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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章9、『助けを求める声』


「……レクシー、その」

「礼なら良いわよ。できれば、こっちの気分まで滅茶苦茶になりそうなテンションをどうにかしてちょうだい。本当に、調子が狂うから」

「……あぁ、もう、本当に嫌だなぁ。こう言うのは、本当に俺らしくないぜ。まったく、もう」

「ストレス発散!」

「行く、行っちゃう?」

「みんな連れてカラオケに行きましょ。悪いことを考えても気分が沈んで他人を心配させるだけ! レッツ、気分転換!」

「オー!」

「「……」」

「やっぱり、止めときましょ。これは早く帰って早く寝た方がすぐに忘れられて楽なパターンだわ」

「じゃあ、会計を済ませるか」

「……あんた、お金持ってるの?」

「――、はは」

「今度、一緒にバイトを探しましょうか」

「……仕事中に仕事すんのかぁ」


 会計を終え、彼らは喫茶店を後にする。

 そして、アズマは茜色に染まった天上を目を細くさせて、次に周囲を見渡す。


「――今、何時だ?」

「えっと、ちょっと待ちなさい」


 六時ね、と。

 それを聞いて、アズマは首を傾げた。その時間帯ならば、人通りはピークを迎えている頃だろう。だというのに、彼らの周りには、人っ子一人歩いてはいない。


「……ま、取り敢えず、最後の被呪者を何とかするか」

「えぇ、そうしましょう」


 その次の瞬間だった。


「――すまん、電話だ」


 アズマはそう言って、携帯電話を開くと――そこには、『ノエル・アナスタシア』と表示されていた。

 彼は何の躊躇もなくそれを受け取る。


「もしもし、ノエ「アズマ君、今どこにいますか?」


 その声色からは恐怖は感じられない。

 むしろ、その逆だ。

 ――そこには、覚悟がある。


「えっと、いろいろあって、いつもの喫茶店だけど」

「助けてください」

「何か、あったのか?」

「助けたい人が、いるんです」

「……詳しい話をくれ」


 ノエルの声の響き方や環境音から、彼女が今、女子寮の自身の部屋にいることを確信し、アズマは足を前へと進ませる。

 話はそうして、始まった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 前回のあらすじ。

 ノエル・アナスタシアはアズマ・ノーデン・ラプラスという少年が呼んでいると先輩である天月未来に告げられ、彼がいるとされる生徒会室へと向かった。――が、そこには人は一人もいない。

 仕方なく、ノエルは『オカルト部』の教室へと帰ったわけだったが……。

 やはり、人気はない。


「アズマ君……いないじゃん」


 一人だったからこそ、敬語なしで彼女はそう口にしたのだろう。

 いや、正しくは言うなれば、そこには人がいる。

 確かに、そこには他にもいるのである。

 そう、具体的には、シスター・イドラが確かに居る。彼女の使う【魔術】――自分自身に【神秘】を宿すことで秘匿性を拡大させる――によって、その存在を気づかなくなっている、なんてことが起きているわけでもなかった。ノエルからしてみれば、イドラが宿している【神秘】は下の下に等しいのだ。彼女自身が、【転生者アナスタシア】という莫大な【神秘】を担っている関係上、それは当たり前のことだった。

 なら、どうして敬語を外したのかというと、そもそもの話、ノエルにとってイドラが気を遣うべき相手じゃないからかもしれない。もしくは、それはただの独り言だったからか。

 どちらにしろ、本人にしか分からない話であった。


「あの、ノエル様」


 そこで、初めてノエルはイドラへと意識を向けた……ように見える。そして、その申し訳なさそうな表情を見て、まさかとノエルは息をのむ。


「……待って、もしかしてアズマ君が悪戯で隠れてるってこと?」

「い、いえ、その」

「ふふん、かくれんぼなら不得意ですよ。何より、オカルト部室に隠れたことを後悔するべきでしょうがね」


 そんなノリノリのノエルへの感情があからさまに大きくなっていることに、イドラの顔を見て彼女は違和感を覚えていたのだろう。そっと、冷静に視線を向けると、イドラはぼそりと言った。


