6話 あなたは友達だから(香織)
六話 あなたは友達だから
梅雨の時期が到来した。雨の日も多くなり、部活はランニングでの体力づくりも少なくなり、発声練習などが多くなってきた。ジメジメとした中での部活とは嫌なもので、オーディションも終わったので私は部活のやる気はあまり出ていなかった。
「今日も部活かー」
私は机の上にうつ伏せになる。最近、疲れ気味かもな……。
今日は梅雨の時期にしては珍しく晴れてはいたが、暑くて制服が汗ばんでジメジメして気持ちが悪い。
「部活さ、頑張ってるな」
霜田さんが私の前の席に座ってきて、私の頭にそっと手を置いた。
「霜田さんは何の部活?」
私と保真麗、楓、霜田さんの4人で話すことはよくあるけれど、霜田さんの部活は聞いたことがなかった。
「私は、部活入ってないけれど?」
驚いて、私は顔を上げる。特に困った様子とかでもなく、いつも通りに話している。
「部活、入ってないんだ……」
私は、確かにそうだな、と心の中で一人で納得する。霜田さんは、あまり人と話しているのを見たことがない。部活に入っていれば少なからず誰かと仲良くなるはずだ。にしても、この学校で部活に入らないってなかなかの勇気だな……。
「私さ、貧血持ちでね、激しい運動とか無理なんだよね。だから運動部やめとこうと思って。そうとは言っても文化部は、私の性に合わないし」
「そーなんだ……部活入れば楽しいと思うよ?」
部活なんて面白くなさそうで、強制的で嫌だなーと思っていたけれど、入ってみると案外楽しいし友達も増える。今は少しだるいけれど。だが、私は霜田さんに部活を進めたかった。
喜んでうんと言われると思っていた。しかし、霜田さんは表情が少し暗くなって、俯いて立ち上がった。
「香織は人柄が良くていいよね……」
そう言って、霜田さんは教室を出て行った。
それからというもの、私はいつも通りに話しかけるけれども、霜田さんは私を避けているのか、あまりまともに接してくれなくなった。ここ最近はいつも、寂しそうな顔で私と話している。さらに、保真麗と楓と話す時にも霜田さんはいなくなっていて、私達は3人で教室の端の方で話している。
「保真麗、最近の霜田さん、何かおかしい気がする」
私はあまり霜田さんについて質問しないようにしていたが、心配になって霜田さんの幼馴染みでもある保真麗に聞いた。
「た、多分調子が悪いのかもね……」
保真麗は私から目を逸らして下を向いて答えた。保真麗が何か隠していることがあることが、私にはわかった。
それからも、保真麗に聞いてみたけれど全部答えは一緒。まともに答えてくれなかったので、私は直接霜田さんに聞いた。
「どうして、私や私たちのこと避けてるの?私が何か悪かったら謝るからさ、教えてよ!」
霜田さんの腕をギュッと掴んで、逃げれないようにして質問した。私が悪かったのなら謝りたい、そしてまた、いつものように4人で話したい。だけど、そんな私の思いに霜田さんは気づいていない。
「香織……あなたは……あなた達は私に近寄らないで欲しい!」
私は予想外の言葉にショックで、霜田さんの腕を握る力が抜けてしまった。私達が……。しばらく、理解できずに、霜田さんの顔を見つめていたが、霜田さんは走って何処かへと逃げてしまった。今のショックで私の気が弱くなったせいか、外の雨脚が急に強くなった気がした。
夕方の6時。部活が終わって寮に帰った時、寮の管理人さんに霜田さんがいないと言われた。普段から仲がいいから何か知っていることは無いか?と聞かれたけれど、それは私たちにはわからない。きっと、どこかに出かけたのでは?そう思っていたら、隣のクラスの先生が走って寮に入ってきた。
「霜田が5時間目からいないんです!学校中探しても見当たりません!」
もしかして、私のせい……?そんな、嫌だ……!私は霜田さんの友達になりたかったのに……。私のせいなの……?そう思うと、じっとしてはいられなかった。気がつけば先に体が動いていた。
雨の中を走る。さっき、昼休みに雨脚が強くなったと思ったのは気のせいではなかった。実際外に出てみるとここまで強いのかと聞きたくなるくらいまで強かった。すぐに体が雨でな濡れる。
「香織ちゃん!無茶だよ!」
後ろから保真麗の声がする。雨音が強く、大きくは聞こえないがはっきりと聞こえる。確かに無茶だ!だけど、私は霜田さんを見つける。必ず!
