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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
第二章【剣聖と他人】
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第二章8、『その裏側を見据えて』


 言葉が響く。

 後先考えない彼らしくない言葉が、しつこく響き渡る。


「……ちょっと、アズマっ!?」

「俺にはもう、余裕がない」


 この二ヵ月で、得られたものは何もなかった。

 だからこそ、彼は焦りを覚えている。


「オマエみたいに事情は話せないけど、もう正攻法でもみんなが幸せになれないところまで来ちまってる。俺が得たいのは納得で、それを得るためには、散々迷惑をかけないといけない。怖いんだ、本当に。ようやく信用出来たみんなを、これから信用できるみんなを、誰もが幸せになれる未来のために、使い捨ての道具みたいに扱うのは! 俺は何でも屋じゃない、ただの【剣聖】になれただけのガキなんだよ! やめろよ、そんなに大切な人を俺なんかに任せるとか、本当にどうかしているぞ!」

「……」

「そもそも、そもそも、そもそも! オマエが守れば良いじゃねぇか、ソイツを。そんな頼みを俺にしてくるってことは、それが出来ない状況ってことは分かるけどさぁっ! そんな大切なら、世界を敵に回してでもソイツを守れよ!」


 ――とんだ、自虐だった。

 アズマ・ノーデン・ラプラスの目的は『ノエル・アナスタシアの【運命】を破壊すること』だ。その結末が、その行動が意味することは、ただの世界の崩壊に過ぎない。――そして、ふと思うことがあるのだ。


 彼女の所為で世界が壊れたら、ノエルはどう思うのか。


 君の所為じゃない、と言って終わる話ではない。

 一人の少女を救うために世界を壊しました、と。そう言って、憤慨しない存在は存在しないことだろう。……もしも、いや、必ずそれを知ることになる彼女はどう思うのか。必ずしも、少なくとも、彼女が手に入れた残りの人生が地獄に変貌することは間違いなかった。

 そもそもだ。

 世界が壊れる、と言う言葉自体曖昧だった。

 世界が壊れたとして、そんな世界でノエル・アナスタシアは生きていくことが出来るのであろうか。壊れた世界に、これまでの存在していた概念の居場所はあるのだろうか。もしかしたら、世界が壊れると共に、その全てが消失するかもしれない。

 可能性は未知数だ。――予想できることと言ったら、当たり前の生活は送れなくなることは確実だろう。


「俺には無理だ、無理なんだ」


 ――必死に足掻いた結果ノエルを救うことに失敗して、その先に絶望が待っているのは分かる――もしもノエルを救うことに成功して、その最果てに絶望が待っているということは、彼にとって堪えられない事実のうちの一つであった。

 ノエルを救うための行動は、どこまでも彼女を苦しめる要因になってしまう。

 どう足掻いたって、絶望にしかならない。

 無理以前の問題で、無駄にしかならない。


 本当にそうなのだろうか。


 アズマとて人間だ。

 人間とは感情のある生き物で、自分自身の抱えるその感情を感知することに優れた生き物なのだ。――ノエルを救うための行動は、どこまでも彼女を苦しめる要因になってしまう、その葛藤は本物なのだろうか。

 単純に、世界を壊すのが怖いのかもしれない。

 単純に、【転生者アナスタシア】との【契約】を破棄したくないだけかもしれない。

 単純に、どうでも良いのかもしれない。

 明確なことはただ一つ。

 誰かのためと思って行った行動は、その全てが、そう思い込んでいただけの、自分のためだけの行動だったかもしれないということ。


「不幸になりたくなかったら、俺に近づかない方が良い。この先、俺は必ず、誰かを絶望の淵に叩き落とすはずだ」


 どうしようもない自己否定。

 自己嫌悪とも言っていい。

 あの『大災害』を乗り越えて――否、全身に纏わりつけて引きずるような日々の中、その日を期にするようになった悪習慣の正体を彼はまだ知らない。

 いや、きっと知りたがらないはずだ。

 彼にとって、それだけが、唯一の存在証明である限りは。


「……大切なら、止めておけ」

「でも、気持ちはわかるよ、大切な人を守れない、その苦しみは」

「――そうか、無理を言ってすまなかったな」


 スッと、あまりにも容易に天後は立ち上がる。

 そして、そのまま出口に向かおうと足を前に進めながら、無理に笑っていることがどうしたってわかる声色で言った。


「応援してるぜ、アズマちゃん」


 そこで話は終わる。

 そのはずだった。


「だったら、私が保護してあげる」

「……え?」


 その一言に困惑の声を上げたのは、天後ではなくアズマだ。


「知らないかもしれないけど、その厩戸さんは私のクラスメイトなのよ。何より、私はクラス委員長だし、これも何かの縁として、私が保護してあげるわ」

「ま、て。待て、レクシーっ!」


 アズマが助けられない。

 だから、他の誰かが助ければいい。

 これはそんな話ではない。

 アズマが関わってはいけない。

 そもそも、アズマが関わっている人間にさえ、関わるべきではない。

 これは、そう言う話だった。

 それを理解しているからこそ、レクシー・ブラウンは言ったのだ。


「どうせ、断ったことも後悔するんでしょ?」

「っ!」


 喉が詰まる。

 その矛盾から目を逸らすように、アズマは俯いた。


「……かもしれない」

「かもしれないんじゃなくて、絶対にするわよ」

「……でも、それだと」

「助けられる時に助ければ良いじゃないの。私が助けるのがデフォルトで、あんたは余裕がある時に、もしも私でも対処できないみたいだったら、当然私を助ければいいだけよ。そして、あんたが助けを必要としている時には私たちがあんたを助ける。損得なんて話じゃなくて、ただの友達として、ね」


 それを聞いて、天後苦守は笑った。

 そんな綺麗事を聞けて、心底安心したかのように笑ったのだ。


「――それで構わないぜ、アズマちゃん。意外と、そっちの方が俺ちゃんの都合が良かったりするしな」

「もしも、守り切れなかったら?」


 それは弱音ではなく、ただの確認事項だ。


「当然、俺ちゃんがあんちゃんたちの敵になる、けど。――嬉しいことに、その心配はないみたいだぜ」


 今度こそ、彼はドアに手をかけて言った。


「じゃあな、アズマちゃん。機会があれば、また会おうぜ」

「……あぁ、その時は、知人として」

「そんじゃ、よろしく頼むぜ、超能力者」

「任されたわ」


 再び、喫茶店は静けさに支配された。

 机の上に置かれた液体は、すっかり冷めきってしまっている。


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