「アズマ様は急用ができたので先に帰ってくれと仰っておりましたよ」

「……なーんだ、つまんないの」


 夜ご飯は何が良いかなぁ、と彼女はクルリと回る。そして、元々いつでも帰れるように用意してあった鞄を持つと、スタスタと部室を出て行った。オカルト部には『最後に出た人が鍵の後始末をする』というルールがあるのだが、少なくともノエルは天月がまだ学校にいることを確認済みだった。

 それ故に、まるで何かに焦がれているようにノエルは足を速くさせていた。


「ん?」


 足音が響く。

 当たり前のように、足音が響く。

 その足音だけが、廊下で響いている。

 まだ、放課後と言っても、学校には生徒が残っているはずなのに。

 その足音だけが響いている。


「んー?」


 ノエルの視界に映ったのは一人の生徒だ。

 茶毛の可愛らしい女の子、まだ幼げな顔つきだった。

 靴の色から見て、一年下の生徒だろう。

 その生徒は校則なんて無視しているようで、まさしく死に物狂いでこちらに向かって走っている。


「ん、んー?」


 こちらに、向かって?

 私に、向かって?


「え、え?」

「……て」

「え?」

「助け…て」


 縋る声。

 助けを呼ぶ声だった。

 さて、忘れてはいけない。

 ノエル・アナスタシアは、偶然【転生者アナスタシア】として選ばれたのではない。

 そこには必ず、理由がある。


「――何か、あったんですか?」


 彼女もまた、誰かを救いたいと願う、そのうちの一人であることを忘れてはいけない。

 力がないから救えないだけだ。

 力がないから救おうとしてはいけないわけじゃない。

 その原動力、その起源は何でもいい。


「逃げないと……いけないんです」

「何からですか?」


 その適応力は驚異的で、とてもじゃないが一般人とは呼べるわけがない。


「あの人から、ジェイソン君から」

「……トム・ジェイソンがどうかしたんですか?」


 彼女と言う【神秘】は、僅かな【神秘】さえも引き寄せるのかもしれない。


「ずっと、私はあの人が好きで。今日、やっと、勇気を振り絞って、告白しようって、手紙も出して、そして、来てくれて、そしたら……」

「そしたら?」


 彼女こそ、生存権と言えるのだ。


「間違いだって」


 それは聞き覚えのある言葉だった。


「その感情は偽物だって、言われて」


 誰の言葉だっただろうか。


「だから、忘れないといけないって」


 その言葉で、背筋がゾッとする。


「……」


 何故か、ノエルには、その言葉が酷く鋭くて、自分の心臓に突き刺さっているように感じられたのだ。


 ――もう、気づいているはずだ。


 彼女は人知れず唇を噛んだ。

 悔しくて。

 悲しくて。


「……大丈夫です。私が貴女を助けられるかどうかは分かりませんけれど、それでも、私は私のすべてを懸けて助けて見せます。事情は少ししか分かりませんが、貴女を何から守れば良いのか、それだけはよく分かりました。ですから、教えてください。あなたはどうしたいんですか?」


 小さな問い。

 自分にはどうすることもできないと少女は自覚している。

 無責任だと確信していた。

 何より。


「忘れたくない」


 その言葉を返せることに、どうしようもない嫉妬を向けるなんて、それは絶対に間違っているのだと。

 まだ、忘れたくないと思える余裕があることに対して、羨ましいなんて思うことは、どうしようもない間違いなのだと。


「この気持ちを、忘れたくない」


 ノエル・アナスタシアは頷く。


「……分かりました」


 理解できた。

 共感できた。

 理由は、それだけ良い。

 ノエル・アナスタシアは動き出す。

 文明の利器を片手に。


「アズマ君、今どこにいますか?」


 だから、ノエルは言ったのだ。


「助けてください」


 責任と言う鎖から少年を解放するために。


「助けたい人が、いるんです」


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