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ワールシュタットの剣聖  作者: 舟揺縁
序章【剣聖と女王】
1/133

プロローグ『大罪人の仮釈放』


 この世界には【神秘オカルト】が存在する。

 【神秘オカルト】。

 ある時は【奇跡】と呼ばれ、ある時は【魔法】と呼ばれ、ある時は【魔術】と呼ばれ、今となっては【絵空事】と呼ばれてしまっているモノ。

 この世界で生きている人間のほとんどは、【奇跡】とも、【魔法】とも、【魔術】とも、【絵空事】とも、そう語られるこれらの【法則】を明確に認知できなくなってしまっている。

 その結果、この世界の住人の記憶から【神秘オカルト】という【法則】は完全に消え去り、あるはずの現実は、虚構の存在として嗤われる【喜劇】と成り下がってしまったのだ。

 だが、それは表向きの話。

 それでも、未だに【神秘オカルト】は存在している。

 例えば、【神秘オカルト】は災害と言う形で人類に襲い掛かる。

 その惨状に涙を流した【巫女】は、歯を食いしばりながら告げた。


 ――毒を以て毒を制す。


 遥か昔。

 同じように【神秘オカルト】に対峙し、それに心底恐怖し、それでも生き残ってしまった憐れな人間たちは、【神秘オカルト】によって、大切なものを奪われるのを阻止するために、彼らは人類が一度忘れ去った【神秘オカルト】を、徹底的に解き明かし、僅かとしか言えない小さな真実を手に入れ続けた。

 それを目にした【魔法使い】と【魔術師】はふてぶてしく笑ったと語られている。


 ――塵も積もれば山となる。


 紀元前を超え。

 二千年の時を重ね。

 【神秘オカルト】を知る僅かな人間は、理不尽を振りかざす【神様】の真似事をすることによって、遂に【神秘オカルト】を殺すに至ったのである。

 【神様】の【秘密】を殺す者――【巫女】とも、【魔法使い】とも、【魔術師】とも呼ばれる人間たち――彼らが団結し、創り上げてきた歴史の結晶。


 それが、【世界神秘対策機構】である。


 それが。

 人類にとっての、【神秘オカルト】に対する、最後の牙としての在り方だった。


「――【剣聖】、アズマ・ノーデン・ラプラス」


 一人の少年の名を呼ぶ少女の声が、静かに染み渡る。

 イギリスに存在する――『学園』として利用されている小さな孤島。

 試しに、その空間を裏返してみると、【理想郷】と呼ばれる【異世界】が――【神秘】を操る人間の間では、その性質から【監獄】と呼ばれる大罪人の収容所のように扱われている場所が存在している。

 ただ、【監獄】という生々しい名前で呼ばれてはいるが、その周囲の風景は実に平穏で平和なものだった。

 花々が咲き誇り、木々が風に揺れ騒ぎ、巨大な城が聳え立つ。

 まさに、御伽噺のような場所。


「貴方に『護衛』の任務を与えようと思います」


 救世主が現れるよりも昔。

 今や【秘密】のみが残り香として残っている【神様】によって、とある目的による創り出された【人造人間】ならぬ【神造人間】――現在は【世界神秘対策機構】の参謀として【神秘オカルト】から人類を守る【守護者システム】として生きている実年齢が数千歳の十二歳程度の外見を保っている小柄な少女、【パンドラ】はさらに続けて、静かにそう口にした。


「……へぇ、良いのかよ。テメェらの言う大罪人に、テメェの大切な娘さんの護衛を任せてさ」


 わざとらしくニヤニヤと笑いながら――心底どうでも良いのか、まるで他人事のように、けれど表向きには心配そうに――アズマという名の青年はそう返す。――但し、その言い草は、必然的に聞いた者へ小さからぬ反感を抱かせるものであり、明らかに、人間社会では、人間ピラミッド最底辺の大罪人らしからぬ、けれど傲慢な大罪人らしい、上から目線の言動だ。

