第二章11、『最悪の弾丸』
一方的な戦い。
そうとしか表現できないだろう。
「どうやって、記憶を消すつもりなんだ?」
「その言う技があるらしい。人の記憶を自由自在に操れる技が」
「そうか――」
ゴォオンっっっ!!!! と。
日本刀をならすような、そんな轟音が闇夜に響く。
「――それで、それで終わりなのかよ?」
一方的な攻撃を仕掛けているのは他でもないトム・ジェイソンだった。
誰もが正気を疑うような改造の施された拳銃を片手に、彼の者は弾丸を雨を降らせている。それに対して、アズマ・ノーデン・ラプラスは一方的な防御を為していた。文字通り、その尋常ではない動体視力を用いることによって、その全てを捉えつつ、自らに被害が無いように森羅万象を弾き飛ばす。見えやしない透明な一刀は、その面積からは考えられないのは当然のこと、さながら盾のような事象を繰り広げている。
より強く刀を握り、ポツリとアズマは呟いた。
「記憶を消す、か」
無意識のうちに、殺意を込めて。
無意識のうちに、歯を食いしばって。
誰よりも意識して、強い感情を乗せて叫んだ。
「思い出したくても思い出せない奴の前で、よくもまぁ、そんな言葉を口に出せるな」
「っ!」
アズマ・ノーデン・ラプラスとノエル・アナスタシア、この二人は幼馴染だ。
けれど、そのことを覚えているのは、その片方のみ。彼の思い出は、かの『大災害』と共に泡と化してしまった。
再会からおおよそ二ヵ月が過ぎている。
それでも、それだけの時間を費やしても、それを思い出せずにいることに、誰よりも苛立ちを覚えているのは、他でもないアズマなのだ。
その事実をトム・ジェイソンは曖昧にも知っている。
「……あの子のは、忘れるべきものだ。だがっ!」
――貴様は忘れるべきではなかった。
「っ!」
その言葉が深く突き刺さった。
「――あぁ、そりゃごもっとも」
行き場のない感情が、アズマを蝕む。
所詮は、自分の行いを棚に上げたものに過ぎない。
「……忘れるべき、か。その根拠は何処にある?」
「……彼女は【神秘】に関わった所為で」
僕を好きになった、と。
だから、その間違いを正さなければいけない。
「あの子は、ずっと昔から好きだって言ってたぞ?」
「……人間はこれまでと今からとが齟齬が合わなくなった瞬間、これまでを改竄し、今からと齟齬と合うようにする。彼女はただ、自分に許された正当防衛をしたに過ぎない」
否定。
それを否定するべく。
「本当にそうか?」
アズマ・ノーデン・ラプラスは叫ぶ。
「都合が良すぎると思わねぇのかよ、トム・ジェイソン!」
「……」
「日比谷博文は立場上、一刻も早く【最悪の呪術師】のかけた呪いから生徒を開放しなければならなかった。でもさ、考えてみろよ。【最悪の呪術師】がかけた呪い、これほど解明しなきゃいけない対象はないだろ。そんな状況で、運よく呪いを払いきれなかった相手がいた。だったら、その呪いを払うって名目で保護して、罹った呪いを解明することだって可能じゃないのか? この話の意味が分からないほど、頭がお花畑ってわけじゃねぇだろう、テメェはッ!」
「……他に、方法はない」
「そもそも!」
近づく。
これまで見せたことのない速度で、トム・ジェイソンに接近する。――それを見越していたのだろう。反射的に、彼は手榴弾を起動し、手放す。
所謂、自爆攻撃だった。
(――不味いっ!)
同じように、アズマ・ノーデン・ラプラスは反射的にトム・ジェイソンを蹴り飛ばす。
彼は後方へと体を移動させ、アズマはその衝撃を利用して後ろに飛んだ。そうすることで、その二人の間で発生した爆裂を互いに回避する。何はともあれ、それにより、彼の自爆攻撃は失敗した。
……同時に、アズマもまた攻撃できずしまいである。
「っ!」
状況は変わらない。
二人の青年は上手い具合に受け身を取り、そのまま立ち上がる。
「――普通が!」
嫉妬から生まれたその言葉を飲み込んで、相手に納得してもらえるような言葉を叫ぶ。
「【神秘】に嫌悪を抱くなら、どうして、ずっと昔からあの女の子がオマエを好きになるんだよッ!」
「……それはっ!」
トム・ジェイソンはアズマ・ノーデン・ラプラスではない。
幸せになる資格が、彼にはある。
「お前だって、【神秘】を知らない時があったんだろ。だったら、その頃に好きになってたのなら、どうするんだよ」
「……」
「それに」
ありえないなんて、ありえない。
それを誰よりも信じているアズマだからこそ、
「もしかしたら、この対立を望んだ誰かがいて、そうなるように、その記憶を改ざんする術式を彼女に使ったのかもしれない」
最悪の未来を口にする。
「……、……」
だからこそ、アズマは。
切に思う。
「そんな結末は、あまりにも悲惨すぎるだろ? 何より、それが通用したら、何でもありになっちまう。だからさ、普通に考えようぜ?」
息を整える。
言葉で止められるほど、この男が容易ではないことを彼は理解していた。
「あの少女は、オマエが【神秘】に関わる前からオマエのことが好きで、尚且つ【神秘】に関わったその後も、そのまま好きでいてくれた。実にありふれた愛ってやつで、その理不尽な嫌悪を跳ね除けたんだ。これ以上の結末がどこにある?」
飽く迄、希望的観測。
我ながら自己嫌悪が引き起こされる程度には気持ちの悪い話だった。
「……どっちにしろ、罹った呪いは解かなくちゃいけない。きっと、【神秘】から離れた瞬間、彼女は僕のことを嫌いになるはずだから」
「そうか」
体勢を立て直す。
倒すべき敵を見据える。
「じゃあ、聞くけどさ。オマエはあの子が好きなわけ?」
「……分からない」
「そうかよ、だったら――」
止める。
ここで止める。
止めなければ、彼女は絶対に悲しんでしまう。
苦しんでしまう。
「――まずは、それが分かるようになってからにしろ」
地面を蹴る。
その全身に力を込めて、トム・ジェイソンを斬るためではなく、再び拳で殴るために、ただそこへと前進する。
「……僕に、他人の人生を背負えるほどの力はない」
――は?
