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ともしびを巻いて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、こーらくん。調べ物の最中か。

 ふむ、「古今の呪いのかけ方」ねえ……また面白そうなものを見てるじゃないか。


 ――は? てっきり「呪いたい相手でもいるのか?」と突っ込まれるかと思った。


 いや、誰にだっているだろ。呪い殺したい相手の一人や二人や、三人、四人……。「いない」なんて答えるやつがいたら、心の中で嘲ってやるさ。


 我々、日本に住む者の呪いといったら、「丑の刻まいり」がトップクラスの知名度だろうな。人形そのものも注目されるが、実行する格好にも厳格な決まりがある。

 顔にはおしろいを塗り、頭にはロウソクを立てた五徳をかぶる。鏡を下げて、一本歯の下駄を履き、懐には護り刀。口には櫛をくわえないといけないから、なかなかに壮絶な格好だね。

 知っての通り、丑の刻まいりは誰かに見られてはならない。もし目撃されたら、そいつを始末するために護り刀を使うのだとか。

 と、儀式の格好っていうのは、入念な準備を必要とするもの。そのひとつひとつが整っていないと、効果を発揮しない。それは呪いのように攻撃的なものより、むしろ防御策に用いられることが多いな。

 調べものついでにひとつ、儀式にまつわる格好の話を聞いてみないか?



 むかしむかし。

 神無月を迎えると、私が住んでいた地元では夜の外出が控えられた。

 いわく、神様がいない今の状態では、夜闇から身を護るすべが乏しくなっている。その中で体をさらすのは、多くの危険を招き寄せることになるとね。

 どうしても外出しなくてはならないときには、不可思議な決まりを守る必要があった。


 まずは火をおこす。これだけでも、むかしはなかなか大変な作業だ。囲炉裏の灰の中にうずめておいた種火を用いることができればいいが、もし無ければ一から用意することになる。

 そして体中に巻くことができる、長い帯を用意する。これは各家に用意されており、使い物にならなくなるまで、先祖代々使われ続けるものだ。

 この帯には、筒状の差し込み口がいくつも縫い付けられている。これらはいずれもろうそくを差し込めるように細工したものだ。その数は、合計で100箇所以上にも及ぶ。

 そこに挿す。ロウソクを一本も余さずに挿す。そして火をつける。

 体中をロウソクで囲う格好をして、ようやく外出が許される。外に出ることができるのは、そのロウソクが燃えている間のみ。多少消えても問題はないが、すべてが消えきるまでに屋内へ引き返すことを約束させられる。

 もし、この言いつけを破った場合には、一家にそれなりの罰が与えられたとのことだ。

 どうして、このような掟が続いてきたのか。当時、住まう人々も疑問に思ったことだが、その答えを知る機会として、伝えられてきたのが次のような話だ。



 神無月の終わり。出稼ぎに出ていた村人たち数人が、久しぶりに村へ戻ってくるときのことだった。

 本来なら神無月が終わるまで、出先にとどまるべきだった。だが親が重い病を患ったという報せがあっては、じっとしているわけにはいかない。

 これもまた、病気にかかった親を持つひとりさえ支度を済ませればいいと思われがちだが、同じ町にいる二人も同道することになった。彼らもまた、同じく神無月の言いつけを聞いて育ったメンツでもある。


「体に巻く明かりを絶やしてはならない。だが、複数人が寄り添うなら話は別だ。その明かりが絶えない限り、お前らの身体はきっと守られる」


 そう聞かされた彼らは、いよいよ村が近づいてくる直前。一泊した木賃宿で、家から持参していた件の帯を取り出し、路銀の一部を削ってロウソクを調達する。

 総数にして300本以上のロウソクを身に着けた彼らの風体は、異常といわざるを得ないだろう。村まではこの一晩、歩き詰めれば夜が明けるまでに着く。容態がどう変化するか分からない以上、時間は惜しい。

 三人は速く、それでも走らずに先を急ぐ。走って必要以上の風をあてれば、ろうそくの火が消えかねない。もちろん、転ぶなどはもってのほか。三人は各々が照らす足元に細心の注意を払い、やがて村まであと半分の道のりまで来たところ。


「……誕生日おめでとう」


 それははっきり響く子供の声。思わず三人は足を止めて周りを見回してしまう。

 自分たち3人、いずれも神無月の生まれではない。ここは民家からだいぶ離れた峠の道で、そばの家から漏れ聞こえたわけではない。

 不審がる三人の身体を、突如、強風が襲い掛かってきた。

 反射的に近くの木の幹の影へ隠れたものの、全員が3分の1ほどのロウソクをかき消されている。

 火打石は高価な代物で、三人は持ち歩いていなかった。それぞれのロウソクの、まだ無事なものから火を移し、三人は風の様子をうかがう。

 不思議なことに、自分たちが隠れてしまってほどなく風は止んでしまい、こそりとも空気を騒がす様子を見せなかった。三人が首をかしげながら、再び道を歩き出すも、その途中で。


「誕生日おめでとう」


 複数人の声がした。同時に、またも吹きつける風が、彼らの身体のロウソクをなぶっていく。

 今度は隠れられる木はない。やむなく彼らはかぶっていた編み笠を盾代わりに構え、どうにか胴体近くに巻いたロウソクの火は守ろうとする。そうしている間にも、防ぎから漏れている足、頭、肩などのロウソクは、ひとつ残さずそのともしびを消されていく。

 編み笠も完全に風を防ぎきれるものではない。目の粗いところのロウソクの火はあおられ、その先を服の端へと伸ばして、生地の焼け付く臭いさえした。


「走るぞ!」


 止まない風に、ひとりが提案する。

 このまま待っていてもジリ貧。自分たちの身体の火がすべて消されるのは時間の問題だと。ならば、消えないうちにたどり着く可能性に賭けようと。


 三人は笠を構えたまま、一里、二里と駆けていく。想像していたよりも早い進みだったが、風は正面からの攻撃だけでは消しきれないと見たか、ときおり横合いに向きを変えて奇襲を仕掛けてくることもあった。

 ひっきりなしに吹く風は、新たに火をつぎたすことすら許してくれない。一度、また木の影へ隠れたものの、風は執拗に追いかけてきた。

 そうして夜中に村の門をくぐるや、風はぴたりと止む。同時に、三人のうちの二人がその場に倒れ込んでしまった。彼らのろうそくの火は、すべて絶えてしまっていた。しかも、すでに息さえ引き取っているというありさまだったんだ。

 親の元へたどり着くことができた子供の身体にも、残ったロウソクの火は、わずかに五本ほどだったという。


 現在、私たちは誕生日を祝うバースデーケーキにロウソクを灯し、その火を消して祝うことが多くある。

 ひょっとして彼らが出会ったのは、何百年と生きた者たちの誕生日の祝いだったのかもしれない。その火が足りないときは、命の火さえも吹き消してしまうんじゃなかろうかと、私は思うんだ。


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