第二章18、『奇跡と云う、目を逸らし続けているモノ』
「……」
日比谷博文が手を叩くと、やはりその風景は変貌した。
見た限りでは、アズマが今立っているこの場所には無関係な人間が存在していないことが分かる。少なくとも、ここが一般人が侵入できるようなところではなく、尚且つアズマの知らない場所であることは確かだった。
「さて、彼がアズマ・ノーデン・ラプラス君だ」
彼の目の前には三人の日本人が立っている。
男、男、女。
「そして、彼らは私の仲間だ」
「……望月錬賭だ、よろしく」
「綾鷹優味でーす。こう見えて先生をしてます。本業は忍者ですです」
「四楓だっ! よろしく!」
声を出した人から順に印象を書き連ねるとすれば、『気だるげ』・『明るい』・『うるさい』、だろうか。
「……アズマ・ノーデン・ラプラス、です。よろしくお願いします」
この感じだと、彼らは『三枝学園』――但し、日本の方――の教師のようだった。
「さて、日本において、【怪異殺し】は階級によって実力が分かるようになっている。トム・ジェイソン君は暫定三級、天月未来は暫定一級、レクシー・ブラウンも暫定一級、ノエル・アナスタシアは暫定七級――最下位だよ。そして君は、今のところは暫定二級ってところかな?」
「は、はぁ」
【魔術師】には無い、システムだ。
そんな感想が思い浮かぶ。
「これから、君の真の力量を判断する」
「……何のために?」
「いや、単に気になるだけだよ。私は心の底から君の本気を見てみたい。……と言うのは本音で、こう言うのには建前ってやつが必要でね。だから、失礼にも指摘しておこう。君はノエル・アナスタシアの守護者としては不完全だ。何せ、実績がない。【剣聖】なんて称号は確かに権威になりうるけれど、それは神聖ゆえなんだ。絶対的な力による恐怖でもなく、絶望的な力による無気力でもない、そんな権威だ。そうだね、神社に行った時と感覚はよく似ているかもしれないね。神聖だ、だけれどもその程度が分からない。そこにあるのは尊敬で、危機感なんてものは隠れてしまっているわけだ。だから、ここで私に打ち勝て。それを一種の神話とすることで、守護者として完成しろ」
日比谷博文は人間だろうか。
どうして、こうも、彼は達観しているのか。
「そのために、これを取り寄せたんだからね」
彼がそう言って、右のポケットから取り出し、見せてきたのは、何処にでもあるような石ころだった。流れ作業のようにそれを空中へ上げると、一瞬だけ、物理現象に従って、石ころは上昇を止めた。
「……?」
それが纏っていた影の大きさが変容した。
クルクルと、クルクルと。
それが廻って、落ちてきていることが、目でしっかりと認知できる。
「この、刀を」
思い返してみれば、その仕草は手品師によく似ていた。
日比谷が『それ』をすんなりと掴むと、そのまま『それ』をあっさり、アズマへと差し出してくる。
「……、何で、それを?」
かつて、【大英雄】の偉業を祝して、その墓標の元に送られるはずだった、一本の刀。
たった一人の少年によって、血塗られることになった刀。
「企業秘密」
十一代目剣聖が【愛刀】。
【無名刀・直理】。
「何はともあれ、これで本気を出せない要因は消え去ったはずだろう?」
あまりにもあっけなく、その愛刀を差し出される。
差し出されてしまう。
握るべきか。
握る資格があるのか。
疑問が巡る。
巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、巡って、その果てに。
「いい加減、思い出したらどうだい?」
その一言で、彼は決断した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一瞬だった。
「……」
日比谷博文はどんな攻撃でもびくとしない『無敵の盾』を展開していた。
やはり、天後の例と同じようにそれは半透明だった。
曰く、それは『矛盾』の伝承を基にした、【最強の矛】ではないと突破することのできないチート仕様の代物である。だからこそ、その盾を壊せずに、空高く天上へと、アズマが一瞬にして薙ぎ払うと、たった一歩でトドメを刺せる立ち位置に移動していた。
それこそ、歩いているように容易く。
当然のことだと語るように、彼はそれを成し遂げていた。
ここまで一秒……在ったかも、怪しい。
何はともあれ、それは王手だった。
かの【剣聖】は奥義を使うこともなく、日本でも五本指に入るほどの【霊術師】を軽く凌駕する。
絶句に値する光景だった。
「これで良いですか?」
「いいや、まだだよ」
飽く迄、【霊術師】である日比谷博文はここまでだ。
つまり、【霊能者】としての彼がここからと言うわけである。
「――【神器解放】、僕は全てを救い出す」
ポツリと、彼がそう口にすると。
――警告、【未踏破神格】に類似する存在の成立を確認、事象を表現します。
破損しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古来より。
人は人の理解できる最大値を、それを人類は【奇跡】と呼称してきた。
【奇跡】とは、【神】の行動を意味する言葉だ。
【神】にとっての呼吸は、人類にとって理解し難いものであり、同時に理解することは発狂を意味しているのかもしれない。
その脳の構造上。
人類が【神】を理解することは、不可能であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――こうして、殺し合いは終わった。
結果は引き分け。
それがもたらす答えはただ一つ。
日本に九人しか存在しない【対神格・一級怪異殺し】と同等の戦いが出来たということは、
「……おい、楓」
「どうした、錬賭!」
「……俺たちは一体、何を見ていた?」
「これがまだ分からんとは、貴様もまだまだだな!」
「……いちいち癇に障る言い方しかできんのか、お前は」
規格外がここに二人。
平然と、そんな現実が突っ立っていたわけである。