番人は眠れない
世界から賜った力――――《英傑の番人》
三人の英傑を守り、時には律し、時には導く。
英傑を導くということは世界を導くということは、即ち世界の秩序を整えるということ。そのためには人である限り限界があるということで神々が力を与えた。
始めは伝説と語られた。
徐々に神と讃えられた。
次第に最強と囃し立てられた。
行くとところまで行けば忘れられた。
今やただの子守りのような扱いである。
だが、それがいい。
それが〝番人〟という役割であり、終着点とも言える。
師匠であり親代わりでもある先代の《英傑の番人》は言っていた。
『いい時代になった。俺たちはもう恐れられていない……分かるか? …………まぁ、まだまだ分からんかそれがどんなに良いことか。お前なら次第に分かるだろうよ、分かるようになったら一人前だ』
ゴクゴクと喉を唸らせながら酒を呑み、焚火を囲って語られたことは鮮明に思い出す。
自分も早く〝番人〟を全うしなければいけない。
しっかりと力を使えるようにならなければいけない。
そう思いながら尋常ではない試練を乗り越えて来た……――――
「おい、ゼル。アタシを抱きかかえて寝室まで運べ」
「私も同様に望みます、むしろ願ってもいないことですね。……あっ、別に構いませんよ? 好きなところを好きなように触って、お運び下さいゼル様」
「…………ボクは大丈夫だよ、その代わり一緒に朝まで語ろうよ。ボクは眠らなくても大丈夫だし」
「……はぁ」
オレはこんなことのために血反吐を噴き出す思いで強くなったわけじゃない。
そもそも、こいつらは出会った時からオレに対して言う事が我儘過ぎる。一体どんな考えでこんなことを願うのか理解も出来ない。
「おーい、もう眠いぞー」
「うるせぇ! 眠いなら勝手に寝ろ! オレにはまだまだやることがあるんだよ」
「ゼル様。僭越ながらこの英雄王であるセラフィム・スターダストが、お手伝いいたしましょう」
「大丈夫だ、セラ。お前は普通に眠ってくれ、いいか?」
「また魔法結界の陣を組むのかい? それならボクが手伝おうか?」
「いい、お前の魔法結界だと空間が歪むし。それよりも寝ろ、ちゃんと寝ないと体は育たないんだぞ?」
毎日のように溜息が出てる。
こいつらと出会って早一週間…………既に心の中で誕生日が五十回は行われた。
そのくらい疲労が凄い。
「ゼルぅー、部屋だ……部屋に連れてってくれぇ」
「お、おいアヴィ! ここで寝るな、頼むからここで寝るな!」
〝魔王〟アヴィ―ス・ヘルフレア
彼女が人族であるのに〝魔王〟を受け継いでいる理由は二つある。
一つは圧倒的魔力量。
これは魔族の主食のような成分であり、魔族が好む唯一の香り。
二つ目はいつの間にか従順している魔族たちである。
圧倒的魔力を誇るアヴィ―スは、そこにいるだけで魔族を引き寄せ、その膨大な魔力に当てられた魔族たちが勝手にアヴィ―スについてくるのだ。
故に――――――〝魔王〟
一人で幾千もの魔族を従える、暴虐の塊。
小さくも逞しく育つ体、活力に漲った褐色の肌、自らの魔力により深紅へと変わった両目。
その姿には世界を覆してしまえるほどの暴力が秘められているのだ。
そして――――彼女が無防備になる瞬間に内に秘められた存在が…………
「■■■■…………■■、■■■■■」
姿を現す。
「いや、悪かった。全部悪いのはオレだ。分かっている、アヴィはオレがしっかり守る」
「■■■……■■」
「分かってるって……聞くよ、聞くって。それがお前との約束だ」
「■…………■■■■■■」
それは黒よりも黒いと言えばいいのか。
それとも〝深淵〟と安い言葉で片付けてしまっていいのか。
人である限り出会うことも、ましてや会話することも出来ない存在。
この世界の悪意を凝縮したような、マイナスの存在。
「全く……過保護なんだよ」
「ゼ、ゼル様?」
「あぁ、あれは気にしなくていいぞ。何とも言えないが……例えるならアヴィの眷属の親玉みたいなもんだ。あいつ過保護なんだ、いっつもオレが怒られる」
「へぇ……ゼルネストは、随分と深淵に覗かれてるらしいね」
「…………いや――――」
お前らもだから。
とは、口が滑っても言えなかった。
何を言おうとここにいるのは世界の秩序を整えるための力。
一人いれば大陸を滅ぼすのに一時間も要らないだろうという力の塊が三人もいるのだ。
何もいないわけないだろう?
「まぁ、仕方ねぇ。オレはアヴィを運ぶからお前らは…………いや、アヴィを運んだ後にお前らも運ぶから待っててくれ。いいか? しっかりと運んでやるから待っとけよ?」
真夜中も真夜中。
月が顔を出して、その横顔がもう真上にあるような時間帯。
そんな時間まで起きていたのは三人が明日街へ行くための予定を立てていたからだ。
「分かりました。しっかり着替えて待っています」
「ちゃんどした寝間着だからな? あんまり際どいの着るなよ? しっかり食って寝てる分、セラは体だけは育ってるからな。あ、今のは褒めてないからな?」
「はい……分かっています。私がエロ過ぎて思わず手を出してしまいそうになるから、これ以上エロくなるなということですよね? 成長します」
いや、全然違う。むしろ退化してる。
「ボクもー」
「…………うしっ、んじゃ待っててくれ」
「はぁ? ボクには無しかよ。こうなったら魔法で大人の体でに入れてやる」
お前はちゃんと食って寝ろ。それだけで成長するんだから。
そんな変な事に力は使うな。
「ははっ……全く、忙しいな」
《英傑の番人》は眠るのにすら疲労を覚える。
ただ眠れた日なんてありはしない、毎日がこのありさまだからだ。
それでも少しは笑えているのは――――この三人のおかげなのかもしれない。