「必ず見つけるの!それまで帰らない!」
振り返らずに走る。地面が濡れていてなかなか走りづらい。私は寮に1番近い門から学校を出る。
ひたすらに走る私に後ろから走ってきた保真麗が追いついてきて言った。
「きっと、伶良は川にいる!急いで、伶良が危ない!」
「霜田さんーーーーー!」
私は叫びながらひたすらに走る。保真麗が気がついたらいなくなっていた。川の水が増えて、河川敷は水に浸かってしまっている。普通に考えて危ない、だけれど私は見つけないと!
周りはさらに暗くなる。車の渋滞が見えて、時間がだいぶ遅いことがわかる。車の赤いランプが雨でぼやけて見える。私が疲れているのかな、体が少し重いと感じてきた。
「霜田さん!どこにいるの⁉︎」
呼びながら、叫びながら走る度に息が苦しくなる。でも、ひたすらに彼女の名前を呼ぶ。喉がだんだん枯れて痛くなってくる。声もかすれて、名前を呼ぶのもやっとになってきた。それでも、ひたすらに叫ぶ。
「私が悪いなら謝るから!こんなとこにいたら危ないから!」
なんでだろう。普段の私ならこんな事しないはずなのに、なんで?自分の心に無言で問いかける。わかりそうだけれど今の状態ではわからない。それでも、がむしゃらに走り続けて、霜田さんを探す。私の足が疲れてもつれだす。
「しもだ……さん……」
喉がかすれてもう声が出ない、ここまでなの?そう思った瞬間に私は身体からふっと力が抜けてその場に倒れた。倒れた私を、勢いを増して降ってくる雨が打ち付ける。
ごめんね、霜田さん……。
結局、私は何も出来なかったのかな……。霜田さん、無事かな……。
私が悪いんだ。あの時にはっきりとわかった、自分は嫌がられていると。友達だなんて思い上がっていた自分を、哀れだなと思う。
雨に打ちつけられ、服が濡れたまま倒れ込んでいる。寒さのせいか頭が痛く、目を開けるのが辛いため、聴覚でしか周りの具体的な情報がわからない。雨脚はさっきよりもさらに強くなっていて、かなり激しく流れる川の音が、耳元で聞こえる。水位が上がって私のところまで来てるのか。
ゆっくりと目を開ける。
周りは完全に夜になっている。茶色に濁り、勢いを増した川が倒れ込んでいる私のすぐ近くで流れているのが暗くてもよくわかる。それほど近くで増水した川が流れている。自分が危ないから動こうと思うが、力が入らずに動けない。
「私、死ぬんだ……。最後くらいは誰かに見届けてもらいたいな……。無事でいてほしいな霜田さん……」
なんで、最後まで他人様の心配なんてしているんだろう。ほぼ死にかけの私には関係のないことか……。
諦めて、私は目を閉じた。
死後の世界?に、いるのかな……?
自分の視覚の情報はほとんど無いが、身体での感触はわかる。布団みたいに柔らかいものに包まれている気がする。さっきのように雨で寒さにもう凍えることは無い。天国にでもつけたんかな。
「おり……、かおり……、香織……!」
私の名前を呼ぶ声がする。聞き覚えのある声で私の名前が呼ばれているのがわかる。
「香織!香織!」
今度は別の人の声だが、さっきよりもはっきりと聞こえ始める。この声は?楓?
「香織ちゃん!」
保真麗の声も聞こえる。だんだんと体にも徐々に感覚が伝わるようになってきた。誰かが私を揺さぶるのがわかる。
ここは現実……?
眠って開けづらい目を開ける。眩しい!