無意識のうちにアズマの呟いたその一言で、トム・ジェイソンの心臓が高く飛び跳ねる。
「そんなもん――俺にもねぇよッッ!」
走る。
駆ける。
ただ、前へと征く。
「でもさ、だからって、それで諦めたら、誰も誰かを好きになれねぇじゃねぇか! 当たり前に甘えるな、トム・ジェイソン! オマエが好きな奴がそこには居る。そう思っていられること、そう思われることがどれほど幸せなことなのか、分からねえ人間じゃねぇだろ! 正しくなければ幸せになれないなんて道理は、どこにもない。どこにもないんだ! それでも、それでも納得出来ないってんなら――」
それが実際に出来るのか。
それはひとまず置いておいて。
最低で最高な【剣聖】は叫んだ。
「――その道理を、跡形もなくブッた斬る!」
少なくとも、それが出来なければ、ノエル・アナスタシアを救うことは出来ないのだから。
トム・ジェイソンとの距離は残り僅かだ。
「……だったら、こうしよう」
何かで燃えるアズマと対を為すように、トムは冷めきったように静寂を告げた。
「――【魔弾】、装填」
切札には、切札。
ジョーカーには、ジョーカー。
「っ!」
「……この弾丸は、誰を射抜くんだろうな?」
伝承曰く、だ。
かの【魔弾の射手】の放った最後の弾丸は、契約した悪魔の狙ったもの――契約者の大切なものを射抜く、と。
それは。
ノエル・アナスタシアか。
あの少女か。
それとも、他の誰かか。
――走れ。
盛り上がった熱気が、一瞬にして殺気に変わる。
一瞬で、その感情は覚めてしまう。
「……貴様の負けだ、【剣聖】」
不味い。
――それは、誰もが不幸になる。
「せめて、祈っておけ」
不味い。
――それは、呪いのように苦しめる。
「損しかない大負けをせずに、ただの負けになることを」
不味いッッ!!
――それは、絶対に、やらせてはいけない。
「――るな」
アズマはこれまで以上に、強く強く地面を蹴る。
トム・ジェイソンがその弾丸を放つこと自体、それを回避できないと見て、その『最悪の結末』を斬り落とすべく、全身全霊の一声を上げた。
「ふざけんなよ、この馬鹿やろうッッ!!」
そして。
ありふれた銃声が鳴った。
狙えば必中、回避の出来ない悪魔の弾丸。
その性質上、弾丸に攻撃しようともそれに意識があるように回避され、その上破壊による攻撃は絶対に不可能とされている。だからこそ、アズマの取れる行動は、その弾丸が目的地にたどり着くまでの間、必死に時間稼ぎをするということだけだ。そうするべく、時間稼ぎをするべく、避けられることに前提にした攻撃を弾丸にしようとした、その時だった。
その弾丸はあまりにも普遍的な軌道を描く。
それゆえに、アズマの斬撃が弾丸に当たるわけもなく。
――な、に?
アズマに直撃した。
打撲とも、切傷とも、骨折とも、それらとは違った焼けるような痛みで、意識に空白が生まれる。それを眺めるトム・ジェイソンは、殴りつけるように言った。
「……さっきからずっと、僕は大真面目だ」
音が鳴る。
何十回も。
「が、あぁ!?」
体の至る所に焼けるような痛みで襲われ、アズマは最後の重心を見失い、ふらりと倒れ込みそうになる。それが起点となり、体中に力が加えられないようになってしまう。そして、そのまま地面に倒れ込んだ。その熱さは、とてもじゃないが外の冷気では冷ますことのできない代物であった。
歯を食いしばることもできない。
そして、肌に何かが滴り、服に何かがにじむような感覚を認知する。
「……人情に動かされて失敗する、か。まったく、僕にも当てはまることだろうな」
フェイク。
「と、む」
喉が詰まる。
「……感謝する、これで踏ん切りがついた」
「トム・ジェイソぉぉぉぉぉぉン!」
足音は一つ。
「……誰も死なせない、貴様はそれで納得しろ」
クソみたいに人気のない世界で。
トム・ジェイソンは普通を愛す。




