番人は狙われている
息抜きかもしれん。
欲望が詰まった話さね
私には……
アタシには……
ボクには……
何が何でも欲しい人がいる。
◆
子孫繁栄、王国繁栄、全種族平和条約。
そんな信念が掲げられた大陸――――〈オールフォー〉。
過去の激戦で大陸が六つに割れているものの、その五角形に散っていった大陸の中心にある平和が約束されている国である。
人族、亜人種、魔族で大きく分けられる種族が仲睦まじく暮らす光景は勇者と魔王が争っていた時代では考えられなかったことだろう。
きっと……目の前に勇者がいるのならアホ顔面を拝めるに違いない。
確かに危険が完全に無くなったわけではない。寧ろ、魔族の上位種らが滅んだことによる弊害で魔獣らが増えている傾向にあるが、そのために戦ってくれる者たちもいる。
文化が融合し次第に統一し始めたため様々な事情が成長していき、今や〈オールフォー〉の名前は全年齢が知っていると言っても過言ではないだろう。
だが、その事実が名声を広げているのは爪の垢ほどあるかないかだ。
大部分はまた別のもので〈オールフォー〉の名前が知られている。
それは――――〝英傑の館〟という名の屋敷である。
具体的に言うのなら種族によって英傑だと信じられている者たちが集まって移住する、シェアハウスのようなもの。
なのだが…………
「おい! お前、勝ってに入ってくんなって言ってんだろうがよ!!」
その屋敷の端に建てられたレンガで造られた小屋からは、毎日のように男の怒号が響き渡る。
そして言い返すように、
「やかましいわ!! オマエはワタシのだろう!! だからワタシは入ってもいいんだ!!」
女の怒号も響き渡るのだ。
幸いにも周りには人が住んでいない。
そこは〝大森林〟と呼ばれる、入ってしまえば抜け出せないと言われている場所。
数多の魔獣が生息する以外に何もない場所にポツンと唖然としてしまうような大きさの屋敷が建っており、観察すればようやく視界に入るような小さな建物があるだけ。
しかし、そこは大勢が住んでいるような賑やかさというか…………活気があった。
「オレはお前のじゃねぇって! オレはオレのだろ!?」
「ふんっ、何を勘違いしているか!! 《英傑の番人》の継承職のくせにアタシたち英傑のものではないだと!?」
「その通りだよ! オレはお前たちのお世話係であって、ご機嫌取りでも何でもねぇ!! 分かったらさっさと部屋に戻れ――――〝魔王〟!!」
「いいじゃん!! いいじゃん、添い寝くらい!! オマエに拒否権はないぞ!! 〝ゼル〟」
ああだこうだと鳴りやまない壁打ち状態の会話。
きっとここに長く住んでいる者なら「またかよ」と頷けるほどだが、ここに住んでいるのは四人だけ。
しかも――――
「また貴方ですか……〝魔王〟」
「平等か、選択か……ボクは不正が許せないんだ。前もそう言ったよね? 〝魔王〟」
「クソッ、いつも来るのが早いな〝英雄王〟〝賢王〟」
「当たり前です。〝ゼル様〟の住居への侵入……とても許せるものではありませんよ?」
「その通り。寂しいならお得意の眷属とでも添い寝したらいい、それに君が〝ゼルネスト〟の上に被さるように寝床に侵入していることは記憶を読み取って確認済みだからね。もうこれは言い逃れは出来ないよ?」
「……いや、お前らも勝ってに来るなって」
全員が似たような存在。
もう何回目かも分からない溜息を、頭を掠めるほど低い天井に吹きかけながらゼルネストが呟いた。
「〝魔王〟だけじゃないぞ……知ってんだからな?」
「「………………」」
「この間は扉が暗号化されていたな、キーワードは「愛してる」。それに強力な聖属性が付与されていてオレが触ったときに気を失わせるくらいの力は込めてあったぞ?」
「…………私以外にも聖属性魔法が使える方が訪れたのかもしれませんね」
「…………次はオレの寝床に転移魔法ときたもんだ。それに拘束魔法と神経消失の効果が付与された設置魔法も織り込んであった。もっと言うなら転移魔法の魔力が通っていたのは屋敷の方向だったな」
「…………ボクと同じくらい多重魔法陣が使えるなんて凄いね、是非とも出会ってみたいよ」
「はぁ……いいか? お前たちが〝女〟として生まれてくる理由は次の時代に血を残すことだ。それもとびっきり色濃い〝英傑の血液〟をだ。オレはそれを守るまでが義務……ここらへんに人が住んでいないからって共鳴者を探すのを諦めてたら、それこそオレがここにいる意味がないんだ。分かったか? 要するに色んな国にいって結婚相手探しないさいってことだぞ?」
世界を揺るがした者でもあり、世界を整えたと言っても過言ではない者たち。
それが〝英傑〟と呼ばれる存在だ。
〝魔王〟と称された魔を操る存在
〝英雄王〟と称された聖を操る存在
〝賢王〟と称された魔力を操る存在
その三人の血を絶やすことのないように、世界の運命が使命を下した。
それが子をなして時代を繋いでいくこと。
だからこそ英傑たちは必ず女性で生まれてくる。
「分かったな? お前たちは好きな人を一人選んで幸せになって貰わないと困るんだ。そのためだったら何でもやってやるが、今回のはまた違うだろう? ……ここから先は言わなくても分かるな? ほらさっさと戻れ、オレは朝食の用意をする」
そう言い残して、いつも通りゼルネストは三人を通り抜けて屋敷へと足を運んでいく。
「「「………………」」」
いつも通り。
何も変わることはない、そう信じている後ろ姿を見送る三人の美女。
その姿があまりにも油断していて、それぞれの口角が徐々に上がっていく……
声にこそ出さないが、三人共思っていることは同じ。
必ず、お前を手に入れてやる。お前は私たちのものなのだから――――――