 会社で例えるとするならば、【パンドラ】が会長で、アズマが平社員。その圧倒的格差の前では、アズマがとるべき行動は真逆のはずだろう。……けれど、アズマはその偉そうな口ぶりを変えようとしない。

 当然だろう。

 この少年は今、【パンドラ】の命を握っているのだから。


 歴代最高の実力と歴代最低の名誉を持つ剣聖――【アズマ・ノーデン・ラプラス】は、半年前に大罪を冒した。


 だから。

 それゆえに。

 【大罪人】の園と呼ばれる【理想郷】に投獄されることになった。


「っは、笑えるよなぁ。まさか人々を守るべき【剣聖】が、罪のない人間に害をなすという大罪を冒した、大罪人になるとはな」


 一年と半年前、【神秘オカルト】による【大災害】が発生した。

 その唯一の生存者が他でもないアズマであり、彼は燃えるような勢いで【神秘オカルト】に対する復讐心を育て上げていった。

 そうすることで、たった半年という驚異的な短い期間だけで、【剣聖】となるにふさわしい実力に至った。

 いわば、【天災】が生んだ【天才】である。

 その名を轟かせるに至った決定打は、七人の【英雄】の殺害と、先代【剣聖】の打倒というありえないような戦歴だ。

 それを成した瞬間に、アズマは【剣聖】と【大罪人】の二つの名を得たのである。

 そして、【理想郷】に投獄されるという形で、彼は『自由』を失った。


「ええ、そうです。それは、実に勿体ない」


 熱弁のようだった。


「ですので、これが最後のチャンスです」


 そんな彼は、再び自由を得る機会を手にしたのである。

 『パンドラの娘の護衛』。

 それをこなすだけで、この【監獄】から釈放される。


「……ああ、そうだな」


 アズマは表面上は納得したようにそう零すが、内心ではそんなことは一欠けらも思ってはいなかった。

 むしろ、それは真逆だ。


()()()()()()()()()()()()()()


 そうとも、思っていたのだ。

 女一人の護衛なんぞ、自分以外にもできるはずだと。【監獄】という平穏な暮らしを、それを手放すにふさわしい状況を、己を『悪』と断じた『正義の味方』が、己を必要とする状況が今なのかを、その重要性を見極めるために、アズマは【パンドラ】の命を握る。

 そんな自分勝手によって己の命の終わりを感じさせられても、【パンドラ】は引こうとしない。むしろ、彼女は一歩前へ出た。


「ええ、貴方は善い人です。私の娘を預けるだけの善性と実力を、既に手にしています」


 その選択は正解だった。

 その選択は最善だった。


「っは……そう言うアンタも善い目をしてる。いやはや、俺からすべてを攫ってった――あのクソ野郎の神様も、少しはマシな、中々に度胸のある女を残してったみたいだ」


 皮肉気味にアズマは笑っていた。

 【神秘オカルト】を殺せても、【人】を殺すのが死ぬほど怖い【剣聖】は、人間という名の【神秘オカルト】の残り香を前にして、それでも【神秘オカルト】を殺せないという矛盾を前にして、それを滑稽だと笑うのを必死に堪えて、己と【パンドラ】の在り方から物事の重要性を実感する。


「乗った、乗ったよ、その提案」


 だから、アズマはそう告げた。


「俺がやるからには誰一人死なせはしないさ」


 その『仕事』での、自分という存在の必要不可欠さを、改めて認知する。


「……そう簡単に、そんな約束はしない方が良いですよ。私は、貴方と同じような約束をして、守り切れなかった人を知っています。それに私も、同じように幾つもの契りを結び、結果的に破ってきましたし、それに――」

