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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
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序章9、『異常事態』


 ノエル・アナスタシアは、鳥目ではなくては見えないほどに真っ暗な廊下を、無我夢中に、必死になって、ただただ、走っていた。


(――あぁもう、なんで約束破っちゃったかなぁ‼)


 ついでに、後悔していた。

 明らかに悪手をノエルを打っている。ただ心配だからという理由と、ただ助けなくてはという正義感が、実質的に意味のない行動を彼女に駆り立てていたのだ。

 とんでもないようなスピードで階段を駆け上り、そのたびになる大きな音を気にせずに、ついに目の前に現れた扉を勢いよく開く。


「トム、大丈夫!?」


 反射的にそう叫ぶ。

 その後に、密かに乱れる呼吸を整えながら、屋上の手すりに寄りかかっているトムの姿を、初めてノエルは捉える。


「……大丈夫だよ、イザベラさんは今、部活動の教室で寝てるから」


 対するトムの返事は、実に落ち着いたようなものだった。

 状況的に、異常といえるほど。


「え?」

「……なんとか――黒ローブは撃退できた。今、警察に通報したから、もう少し経てば、きっと、来るはずだよ」

「撃退……どうやって、ですか?」

「……屋上を陣取っていたから、隙を見て、ここから突き落とした」


 淡々と、なんてことないようにトムはそう言う。


「……」


 ――アズマかもしれない人間が、トムに殺された。


「見ないほうが良いよ。僕は、実感が出来ずに平然とできてるけど、まともな思考じゃ、きっと、耐えられない、はずだ」

「……」


 ――違う、アズマじゃないはずだ。


「……そんなことより、今すぐ、ここから、離れてくれ。このままじゃ、関係ないのに、変な疑いが、ノエルさんに、かかってしまうから」

「で、でも」

「……でもじゃない。これは、君には、関係のない話だ」

「……」

「早く!」

「……分かりました」


 ノエルがそう言って、トムの視線を背中に進んできた道を戻ろうとするが、無茶して動かした弊害か、足がもつれて転んでしまう。


 ――そして、何か大きな音が鳴った。


 転んだ音じゃない。

 もしも例えるとするのなら、それは拳銃が発砲したような音だ。僅かなタイムラグを経て、そのまま続けて、目の前の扉辺りで何かが直撃し、歪みへこんだような音が鳴った。更に明確なタイムラグを経て、小さな金属の塊が地面に落ちたような音が鳴る。

 血の気が引く。

 例えであって欲しいかった。

 死の気配を、初めて悟る。


 ――まさか、ありえない。


 自然と現実逃避に等しいような結論を出そうとして、それはいけないと、絶対に死なないようにと、理性が悲鳴を上げながらノエルの意識を引き留めた。だから、現実がどんなものなのか――その結論を出そうと視線は前を向く。そして、恐る恐るとした様子で前を見ると、そこには少しへこんだ月明かりで輝いている物体――俗に言う『銃弾』のようなものが当たり前のように転がっていた。

 その頃。


「……やはり、無理か」


 拳銃。

 種類は分からない。

 けれど、確かに。

 クラスメイトで同級生であり同じ部活動の友達であるはずのトム・ジェイソンは、ノエル・アナスタシアに対して、漆黒の銃口を向けてそう呟いていた。


「なん……で?」


 声が震える。

 後ろを向くのが怖くて、ノエルは後ろを向けずにいた。


「動かないでくれ」


 そして、トムのその一言で、その選択は正しいかったと認識した。


「少なくとも、立ち上がらなければ良い。どうしてこうなったのかも説明する。ただな、これはだけは言える。ノエルさんは悪くない」


 正義の味方のような言い草だった。


「まずは、最初に間違いを訂正するけど、イザベラさんはこの件に関係していない。イザベラさんが連れ去られたって言うのは、ノエルさんをおびき出すための嘘だ。きっと、今頃、いつも通りに、徹夜でゲームをしようとしていると思う」

「……アズマ、くんは?」

「それは……本当だ。僕は、彼を殺した――ここから突き落として」


 トムはチラリと後ろの下を見る。

 そして、微かに顔を顰めた。

 それを見て、ノエルの中で、現実だと認識し始めた思考の中で、様々な感情が湧いて、再びその呼吸が速くなっていく。

 アズマを殺された怒り。

 アズマが殺されたという驚愕。

 トムが敵だったという驚愕。

 アズマを殺された怒り。

 感情はグルグルとめぐりめくる。

 そして、意味もなく殺されるかもしれないという恐怖が、今にも殴りかかろうと怒りに震える体を必死に押さえつけていた。

 意識して声を殺しながら――無意識のうちに震える声で、ノエルはトムに尋ねる。


「……君は……私を、殺したいんですか?」

「――ああ、殺したい。けど、殺せない。そう、無理なんだ。君がこの瞬間に死ぬという現象は、この世界の理に無いんだ。だから、無理だ。僕に君は殺せない。――だって、君は呪われているから」