目を細めて、周りを見渡すと前も見たことある同じ光景があった。ここは間違いなく学校の保健室だ。ピンクのカーテン、正面の備品入れ、この少し大きめのベッド。何故だか知らないが私はいつのまにか別の服に着替えていた。
私が起きたのを見て、保真麗が泣きながら私に飛びついてきた。
「良かったよ、香織ちゃん!私、怖かったよ!もう、死なないでー」
私、死んでないんだけどな…。良かったとほっとする。保健室の先生も硬い表情が和らいで柔和な笑顔を私に向ける。私は、抱きついてきた保真麗をギュッと抱きしめ返す。
安心したのか微笑んで私を見つめる楓と、泣き顔で私を見ている霜田さんの姿もあった。
「霜田さん、無事で良かったよ」
霜田さんの方を見た時、私と目があったけれど彼女はすぐにうつむいてしまった。やっぱり私、嫌われているんだな……。
「ごめんなさい……」
その声は小さかったけれど、私にはしっかりと伝わった。霜田さんは私の様子を見ようとしているが、私と目が合わさるとまた俯いた。きっと、私に対しての罪の気持ちがあるのかな?
「気にしないで、本当に霜田さんが無事で良かったよ」
霜田さんは俯いたままだった。彼女の目から光る涙が落ちるのがわかった。霜田さんに私の素直な気持ちを伝えた。これが、本当に思っていること。大雨の中、走って、倒れて、それでも私は霜田さんを探し続けた。死ぬことを覚悟した最後にも私は霜田さんの無事を願っていた。理由なんて、わかっていた。霜田さんが友達として好きだったんだ。保真麗も楓も好き。二人と同じくらい私は好きだ。だから、私は最後まで霜田さんの無事を願っていた。
それに、私のせいだと思っていなくても私は探していただろう。助けることでの代償なんて求めていなかった。
自分は今まで、周りから愛されずに愛を受け取れなかった。だから、私はいつからか愛を提供できるような人になりたいと切実に願っていた。
今日の霜田さんへの尽くした行為が、無償の愛ならば私は本当に死んでも良かったと感じたから、最後まで霜田さんの無事を願っていたのだろう。
「私みたいな人をわざわざ……」
霜田さんが俯いたまま呟く。
「本当にごめんなさい!どうしてあなたは私に対してここまでしてくれたの?私の方から勝手に逃げていったのに……」
「あなたがさどう思っているかはわからない。でも、私は霜田さんのことが友達として好きだったからしたんだよ?だからね、何にも気にしなくていいよ」
私の言葉を聞いて、霜田さんは顔を上げる。きっと、私が怒ってないことに驚いているんだろうな。
「でも、私のせいで……香織は……」
霜田さんの言葉にどう返せばいいかわからなかった。確かに、危なかったけれど。どういえば,彼女を傷つけずに慰めることができるのか私にはわからなかった。
「香織は誰に対しても全力なんだよ。私は影でしか香織を見れていないけれど、誰に対しても全力なのは私にはよくわかる。だから、今回も香織は全力だったんだと思う。良かったね,いい友達持つことできて」
困っている私を見て,楓が助け舟を出してくれた。霜田さんを楓は見事に傷つけずに慰めていた。だが、霜田さんは私のことを……。
「こんな私でも友達でいいの?」
霜田さんの口から意外な言葉が出た。てっきり嫌われているものかと思っていただけに驚いた。
「ん?どーして?私はいいよ。」
「私のせいで、みんなが他の人達から嫌われたら嫌だから。だから、避けていたの。こんなに醜い自分と居て,3人に迷惑をかけたくないと思っていたから」
避けていたのは、決して嫌われていたからではなかったんだ。霜田さんが私達のことを心配していたなんて、私は考えきれなかった。そんな信用のできない私を友達と思っていてくれたなんて……。とてもありがたい気持ちでいっぱいになった。その感謝の気持ちも込めて笑顔で言う。
「私は、私達はどんなあなたでも好きだから!友達だから!霜田さん……伶良、これからもよろしくね!」
保真麗も楓も伶良に笑顔でうなづいた。
「ありがと!香織!」
笑顔で答える伶良を見て私の気持ちは安心した。
今は何故だか、保健室がいつもより明るく感じられた。
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