9・世闇に乗じて悪だくみを
一しきりクレソンとバレリアンを問い詰めた後、明日のためにとすぐに休むことになった。ワームウッドは一人起き火の番をすることに。
しばらくして、サトルは周囲に寝息しか聞こえないのを確認して、アマンドを揺り起こし、こっそりとその場を離れた。
用心のために妖精たちは連れていく。
ワームウッドが見ている火の明かりが届かない森の中まで来て、サトルは足を止めてアマンドに向き直った。
アマンドは不安げな様子でサトルに問う。
「どうして僕を?」
ここまで連れ出したのかと問うアマンドに、サトルはどこから話すべきかと頭を掻いた。
「さっきの話さ……噂の出所は、多分二人で間違いないんだが……」
「だが?」
「互助会のボスってのが、噂を放置している気がしてならない」
冒険者の互助会がどんなものなのか、ダンジョンの町に住んでいたのだからわかるだろうと思い、サトルは深く説明をせずに答えたのだが、アマンドはサトルの言葉にわざとらしく驚いて見せた。
「おや、まあ……本当に? 随分冷たい人のようだね」
サトル自身は冒険者でもなく、互助会に加入をしてもいない。しかし、サトルが特定の冒険者とつるんでいるという話自体は、すでにアマンドも聞いていた。
その理由も、サトルがつるむ冒険者たちが所属している互助会の会長の意向だという事も分かっていた。
しかしその互助会の会長は、サトルの身に降りかかる言われない誹謗中傷を放置しているという。
要因の一つは自分たちだというのに、それも気にしていないのだとしたら、勇者という名前の利用できるところだけを利用して、面倒ごとになるならば後は捨てようとしているかのようにも見えた。
さすがにダンジョンの勇者を使い捨てにするような冒険者の互助会の会長など聞いたことないと、アマンドはあまり納得がいかない様子。
「何か確証があるとか?」
確証とまでは言えないがと前置きをしてサトルは答える。
「金を払ってもらっているのは確かなんだ。だが、それはあの人にちゃんと正規の値段で買ってもらっているだけだ。法外な値段を付けたわけでもないし、それなりに高価なアイテムを売ったのだから、それが市場に流れていなければおかしいだ……つまり、あの人がちゃんと互助会名義で俺から買い取った物を市場に流していれば、俺がただ金をせびっているわけじゃないと証明するのはたやすいはずなんだよ」
「どういうことだい?」
問われてサトルはまずこれを見てくれと、こっそりと拾っておいた石を取り出した。それは以前オリーブたちと探索に来た時に見つけた物と同じ、ジンジャライトの原石。
「市場破壊をしかねない宝石だと言われた」
「これは?」
「ジンジャライト、知ってるか?」
もちろん知っているとアマンドは答える。
キンちゃんやギンちゃん、テカちゃんの光にかざして、色が変わる様を見せるとアマンドは納得しつつも、おかしいねと首を傾げた。
「これがか。ああ、本当に色が変わる……随分と大きな原石だ。確かにこれを市場に流したら、すぐにどこから出たのかわかるだろうね。けどこれくらいで市場が壊れるという事は無いと思うけど」
アマンドの言葉にサトルは我が意を得たりと頷く。
「だよな。これと同じかそれ以上の物を、相当量俺は持っているんだが、それを互助会のボスにのみ卸すように言われているんだが、どう思う?」
アマンドはそれに対して、肩を竦めてははっと笑った。
「露骨に怪しい、ね……そんなにいっぺんに出したら確かに一時市場は混乱するよ。出所を探ろうとする者も出てくるね。そうしたらサトルが持ち込んだ物だとすぐにわかるだろうし……ああそうか、そうなったら互助会から金をせびり取ってるなんて噂が眉唾だと思われるだろうね」
「だよな」
ローゼルは怪しい、それは出会った当初から分かっていたはずだ。しかし守銭奴と言うわけでもなければ、その言動にはルーやその師であるタチバナへの愛着が見て取れていたので、ある程度の信用をしていた。しかし、ながらこのジンジャライトの件や、噂を放置している事にはどうにも違和感があった。
その違和感を誰かに話して聞かせるには、サトルの周囲にはローゼルの関係者ばかり。アマンドもそう思ったからだろう、なぜ自分に話したのかとサトルに問う。
「僕に話した理由は……僕がこの町の人間ではないから?」
サトルはアマンドの言葉を肯定するが、それだけでもないと言う。
「ああ、そうだ。それと、アマンドは好奇心が強そうだと思ったから、自分が損をしない分には、俺の手伝いをしてくれるんじゃないかなと」
妖精たちの光に照らされた視界の中で、アマンドの目の色がはっきりと変わったのをサトルは見逃さない。
「僕を利用する気なのかい?」
そう返すアマンド顔は張り付いたような笑みだが、その声音にはわずかな上ずりがある。
「ああ、損はさせないけど」
損はさせないと言い切るサトルに、アマンドはしばし思案し、サトルの手の中の鶏の卵ほどのサイズのジンジャライトを指さす。
「これ、譲ってくれるならいいよ」
