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5話 届けたい輝き(香織)

5話  届けたい輝き



  ①  練習過多

 


  「ねぇ、香織ちゃん、起きてる?」

 オーディション本番の一週間前になったある日の夜、眠れなくベッドの上をゴロゴロと転がっていた時に保真麗が話しかけてきた。

 「起きてるよ、なかなか眠れなくて」

 「緊張してる?オーディション」

 自分はとても緊張している。初めてだし、自分がそもそもこんな事ができるのか、そして……。

 私が黙っていると、保真麗の方から話しかけてきた。

 「緊張してるんだね香織ちゃん、私もだよ」

 「やっぱり自分がこんな事出来るのかなって不安なんだよ、練習しても出来ないのに本番は緊張して出来ないんだろうなって」

 「まだ、あと一週間だよ頑張ろうね、おやすみぃ……」

 私が反応する前に、保真麗が一足先に寝てしまった。あと一週間あるとは言っているけれども本当に出来るかわからない。私は今回どんな理由であれ,必ず成功させないといけないんだ、松崎先輩の為に。その不安とオーディションに対しての緊張でこの日も暫く眠れなかった。

 そんなある日のこと、私は体力作りのために部活の後、グラウンドを走っていた。まだ、気候は春らしく走っていて、暑くもなく寒くもなくちょうどよかった。グラウンドではサッカー部、陸上部が練習をしている。私も男子だったらあんな部活に入っていたのかな、いや多分自分には無理かな。そう自問自答していた時、急に頭が痛くなってきた。

 「っ…………!」

 取り敢えず部室まで戻ろうとしたが、頭痛はさらにひどくなる。痛みに耐えられずに私はグラウンドの隅に座った。最近寝ていなかったからかな……。外にいても仕方が無いから部室に戻ろうとして立った時、急にめまいがして私はその場に倒れた。ここにいてもどうしようもないのに……。動こうとしたが動けず、私は倒れたままだった。






 意識がぼんやりとはしていたが目を開けた。頭痛は収まってはいたが体は全体的にだるい感じだ。

 「起きたか」

 男子の声がした。この声は……武琉の声だ。

 「たけ……る……?どうしてここに?あれ、ここはどこ?保健室かな……?」

 気がつけば私は保健室のベッドの上で寝ていた。目の前にいるのは武琉と保健室の先生だ。保健室の先生はまだ若くておまけに美人。保健室の先生は眼鏡を上げて自分の目を擦りながら私にいう。

 「あなた、寝不足じゃないの?三日は安静にしておいてね、体力が回復するのを待ちなさい」

 三日も休むって……。私には四日後にオーディションが控えている。そんなに休んでいる暇は無い。今回はなんとしてでも成功させないといけないのだ。

 「ですが、私には四日後にオーディションが控えているんです。そこまでに練習しないと!」

 つい、感情を表に出してしまった。武琉は無反応であったが、保健室の先生は気迫に押されたのか目を丸くして驚いていたが、ハァッとため息をついて「ダメよ。」と、言った。

 「どんな用であれ、健康が一番大切なのよ。本番に最高の演技をする為には休息も大事」

 いけると思ったが無理があったか……。私はどうしても練習がしたかった。松崎先輩に前みたいに戻って欲しい。松崎先輩は私の努力を認めてくれた。だから私はそれを裏切るわけにはいかないのだ。少しでも練習がしたい。だから最後にもう一度悪足掻きをした。

 「でも……」

 「やめとけ、残り三日そんな体調で練習しても無駄だ」

  さっきまでは無反応だった武琉が口を開いた。無駄とはいくらなんでも言い過ぎだがもしかしたらそうなのかもしれない。残り三日にまでなって今更頑張るなんておかしな話だ。普通の人ならもう三日前なら完璧になっているはずだ。だから、もう諦めることにした。私は頑張って松崎先輩にアイドルの輝きを見せたいという思いすらも、自分の健康と天秤にかけることが出来ずに諦めることにした。

 「で、お前はやはり俺のことを覚えていないのか?」

 武琉はこの前の事をまた問いかけてきた。もう、嘘をついても仕方が無い。私は正直な事を言うことにした。

 「ごめんなさい、この前は。私、本当は覚えているの、あなたのこと。」

 武琉はそれを聞いて少しほっとしたようだ。それを見て私もほっとした。これでいいんだ。

 そこに,保健室の先生が氷を入れたお茶を二つ運んできた。

 「上林さん、取り敢えずお茶でも飲んで。住川君も」

 「ありがとうございます」

 私はそのお茶を一気に飲み干した。しばらく水分をとっていなかったから喉も乾いていたのだろう。武琉も「あざす」と、言ってお茶をもらった。武琉はそのお茶を飲まずに私に質問をしてきた。

