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8話 伶良の過去、後半(伶良)

八話  伶良の過去  後半



 小学5年生の時ある日、保真麗は学校を休んだ。その日は冬の晴れた寒い日で空気がとても乾燥していた日だったと記憶している。

 昼休みに私は一人で、いつもの古い図書館に通っていた。休む前日に、保真麗に勧められた小説を読んでいた。

 「保真麗も選ぶ本が変わってきたなー」

 保真麗の選ぶ本が絵本から小説に変わって、彼女も成長したなと思いながらのんびりと本を読んでいた時のことだった。


  ガーンッ!ドガーン!


 口から心臓が出るかと思った。それほどに私は驚いた。図書館の近くで激しい爆発音がした。何が起こったのかわからずに怖くなって私はその場に蹲ってしまった。本当だったら逃げないといけない場面だったのだけれど、当時の私はそんなことが考えつかないくらいの恐怖に満たされてしまって動けなかった。蹲っているままでいると図書館にブチっと音を立てて放送が流れてきた。

 「理科室で火災が発生しました。校舎内にいる生徒は急いで校庭に避難をしてください、繰り返します。火災が発生しました……」

 当時の私は理科室に実験しにいくことがあるからわかっていたが、理科室とは図書館のすぐ近くの所にあるのだ。私は蹲っていられないと思い、勇気を振り絞って図書館の出口を目指していった。図書館に引きこもりであまり運動をしていなかった私にはとても辛く出口までついた頃には息がかなり上がっていた。


 出口を開けて廊下を見た時に当時の私は人生で初めての絶望を感じた。


 古い木造建築のせいで火が燃え移りやすく、ほんの少しの間に広い範囲に延焼をしていた。木製の廊下は炎で赤黒く染まっていて、本物の地獄がこちらの方へと迫ってきているようだった。校舎の出口へと続く道はまだ、奇跡的に延焼しておらずに私は出口を目掛けて最後の力を振り絞って突っ走った。


 結局、私は出口から出ることはできた。

 だけどその後に災難が降ってきた。


 全速力で廊下を走って大量の煙を吸って咽せて死にそうだった私は、突然頭がクラクラとし始めた。

 ダメだ、立たなきゃいけない!

 そうは思っても体が動かずに限界を迎えていた。

 「ここまで逃げてこられたのに……」

 頭に血が回らずに次第に周りの景色がぼやけていく。最後の力を振り絞って校舎の方へと逃げようとするが、足を前に出すのがやっとなくらいの私に、炎は容赦なしに近づいてきていた。炎がどれくらいの距離まで近づいてきているのか確認するために後ろを振り返った時のことだ。



 本当に校舎が爆発した。



 線香花火の飛び散る火みたいに木の板や屋根の瓦などが飛び散って上から降ってくる。そのうちの一つの紅く焼けた木の板が私の方へと降ってきた。

 死ぬんだな…… そう思った。せっかくの友達とも思う存分に過ごすこともできずに死んでいってしまうのか……。はっきり言って後悔の念が1番強かった。何故かは分からないが死ぬ時の恐怖より納得のいかない人生のまま死んでいくことへの後悔の念が強かった。


 ごめんね、保真麗。


 保真麗の太陽みたいな明るい笑顔、少し幼い顔、甘い声、ほのかに香る甘いシャンプーの匂い。彼女の全てを思い出しながら身体から力が抜けていくのに身を任せてその場に崩れていく…… 。

 熱い木の板が私の全身の左半分に当たったことがわかると同時に、何かに腕を掴まれ体が右側へと引っ張られていたことも感じていた。それがその時の最後の感覚だった。




 目を覚ますと、私は病院にいた。生きているのか死んでいるのか分からなかったけれど次第に生きているんだなと確信を持てるようになった。病院の妙なあの匂い、体で感じるベッドの柔らかさ、そして耳からは周りからの安堵の声が聞こえてくる。泣いている声も聞こえれば、生きていて良かったとはしゃぐ声も聞こえる。誰の声だか、分からなかったが、その中の声に保真麗以外の子供の声というのがなかったことだけは、ハッキリとわかった。

 「良かったよ!伶良!生きていて良かったよ!」

 泣きながらベッドの柵を掴みながら限界まで近寄る保真麗の顔はたくさんの涙の流れた跡でぬれていた。素直に嬉しかった。友達のいなかった私のことをここまで心配してくれる人がいたなんて……。嬉しくて笑みが自然と作られてしまう。

 「ありがとう。保真麗、心配してくれて」

 それだけ言うと私はなんだかまた眠くなり直ぐに眠りへと落ちていった。




 数週間後、私はやっとのことで退院できた。身体の左側に火傷を負っていて動くことすら困難だった私は車椅子に乗って移動することしかできなかった。医師によると、身体は火傷をほとんどしなかった為、火傷跡が目立たずに治るそうだが顔の火傷は大きく跡が残ってしまうとのことだった。それでも生きて帰れただけ嬉しいと思う。

 久しぶりの外だった。気がつけば春になり,早い時期にできる桜が色付き始めていた。外はあの時よりも暖かくなっていた。私が入院している間にすっかりと春らしい気候になったことを感じることができた。

 身体が動くようになれば普段通りの時間が動き出すな、と思っていた。また、保真麗と楽しく本を読めるそんなふうに考えていた。



 しかし、当時の私はそんな甘い考えで学校を見ていた。



 私がリハビリをしている間に学校は六年生の卒業式を終えて、私達の学年は六年生になっていた。さらに変わったことと言えば、私達の学校の生徒は隣の小学校まで行かないといけなくなっていた。この前の火災のせいで私達の小学校は、ほとんど機能を失い学校として成り立つことができなくなっていた為、隣の小学校まで映ることになった。