さすがにそれはと、サトルも気色ばむ。ジンジャライトはこのサイズでも、ガランガルダンジョン下町でサトルが贅沢はできないが一年食べていくに十分の金額になるはずだ。それをただで譲れというのはいささか強欲ではないだろうかと思えた。
ただし、アマンドの協力次第では、無い話ではない。
「無料でってことか?」
確認をすれば、アマンドは首を横に振る。
「いや、これを僕の持っている商業ルートに流させてほしいってこと」
それを聞いて、サトルはほっと息を吐く。
「ああ、これくらいならどうぞ、いくらでも」
サトルの返事に言質を取ったと、アマンドは笑みを深くする。ポーカーフェイスを装う笑みではない。
「言ったね? なら君の持っている在庫全てを僕に買い取らせてくれないか?」
しかしサトルは慌てることなく無理だと拒否をする。
「それは無理だな。すでに俺の持っている分については報告をしてあるし、何より採取をした際、一緒にいた冒険者は互助会のボス、ローゼルさんが最も信用している冒険者パーティーだ。ローゼルさんをごまかすのが難しい。明確な量と言う程でもないから、一部誤魔化すことはできるはずだが」
サトルの説明に、アマンドはそれならば仕方ないのかと肩を落とした。
「確かにそれは無理か。そのローゼルさんとやらが、一番のネックなんだよね」
情報を把握されているのでは、ジンジャライトを他の誰かに売るというのは難しいだろう。
ただしサトルは最初からローゼルを疑っていた。何も馬鹿正直に自分の持っているすべての情報を開示しているわけではなかった。ジンジャライトについても、ダンジョン研究家であるルーの家には研究に必要な道具として、物の量を計るための升も秤もあったが、サトルはあえてそれを使わず、目分量の数だけをざっくりと伝えていた。
「ああ。ただ、さっきも言った、今持ってる分のローゼルさんをごまかせるくらいの量と、今日集めた分をいくらかと、今後見つける分の大半、それに珍しいアイテムでよければ……俺が必要でない分は全てアマンドの持ってる商業ルートに乗せて欲しい。手数料は三割ほどを」
言いかけたサトルを遮る様にアマンドが声を被せる。
「五割」
じとりと目を据えて睨むサトルに、アマンドはまた感情の読めない笑顔を向ける。
サトルは舌打ち一つし、いつもよりも低い声でアマンドと交渉する。
「半分は多すぎだ。いくらになるか分からないが、三割でも多くは無いか?」
「本当に手に入るか分からない物だからね、僕にも確実に十分な利益が有ったらいいなと思ってるんだけど」
アマンドの言う確実に十分な利益とはどれほどだろうか。少なくとも家同士が金を目的として婚姻を決めるほどには、十分な資産を持った家の人間だ。そして独自の商業ルートを持っているという。それがどこまで信用できるルートなのかはわからないが、少なくともアマンドが信頼しているのは間違いない。
そのルートを使うためならば、譲歩はあってしかるべきだろう。
「四割だ」
アマンドも少しだけ譲る。
「四割五分」
しかしサトルには金が必要だ。
ローゼルの手から離れて、自由に冒険者を雇うことのできる資金と、最悪の場合ルーの家を離れる覚悟をするために、十分な蓄えがいると考えていた。
もしサトルがローゼルを裏切ったとしたら、大事にしているルーの傍にサトルがいることを、ローゼルが許すか分からないからだ。
使える金額を把握されている、と言う事は、ローゼルがサトルの首に首輪をつけ縄をかけているような物だった。
サトルはその首輪を壊したかった。
「アマンド、いいか、俺はお前に損をさせないと明言した。証拠としてこれを無料で渡す。だからこれ以上欲を出さないでくれ。俺にはローゼルさんに把握されていない資金が必要なんだよ。だから四割で頼む」
懇願に近いサトルの言葉に、アマンドはふっと息を吐くように笑い、まあいいかと肩をすくめる。
「仕方ないねえ。いいよ、そのジンジャライトを貰えるのなら、確かに損じゃないから、三割で。その代り僕はこの町で成功して見せる。その時に、君の名前を貸してほしい」
サトルの最初の条件を飲む条件として、アマンドが提示した内容に、サトルはわずかに視線を伏せ考える。
「それは、勇者を支援した人間として?」
「そうだよ」
サトルの問いに素直に答えるアマンド。
その言葉本当だろう。何せアマンドはルイボスと初めて会った時に、ロサ・マリノスの勇者と行動を共にしたと言っていた。勇者を支援した人間として名前が残るのなら、それは金に換えがたい名声という利益になるはずだ。
ただし、問題はサトルが今流されている不名誉な噂を払拭しなければならないという事。
サトルを支援して名を売りたいと言うアマンドは、サトルの名誉回復をも暗に表明しているという事だった。
サトルは顔を上げ、アマンドに向かって手を差し出す。
「この名前に利用価値があるなら使ってくれ。ただし、悪評は流さないでくれよ?」
「分かってるよ、もちろんね」
差し出された手を強く握り、アマンドは満足げに頷いた。