 ――呪われている。


 トム・ジェイソンはそう口にする。

 そんな非現実的なことで、アズマは殺されたのだと、ノエルは知った。


「どういうことですか?」

「……君は【転生者】の【呪い】にかかっている。解呪はほぼ不可能で、その被害は甚大だ」


 ライトノベルの小説なら、悲劇のヒロイン辺りが持っていそうな設定。――それも、周囲や自身の足を引っ張るタイプの。

 クルクルと拳銃を片手で回しながら、淡々と冷静な風にトムは続ける。


「――君の【呪い】は、『とある日まで決して死ねず、死に対した時、一切の関係のない人の死によって、偶然回避できる』というものだ。あの方は、これを【偶然殺し】と呼んでいた」

「……」


 他人を身代わりにする【呪い】。

 ノエルに与えられた『異常』。

 何故かトムが苦しそうに、さらに語る。


「……それに加えて、本人には気づかれないように『偶然』っぽくされるのが、この【呪い】の恐ろしいところだよ。被呪者は、気づかないところで死にかけて、偶然それが回避されたように見えて、実際は関係のない人が犠牲になっている。――それが、『世界神秘対策機構』が君を無力化させることを決定した理由の一つだよ」


 そこまで言うと、ふとノエルは気が付く。


「さっき、転んだのも……」


「……ああ、【呪い】の所為だよ。――それとも、おかげ、と言ったほうが良いか? ……とにかく、この一年間、僕は、ノエルさんがこの【呪い】を持っていると知って、自ら志願して、ノエルさんの監視役になった――そして、遂にこの日が来たんだ、来てしまったんだ」


 クルクルと回していた拳銃をシッカリとノエルの方に向けて、残念そうに睨めつけながらハッキリとトムはそう告げる。


「……」


 ノエルはガクリと地面に寝そべる。――自然と体の力が抜けていく。


「ノエル・アナスタシア、アナタを『災害級神秘』として、無力化及び拘束する。……何か、言い残すことはあるか?」

「――母様は、私を助けるために、アズマ君を、護衛役にしたんですか?」

「……そう聞いている」


 トムがそう言うと、クスリとノエルは微笑み、のどのつっかえが取れたような気になる。


「――良かった」

「……?」

「だったら、ちゃんと私は愛されているってことですね」


 何も良いことなんてない。

 ただの現実逃避に等しい納得。

 諦めという名の理解を、ただただノエルは示すだけだった。

 ノエルは、気になった風にトムに尋ねる。


「……私はどうなりますか?」

「『世界神秘対策機構』の本部で『死亡』と相対する状況に置かれないように十七歳になるまでずっとそこで過ごすことになる。これが、僕たちが辿り着くことの出来た最善の妥協点だった。本当は、『三枝学園』で『結末』まで過ごすことが出来るようにはしたかった。……本当にすまない」

「どうぞ、お好きにしてください。私がこうなった以上、私にも、誰かにも、打つ手は無しですよ」


 この日、ノエル・アナスタシアは一つの結論――足掻いても意味のない状況を悟った。きっと、もう自分の味方は誰一人いないのだと、静かに諦めていた。何よりも、友達と思っていた人からの裏切りと、無意識のうちに望んでいた『希望』があっけなく消え去ったことが、ノエルをさらに追い詰めていた。

