の植物たちが更に牙をむく。
「邪魔よ!」
途端に、それらは切り裂かれた。
進む度に過酷になってくる攻撃を、その猛攻を打倒する。
「……」
――見つけた。
ありったけの砂鉄を連結させる。
蒼い雷鳴が迸る。
一瞬にして、周囲の緑が塵と化した。燃えるなんて過程もなく、一瞬にしてそれは黒づんだ粉へと化していった。
武器は、もうない。
「口を開きなさい」
地面を蹴る。
勢いよく対象にぶつかり、地面に倒れ込んだのを起点にして、動けないように上へと覆いかぶさる。
「おしゃべりしましょうよ」
ゴォォォと、大きな音を立てながら地面が割れた。
それは、茶色い蔓のように見える。
だがしかし、それを見て、途端にそれが植物の根なのだとレクシーは察した。
「っ!」
思わず、唇を噛む。
雑草を抜いたことがある人は多いはずであろう。
そんな場面で、一度くらいは「根もちゃんと抜くように」なんて台詞を聞いたことがあるはずだ。その指示の意味は簡単で、植物は根さえあればいくらでも復活することが出来き、それを忌避しているからだ。逆に言えば、いやそのままだろうが、根さえ抜いてしまえば、植物はそこまでである。そうだとして――もしも、この攻撃を雷鳴によって防げば、この植物たちはどうなってしまうのか。
襲われる。
植物のことなんて、普段は考えることはない。
けれど、今レクシー・ブラウンが対峙しているそれは、やはり植物だった。意識が、その思考が、それに準ずるのものなってしまってもおかしくはない。
憐憫が、そこにはある。
「無駄、無駄なのよ」
切り伏せる。
しょうがないことだと、そう割り切って。
そうすることで、初めてレクシーは敵の目の前に立った。
「息を止めている間だけ植物を自由自在に操れる【超能力】、ね。息さえしなければ二酸化炭素を排出しないから、そうすることによって植物の味方になるって感じかしら?」
「っ!?」
図星。
そんなものじゃない。
「どうする? 肉弾戦が出来るのなら付き合ってあげるけど、それでも勝てる可能性は低いわよ?」
「……」
「擽るわよ」
「……ど、どうしてや」
「何が?」
「どうして、それを知ってるんやっ!?」
「どうしてって……」
「――厩戸か。厩戸に吐かせたんか!」
「いえ、そんな無粋な真似しないわよ。そんな、悪人じゃあるまいし」
「じゃあ、どうして」
あっけらかんと彼女は言った。
「今さっき知ったところよ、貴女の頭から」
裏切り者は存在しない。
それは当たり前の話だった。