 「お前、俺を幼馴染みとは認識しているんだな」

 さっき、言ったばかりなのにどうして同じ質問してきたのかな?きっと、嬉しくてつい、間違えて同じ質問をしてしまったのかな。なら、気を損ねてはいけない。だから間違いに気付かなかったフリをして答えた。

 「そうだよ」

 「じゃあ、俺との記憶はあるのか」

 何を言い出すのだろう。幼馴染みならそのような記憶ぐらいあるはずだろう。だから、何か思い出そうとする。しかし、一向に思い出は出てこない。思い出せるのは、昔の姿と名前のみ。具体的なことは何も思い出せない。何をしていたか、どんな所で遊んでいたかなどは一切思い出せない。そこで,思い出した。私には何故か小学四年生より前の記憶が全て抜けている。武琉はその前から相当仲良かったら姿は思い出せるけれど武琉との思い出は小4の時からの記憶しか残っていない。

「小4の時からの記憶しか思い出せない……?」

 「やはりそうだったか……」

 武琉の表情が少し曇った。そのやり取りを聞いていた保健室の先生の顔も少し曇った。場の空気を少し悪くしてしまったのかな……。どうすれば良いのかわからなかった私に武琉がそっと言う。

 「いずれわかる、過去の一部の記憶が思い出せない原因が」


 

 ②  楓からの忠告

 


 結局、私はあの日から三日部活を休むことになった。三日間は部室の部屋の端っこでみんなの練習の様子を見て、片付けを手伝うくらいしか出来なかった。他の人は練習できているが、自分は出来ていない。

 自分が、周りより劣っているから沢山の努力を積み重ねてやっと、周りに追いつける。それなのに逆の立場では、周りから離されていく一方だ。焦る気持ちがあったが悔しい気持ちの方が大きかった。松崎先輩の気を戻してもらうために、頑張らないといけないのにこれじゃあ……。焦りと悔しさで涙が止まらない。周りが部活してる中、自分が泣いているその惨めさに、余計涙が止まらない。

 「ハンカチならあるけど?」

 「え?」

 「あなた、泣いてるよ?」

 そこに立っていたのは楓だった。私の前に座った楓が、右手に持った水色のハンカチで私の涙をそっと拭いてくれた。

 「ありがとう、楓」

 「気にしないで、それよりどうしてあなたは泣いてるの?」

 私自身もこの悩みを一人で抱え込むのには限界だとは感じていたが、いざ話すとなると勇気が出なくて誰にも相談できなかった。そんなところに、楓が手を差し伸べてくれた。だから、私は事情を全て話した。楓はどうやら、松崎先輩の話を知っていたらしい。私が話し終わると楓はため息をついて、私の目を見て言った。

 「あなたはそれだけのためにそこに立つの?」

 何かの聞き間違いなのかな、楓がそんなこと言うわけない。楓が言い間違えたのかな?楓が発言を撤回すると思って私は次の言葉を待った。

 「聞こえなかった?」

 「いや、聞こえていた……」

 そう聞かれると、反射的にそうやって答えてしまう。でも、やっぱり違ったようだ。楓の目は真剣だった。

 「あなたのオーディションの目的はそれだけなの?」

 でも、他に目的なんて無い。私は、ただ松崎先輩に戻って欲しいからオーディションを受けるのであって他の目的などは無い。

 「他の目的なんて無い、ただ戻って欲しいの」

 「それでは無理だよ、松崎先輩の気を戻すなんて」

 証拠もないのに勝手に決めつけられては、私もさすがにイラッときたので、言い返した。

 「そんなこと、やってみなくちゃ分からない!」

 楓の顔が一瞬ハッとしたが、少し寂しそうな顔をして俯いて、私に答えた。

 「あなたと同じ目的で頑張った先輩達がいたらしいの。けど、それは失敗に終わった。ステージの上で失敗する友達を見て松崎先輩の気を余計に病ませてしまった。……これでわかってもらえた?」

 危うく、私は松崎先輩の気をさらに病まさせてしまうところだった。でも、それ以外に何をすれば松崎先輩は気を戻すのか。そこがわからなければ,たとえオーディションに合格したとしても気を戻すことはできない。

 「じゃあどうやって……」

 「ステージの上で、アイドルのすばらしさを松崎先輩に見せつけるの。そのためには、あなたがアイドルとしてのあるべき姿を完璧に見せないといけない」

 でも、小学生の頃から世間に疎かった私はアイドルなんか詳しくなかった。私は、アイドルがどういうものなのかもあまりわかっていない。それでは、無理なんだ……。

 「そんな、私には分からない」

 「アイドルはみんなに笑顔を届けるのが役目なの。自分のことを見てくれているみんなを笑顔にしないといけない。みんなを笑顔にできないと、松崎先輩も笑顔にならないよ、そうでないと気を取り戻すこともできないよ」

