テント
奈多氏は、おととい顔が見えぬ不思議なひとから不思議なテントをもらった。
息を十秒ほどふきかけるとふくらみ、ふくらんでから息を十秒ふきかけるとしぼむ。
中はとても広かった。
奈多氏は、ここに住んでいた。
家賃は、もちろんタダ。それに、意外と住みごこちがよかった。
もらったときの話をしてみよう。
おとといの朝、あてもなくふらついていたところ、黒いマントをかむっているひとに話しかけられた。
「このテント、いりませんか。家賃なしで、住めますよ。」
「はぁ?」
「いや、だからいりませんか。タダでお貸ししますよ。」
「えーと・・・意味がよくわからないんだけど。」
「このテントは、息をふきかけるとふくらみます。中に入ると、四次元空間につながっています。とはいっても、危険なものではなく、四次元空間に間取りをいっぱいとっておるのです。どうですか?ここへ引っ越してみませんか?」
「うーん・・・。」
「タダですよ、タダ。これほどお得なことは、めったにありません。」
「じゃあ一応もらっとくわ。」
「ありがとうございます。」
こうして奈多氏は自分の家を売り、このテントに住むことにした。
手元には現金3000万円。家を売って得た利益だ。
たった今、外で息をハアハアしているジョギング中のおじさんが、このテントをめずらしげに見ている。
テントは、だんだんしぼんでいく。
そして、最後、テントは奈多氏にぴったりとくっつき、奈多氏は息ができなくなった。
「うわあああ、助けてくれえ。」
おじさんは、中に人がいるとも気づかず、しばらくテントをながめていた。