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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章10、『開幕』

 人気がない。

 いや、人気はない。

 静かだ。

 物凄く静かだ。

 トム・ジェイソンはそう思う。

 と言うか、天月が静かであることが何よりも違和感があるのだ。

 ――何か、企んでいるのだろうか。


「……」


 いや、ぼんやりと外を眺めているだけのようだ。

 何だか、遠い目をしている。

 相も変わらず、緊張感のない人だ。

 なんて、トム・ジェイソンは切に思う。


「……どうやって、記憶を消す?」

「【三枝学園】はイギリス国内にありながら、日本の憲法が通用するんです。いわば、この学園内にいる限り、一応は学生が日本人として定義されてしまうってわけですね。……日本には【三種の神器】と呼ばれる至高の【神器】が存在しています。そのうちの一つ、【八咫鏡やたのかがみ】は古来より天皇の【知識】を象徴するとされています。現代において、天皇とは日本国民の総意と定義されており、これらを繋げていくと、あらま不思議と日本国民の記憶を自由自在に操れる権能を保有しているということになりますね」

「……そんな簡単に「なるんですよ」


 言葉を斬るように厩戸は、


「それが、【魔術】とも【魔法】とも違ったまったく新しい技術体系である――【霊術】及び【霊術】の利点ですから。いやはや、先輩方にも心当たりはあるはずですよ? ……例えば、おおよそ一日がいつも間にか終わっていたと思われかねないあの大事件、あれをどうやって誤魔化したんでしょうかね?」


 そう誇るように告げた。


「……使えるのか?」

「許可は出ました」


 あまりにもあっけない返事だ。

 その判決は、本来ならば件のスイッチ以上に重苦しいはずなのに、だ。


「まぁ、その対象を捕獲して、わざわざ日本まで連れて行かないといけませんが、それはまぁ、チートには代償が必要ですし?」

「……何をすればいい?」

「あの少女、資料とデータが正しい限りは、ノエル・アナスタシアが保護したみたいですね。まったく、厄介な」

「……連れ戻して来よう」


 トン、と。

 足音を立てながら、屋上から離れるためにトムは足を進める。それに合わせる気もないようで、天月はあまりのも見慣れた箒を片手に飛び降りた。

 だからだろうか。


「質問ですが――」


 警戒すべき相手が消えたからだろうか。


「――ノエル・アナスタシア及びにアズマ・ノーデン・ラプラスと言う人間のどちらか、もしくは両方に主人公気質はあったり?」


 そんな問いを掛けられた。

 一瞬、トムは思考を巡らせてただ断言する。


「……【剣聖】にはない」


 ノエルにはある、と。


「意外ですね。てっきり、勇者的ポジションの彼なら持ってると思ってたんですけど」

「……あの男は、ただ巻き込まれるだけだ。問題はノエルさん――彼女だ。『助けなくてはならない』、あの強迫観念は多く人を巻き込むことになる」

「やけに詳しいですね」

「……仕事だったからな」


 質問は以上のようだった。

 ようやく、トム・ジェイソンは足を前に進める。

 魔術師ではなく。

 ただ一人の男として。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 事情は簡単だ。

 状況も簡単だ。

 トム・ジェイソンは優しかった。

 【神秘】を知ることの真の意味を彼は心得ていた。

 ノエル・アナスタシアが迎えることになっている『理不尽な結末』を少しでも安らかなものにしようと、ただそのために、その自らの人生を使い潰そうとしたのが、彼と言う人間の性質ゆえの話だろう。

 そして、それを利用しようとしている人間が一人いた。

 その優しさを、独り善がりにまで捻じ曲げてしまうほどの『何か』を持った人物が。


「よぉ、トム・ジェイソン」


 それを許せない人間が、そこには居る。

 俗に言う、【剣聖】。

 他でもない、アズマ・ノーデン・ラプラスは、あるはずもない刀を握る。


「……僕の味方が先輩なら、敵は貴様になるということか」

「かもな」


 さりげない会話。

 それに大した意味はない。


「おい、戦友。それが独り善がりになっちまってるって自覚はあるか?」

「あるに決まってるだろう」


 互いに、いつも独り善がりであるという自覚は持っている。


「だったら、俺がそれを許さないってことも自覚しているか?」

「優柔不断な貴様じゃあるまい」

「俺に勝てるとでも?」

「もちろん、今の僕は勝てない。勝てやしない」

「っ!」


 重圧――否、重力の鎖がアズマの体を走る。

 それは、アズマが唯一、未だ一度も勝利することが出来ていない相手。

 それは、彼にとって、どうしようもない負の象徴の一つであり、こんな自分でもまだ成長できるのだという確信を与えてくれる、超えるべき強大な壁だ。

 二体一。


「だから、わっちが相手を「させないわよ」


 轟音がほとばしる。

 光のようなノイズだった。

 それはこれと言って、誰にも痛みを与えていない。――所謂、威嚇射撃のような。

 【浮遊の魔法使い】は静かに、それも珍しく天を見上げながら、心底迷惑そうに、けれども若干の茶化を含みながら苦笑いする。


「……トムっち、知ってるかニャー?」


 もしかしたら、【最悪の呪術師】はこれを見越していたのかもしれない。

 やはり、支配者は何処までも支配者なのだろう。

 彼女はやはり、アズマの味方なのだろう。


「電気は重量の影響を受けるっちゃ受けるけどほとんどそれは無いに等しいってことっ!」


 魔法とは、世界を塗り替えるものだ。

 魔術とは、世界を騙すものだ。

 霊術とは、世界が理解できぬものだ。

 ならば、【超能力】とは何だ?


「分かってます、【剣聖】の相手は僕が」

「わぉ、相性最悪って言ったはずですたい。ま、良いんだけど」


 木の棒を蹴ったような音と共に、人影が二つ消える。人知れず始まった轟音のパレードを子守歌に、明るさが消えた闇を背後とする彼は改めてそれを口にした。


「……何故、邪魔をする?」

「助けてって言われたから。と言っても、俺じゃなくてノエルがな」


 なぜ、ノエルがあの少女と出会ったのか。

 それを考えてみると、全ての元凶は簡単に分かる。


「……訂正だ、天月先輩も普通にタイミングが悪い!」


 こうして、当たり前の頂点と当たり前の特異点が、さも当然のように交差する。


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