 そんなこと,自分には出来ない。自分みたいな人間がそんな事を出来るわけない。無理なんだ、そう思うと、胸が苦しくなる。だから言葉を吐き出して少しでも楽になりたかった。

 「そんなこと、私には無理なんだよ」

 楓が俯いている私の方を見ているのが、部室の床に映る影からわかった。楓がどう反応してくれるか、それとも無視するかなんてどうでもよかった。だけど何故か意識してしまう。きっと、助けを求めていたのかな、私は。

 「あなたにはアイドルの香りがあるって言ったの覚えてる?アイドルとしての香織の香り」

 懐かしい言葉だ。だけど、ギャグに答えるほどの元気はない。私の返事を待たずして楓が続ける。

 「休み時間とか、あなたのには必ず話してる人がいる。多い日もある、少ない日もある。だけど、必ずあなたの周りにはあなたと話したい人がいる。なんでかわかる?」

 「わからない」

 「香織には人を笑顔にする力がある。どんなに機嫌が斜めでもあなたと話せばその人は笑顔になる。元気になる。あなたにはそんな素晴らしい力があるの。だからあなたは天性のアイドルの香りがする。世間では、歌が上手くて可愛くてダンスの得意な子が天性のアイドルと言われているけれどそれは違う。あなたみたいな誰でも笑顔に出来る人物こそが天性のアイドルなの!だからあなたなら出来る!」

 ずいぶんと長かった。楓の普段の様子からは考えれないほど真面目な話だった。でも、褒められたことがとても嬉しかった。他人から認められることがこんなに嬉しいことなんて私は知らなかった。

 自分のことを信じてくれている人達がいる。だから、私は自分を信じることにした。


  


 オーディション本番の日はあっという間に来てしまった。本当に短く感じられた。私はあの日から激しい練習などは出来なくても他に練習するべきところなどは多くあることがわかっていたため、その練習に励んだ。

 本番の会場は街中の大きなホールで開催された。まだ春樹になったばかりのはずなのに、外はなかなか暖かいため会場は弱冷房が入っていた。会場の入り口には平日にも関わらず多くの人達がズラリと並んでいるので、私は余計に気持ちが焦る。オーディションの控え室に入るとそこには本当に多くの女子がいた。みんな別々の学校らしく、話してる人はほとんどいない。学校の人達もそこそこ来ていて今にもプレッシャーに負けそうだ。

 でも、私、こんなところで負けるわけにはいかないんだ。私は歌詞を取り出して、本番にド忘れをしないように苦手なところのテンポ等を徹底的に復習した。

 「上林香織さんは準備を始めて下さい」

 控え室におばさんの声で,アナウンスが流れた。いよいよ、本番だ。

 私は更衣室で指定の衣装に着替えて階段を上り大きなステージに出る。

 「大きいっ……!」

 私の目の前に広がった景色は私の全く考えていない景色だった。大きなホールに観客がびっしりと座っており、全員の視線を感じる。一番前の席には審査員の方々もいてとてつもなく緊張する。歓声が聞こえてくるが私には自分の心臓の音の方が聞こえている気がする。緊張でせっかくの衣装を着ているのに冷や汗をかいてしまう。

 「焦るな、私……」

 そうだ、私はみんなを笑顔に、元気にさせることが出来るアイドルになるんだ。そうすればいつかは松崎先輩もアイドルの良さに気づくはず!私は胸に手を当てて目を瞑りリラックスする。

 「私なら出来るよ!」

 そう自分に言い聞かせると、私の人生初めてのオーデションがスタートした。

 



 オーディションが終わり控え室に入るとドアをノックする音が聞こえた。

 「はーい」

 私がドアを開けるとそこには大粒の涙を溢して泣いている松崎先輩がいた。どうしたのかな……?

 「そんなに泣いて何かあったんですか?私ならお話を聞きます。」

 すると、松崎先輩は私と目を合わせて泣き笑いをした。そういえば、松崎先輩が微笑むことはあったが無邪気に笑っている顔を見たのは初めてだ。何か良いことでもあったのかな。私が少し微笑むと先輩はその笑顔のまま私に言った。

 「最高だったよ、アイドルの香織ちゃん!」

 松崎先輩のその言葉が私は嬉しかった。その言葉の中に、「アイドルがしたい!」と言う気持ちが込められているような気がしたから。

 確信できる根拠はない。

 それでも、私は松崎先輩を信じることにした。


次回もよろしくお願いします

Twitterのキスよりルミナスもよろしく

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