 そして、ポツリと呟く。


「……あっけなく死んじゃったアズマ君のところにも行きたいですしね」


 ようやく――否、実際に幼馴染が死んだ。

 自分の知らないところで、自分のために命を懸けられて、自分のために死んでしまった。勘違いでも、お門違いでも、独りよがりでもなく、勝手に死なれてしまった。

 虚しさがノエルを襲う。

 悲しさでもない。

 ポッカリと心に大きな大穴が空いたようだった。


「――馬鹿か、俺は死んでねぇよ」


 すると、呆れたような声が聞こえてきた。


「っ!」


 恐怖と驚愕で目を見開くトムは、嬉しさと楽しさで泣き出しそうになっているノエルの背後にある鉄の扉に対して、確かに銃口を向ける。

 続けて、ギィと金属音が――扉が開く音が鳴った。

 赤い瞳が、月明かりに照らされて輝く。


「ったく、純粋だなぁ、オマエ」


 そこには、一人の少年が立っている。

 ノエルが、二度死んだと思った少年が、そこで生きている。


「こんな素人じみた嘘つきの言うことをそう簡単に信じる奴なんぞ、この世界にはオマエくらいしかいないんじゃないかよ?」

「……」

「約束破りだ、ノエル。後でお仕置きな」


 茶化すような、ふざけるような声色で、白髪赤眼の少年は、可笑しそうにそう告げる。


「ご、ごめんなさい?」


 ノエルが苦笑いをしながらそう言い返すと、向けられた銃口を恐れることもなく、ノエルを超えてトムに接近する。


「っは、反省しているのならよろしい。ああ、そうそう。もうすぐここは戦場になるから、この学校の何処かで隠れつつ大人しくしてろよ」


 ノロノロとノエルは立ち上がり、安心したように笑顔を作った。


「分かりました。……死なないで下さいよ。もう、アズマ君の死で苦しむのは、私は懲り懲りですから」

「っは、そこは勝つように言ってほしいけどな、ご主人様よ。それと、このローブはオマエに預けておく」

「わ、分かりました」


 それなりにそこそこは緊張感のある会話。


 ――だが、何かおかしい。


 当たり前だ。

 銃口を向けられて不利なのは、アズマたちの方だというのに、とてもじゃないが一人だけでも逃げられない状況だというのに――彼自身が抱えている【剣聖】というポテンシャルが、それを可能な水準にまで引き上げているのである。

 彼、アズマ・ノーデン・ラプラスの登場は、『ノエルに手を出したら、一切の容赦なく殺す』ということを、遠回しに意味しているのだから。


「今さらご主人様って……そう呼ぶのはやめてください。私とアズマ君の仲です。別に、私のことはノエルで良いんですよ。……あと、勝つのは当たり前ですから」

「っは、そりゃそうだ」

「幸運を祈っています」

「サンクス、俺ってやつは運だけが無いんだよ」


 バタン、と扉は閉まった。

 閉まってしまった。

 そして、とうとう、トム・ジェイソンは、ノエル・アナスタシアを逃がしてしまう――逃がしてしまった。

 風が吹く。

 沈黙が屋上を支配する。

 ただ、それは僅かな時間だ。


「――待たせたな、変な服野郎。あと、それは武者震いか? そんなに俺が怖いかよ」


 アズマは馴れ馴れしくも、煽てるような声色でそれを指摘する。


「……【パンドラ】様からの伝言だ」


 トムはそれを無視する。

 相手をするだけ無駄だと判断して、無視したのだ。


「ん、知るかよ。言わんで良い」


 だから、意趣返しなのか、アズマも又無視することにした。


「……なに?」


 淡々とした様子でアズマは言葉を続ける。


「嘘つきから伝言を伝えられて、はいそうですかと信じられるはずがねぇだろうがよ。――ノエルに対して嘘をついた時点で、たとえテメェがノエルの友達だったとしても、テメェの信用は地の底についちまってる」

「……これが、最後のチャンスだぞ!」

「笑わせんな。そんなに声を荒ぶらせても、何の脅しにもならんさ。ああ、それに……支離滅裂だぞ、魔術師。もう少し、ペテンについて学んだらどうだ?」

「……噂通りの傲慢さだな、【剣聖】。その軽薄さが見ようとしなくても見えてくるぞ」


 自然とトムの声が荒々しくなってくる。


「そりゃあ、わざとそうしてるからな。見えて当然、当たり前だ。ほら、俺と話すと気が抜けるだろ? まあ、一部除いて俺の殺気を読み取れる人はいるが、それはどうでも良い。どうぞ御勝手に恐怖していてくれ。……まぁ、俺をあそこで撃ってテメェが殺されるよりも、ノエルを逃がして後で見つける方が成功する可能性は高いだろう? いや、俺も妥協した方だぜ? なんせ、ノエルの逃げる範囲をこの学校内だけに限定しておいたんだからさ。まだ、テメェにもチャンスはあるわけだ。例えば、俺をここで嘘ではなく本当に撃破して、この学校内を探索しノエルを発見、共に『世界神秘対策機構』本部に逃走する……って、ところか?」

「……生憎、理解できないな。武器も持っていない【剣聖】に何が出来ると?」

「当たり前だ、理解させるわけがないだろ。なんせ、俺とテメェの実力じゃあ、天と地以下の差だからな。地獄でマグマ浴でもしとけよ、魔術師」


 これ以上の会話は無意味だと、漆黒の拳銃を片手に握るトム・ジェイソンは、静かに銃口をアズマに向ける。

 今は銃口は震えていない。

 対して、アズマは無防備に立っているだけ。

 ただ、剣圧を放っている。


「……【魔弾の射手】、トム・ジェイソン」

「――【剣聖】、アズマ・ノーデン・ラプラス」


 お互いが名乗り上げる。

 この時、確かにそれが。

 殺し合いの合図となった。


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