 隣の学校との合併になるが故に、多くの全く知らない人達と一緒のクラスになってしまう。それだと保真麗といる時間も少なくなってしまう。ある程度の覚悟を決めて、5月私は一歩遅く六年生になった。

 奇跡的には保真麗と同じクラスになることができた。だから初めて新しい学校のクラスに入った時、真っ先に保真麗が私に近づいてきて「よろしくね!」と言いにきてくれた。

 新しい学校になっても、図書館で私達の本を読む生活は変わらなかった。休み時間になると二人で一緒に図書館へと行き、一緒に本を読んで楽しい時間を過ごし帰る。そんな日々の繰り返しだった。

 だが、私は気になることが一つだけあった。それはクラスメイトや、新しい学校の教師達の周りからの目線である。今まで他人からの視線なんて気にも留めていなかったが、今回の事故のせいで私は左の顔に大きな火傷の跡を残してしまった為、非常に視線を感じるようになっていた。よく事情のわからない彼らは事情を知ろうと、私の方を見ながら私と同じ学校の人たちにヒソヒソと私についての質問をしていくのが遠くから見ている私にもわかった。

 それが当時の私にチクチクとストレスとして胸の中へと溜まっていった。私は暫く、それを吐き出そうにもどこにも吐き出せずに困っている毎日を過ごしていた。ヒソヒソと私を遠巻きに見て話す人たちのせいで、自分がいること自体が悪いことなのかと思い始め、いつからか私は学校に行くことに対して罪悪感すらも感じてくるようになった。




 そんなある日のことであった。

 私のストレスがとうとう爆発してしまった。自分がこれ以上ストレスを溜めると危ないと、本能的に感じたのか気づいたらストレスが爆発していた。

 休み時間であるのに私は図書館にもいかずに教室に残った。そして、ヒソヒソと遠巻きに見る人達に対して私は机を思いっきり叩き、叫んだ。

 「火傷をしていて何か悪いの⁉私だってなりたくてなったわけじゃないのに!いい加減にして!言いたいことがあるなら言って!」

 本当は軽くまとめて終わらせるつもりであったのに、つい熱くなり本音を全て出し切ってしまった。一瞬の間に教室の空気が固まって、誰もが私を無言のまま見る。こんな声を出したのは初めてだったので、元同じ小学校の人はさらに驚いて私のことを見ていた。

 緊張時の独特の空気があの日のように冷たく乾いた状態でこの教室を支配したため、誰も何も言うことすらできなかったのだと、今では思う。こんな空気を作ってしまった当の本人である私もどうすればいいかわからずに黙ってしまっていた。

 「ごめん……」

 そんな声が私の耳に届いた。誰の声から分からないが、か細い声だった。別に人を謝らせて気持ちをスッキリさせようとしていたわけではないのに謝らせて、罪悪感を感じてしまう。私はもうその場には居ることができなかった。最後に、言葉で何か言えば良かったのかもしれないけれどそんな事を言う前に私は教室から駆け出していた。

 学校を出て着いた先は近くの大きな川だった。綺麗な半透明な水がさらさらと流れている。真昼の日で暖かくなった土手に座り何も考えずにただボーッと川を見つめる。

 「川ってこんなに広いんだ……」

 私の悩んでいたことなんて本当にちっぽけなんだなって感じてしまうくらいに、この川は当時の私にとって大きく感じられた。だから気がつけば川の方に気を取られその前まであったことを忘れていた。

 「伶良、こんなとこにいたの?」

 その声によりふっと現実に戻された。声の主の方を見ると、そこには保真麗が優しい笑顔をして立っていた。保真麗は黙って私の横に座って私から何も聞かずにただ、温かい手を重ねて言った。

 「どんなことがあっても私はそばにいるから。だからあなたらしく生きてね?」

 その言葉を聞いて何も返す言葉が出てこなかった。嬉しいとも嫌ともなんとも思わなかった為、反応ができなかったけれど私は保真麗と一緒に生きていきたいなとだけ感じていた。

 「行こう、学校に」

 差し伸べられた保真麗の小さい手を握り、恥ずかしさで少し俯きながらも保真麗のその手を離さずに握ったまま学校へと戻ることになった。その時だけは私は彼女の妹になっていたと思う。




     ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎


 川が大きくて無心になることができたから?そんな理由ではないはずなんだけれど……。だからと言えど今みたいな大雨の中でも、川に行けばなんとかなるなんて思っている自分が少しだけバカらしく思えた。

 結局、あの後から本格的に私は性格が変わってしまったんだな。小学校では私の脱走事件もあり,完璧に人が寄り付かなくなってしまって、私を遠巻きに見る人が増えてきた。それに応じて私の心の中には何かしらの悪が溜まっていってしまった。そのせいか気がつけば、私は他人に悪態をつくだけのグレた人間へと変化してしまっていった。

 これはおまけの話になるが私が今、左眼を髪で隠しているのは火傷の跡を誰にも見せず、相手に私の弱みを見せないために隠している。

 それでも変わらなかったものが一つだけあった。それは保真麗との友人関係だ。最初の読書仲間という関係では無くなったけれど、キャラを装ってまで過去のトラウマから逃れるために今日も強がっている私を保真麗は決して見捨てずに、あの頃言ったようにずっと一緒にいてくれた。だから本当にこの人に会えて良かったなって思う。

 授業は気がつけば終盤に差し掛かっていた。授業ノートは何もとっていなかった為、真っ白なページのままになっている。その紙を見てあることを思いつきハサミをうまく使いながらノートから真っ白なページを切り離す。

 そして、口頭では言い切れない保真麗への感謝の気持ちを紙に書き出し初めた。

伶良編は今回で終了です

次回もよろしくお願いします

Twitter isキスよりルミナスもよろしく

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