「あー五月蝿い、アンタはロリババアらしい妄言を吐きに来たわけじゃねぇだろうがよ」

「ええ、確かにそうですね。それでは――」


 【パンドラ】がそう言うと、アズマは一瞬目を細める。

 彼女の一言で、周囲の空間が歪みだしたからだ。

 今にも、その景色全てが、元に戻りたそうに、元々原型が無いもかかわらず、それでも気持ち悪くカラフルに背景は蠢き出していた。


「――仮釈放としましょう」


 続けてのその一言で、目の前の景色が一変する。

 モザイクはハッキリと姿を現し、以前の面影を無くし去る。

 懐かしい風が吹く。

 【理想郷】とは違うような、そんな空気が香る。

 先代【剣聖】から受け取った、アズマの着ている【日除けのルーン】が縫われている漆黒のローブが、それと共になびいた。

 スタスタと、アズマは数歩前に進み、目前の【パンドラ】を超えていく。

 記憶には無いが、何故か見覚えのあるような、そんな懐かしい感覚に襲われて、その不気味さに、アズマは僅かに顔を顰める。

 そのまま、顔を上げてアズマは空を見る。

 天気は快晴。

 目を顰めながら、太陽の位置から時間を把握する。

 時刻はおおよそ真昼。

 そうして、顔を下ろして周囲をまた見渡す。

 景色は都会。

 天気は快晴。


「……変わんねぇなぁ、この景色も」


 迷彩柄のカーゴパンツのポケットに右手を突っ込んで、自信の年齢にふさわしいかっこつけながらも、パッと事前に渡されていた地図を広げて、顰めっ面の難しい顔で現在地と目的地を確認する。

 そして、このまま真っすぐ前に進むば良いことに気が付き、初めから楽が出来ることに、彼は機嫌が良さそうにニヤリと笑った。その様は、純粋な子供のようで実に微笑ましい光景のように見えてしまうことだろう。

 ……続けて、そのまま眠そうに背伸びをしたかと思えば、地図をクルクルと丸めて左のポケットに突っ込んで、先程のそれとは対極を表すように、真後ろへ向けて、恐る恐るといった調子でアズマは尋ねた。


「……あの、まだ、用があるんすか?」

「ええ、最後にお聞かせ下さい」


 淡々と、純粋な疑問を【パンドラ】は問う。


「――貴方は何故、そこまでに、それほどに、実に傲慢そうに、自らを騙れるのですか?」


 静かに彼女は、【剣聖】の虚飾を指摘する。

 その指摘が、周囲の空気を冷たくさせる。


「……あー、そゆこと」


 それを聞いて、アズマは納得したかのように頷いた。

 彼の身の回りには、一切の武器が見当たらない。この世界から【剣聖】と呼ばれるにもかかわらず、彼は己の武器であろう剣さえも持っていない。その傲慢そうな口ぶりに反して、彼には【人】を殺す手段を手にしていないのだ。その理由は実に簡単で、アズマには武器は【愛刀】しか使う気はなく、そもそもその【愛刀】を投獄される際に、【世界神秘対策機構】に回収――もとい没収されているからである。

 結論を言えば、今の彼に戦う手段は存在しない。

 それ故に、下手したてにでるしか、アズマに出来るすべはないはずだった。――たった一つの例外を除いて。


 けれど、その例外を知らない人から見てみれば、アズマのその在り方は、まるで殺してほしいと遠回しに言う愚か者か――もしくは、虚栄を謳う狂人としか言いようがない。ただ、そんなことはアズマは理解している上で、それでもその口ぶりを変えることなく、平然と淡々と、真実を当たり前のように語る賢者のように、馴れた口ぶりでこう語る。


「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』」


 自分勝手な真理。

 今代の【剣聖】が至ったであろう答え。

 それを口にして、訣別のために地面を踏む。

 そして、最後につまらない御伽噺を語るかのように。


「ただ、それだけの話だよ」


 彼の語った言い分は。

 何処か。

 やはり。

 酷く自虐的に聞こえた。


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