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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトルの反撃」
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7・罪には罰がしかるべき

 ダンジョン外に出ての野宿をするまで、サトルたちは思った以上に時間がかかってしまった。

 理由は以前使った道が完全に崩れていたから。しかしその崩れた場所がゆるいスロープになっていたため、足場を踏み固めながら極力安定している岩の上などを通って、何とか地上に出た。

 ちなみにモーさんは体積分は伸縮自在な体なので、サトルたちが登り切るまで下で待機し、もし滑落するようなことがあれば、全力で支える役目をしてくれた。幸いにも誰一人滑落することはなく地上に出ることができた。


 地上に出た時にはすっかり夜になってしまっていたので、真っ先に夜番をする予定のワームウッドは、サトルの持ってきたクッキーだけを齧り、夕飯を取らずに寝てしまった。


 元々冷涼な地域の山間なので初夏であっても夜はひどく冷える。サトルたちは火を起こしてその日の周りに車座に座った。ワームウッドにはモーさんが寄り添う事で、暖を取る事が出来た。

 それぞれ食料として持ってきた保存食を齧り、沸かした湯で茶を飲む。サトルの最近のお気に入りは、ゴボウ茶に似たハーブのお茶だ。


「そればっか飲んでんな。出ねえの? 普通の時飲むと腹壊すだろ」


「いや出るよ、むしろ快適なほどに。腹も壊さない。味が気に入ってるんだよ」


 至極真面目にクレソンに問われ、サトルは嫌そうに顔をしかめる。同じハーブティーを飲んでいたアマンドも苦笑している。


「はは、そのお茶はシャムジャには強すぎますからね。普通に薬として飲む以外はないんですよ」


 ルイボスの説明でサトルたちは合点がいく。クレソンは自分にとっては腹を壊すほどの効き目がある茶を、サトルが平気で飲んでいるので、よほど気になったのだろう。

 サトルも海外土産で買ってみた、ルバーブと言う植物のジャムが体質に合わなかったらしく、腹を緩くしたことが合ったので、クレソンの気持ちはよく分かった。


「大丈夫だ、ヒュムスには問題ないよ」


 サトルはそう言って、クレソンの言葉に心配そうにヒューンと鳴いていたエールちゃんを撫でた。二日酔いだったり何かの中毒を起こしている人間を見るのが嫌なのか、エールちゃんはいつも心配をしてくれる。今もサトルのことを心配して寄り添ってくれていたのだ。


 しかしなぜそんなエールちゃんが、今回ダンジョンにまで付いて来たのだろうか。


「そういやあ、何故かエールちゃんが付いて来たんだけど、何か変わった事でもあったんだろうか?」


 普段は酒の席でヒュンヒュンと鳴いて酔いが酷い相手を心配し、相手には声が聞こえないはずなのに、何故かそれ以上飲みすぎることが無いようにしてくれているのにだ。


「んあ? それたぶんリアンがモーさんに持たせた麦酒のせいじゃね?」


 サトルの疑問に、やや食い込むようにクレソンが答え、その言葉にバレリアンがぶわりと毛を逆立てた。


「何勝手に人のせいにしてるんですか!」


 叫ぶように返して、クレソンの肘を持ってきていた金属のカップで殴りつける。

 聞いて分かるほど見事に骨に当たったようで、クレソンは身を折って悶えた。


「っくおおおおおおおおおおおおおお……だってお前も賛同したろ!」


「先輩じゃないんですから、わざわざ荷物に忍ばせたりしませんよ」


 痛みに呻きながらもバレリアンのせいにしようとするクレソンに、それは違うと否定するバレリアン。

 サトルは立ち上がると、隣り合って座る二人の間に割り込んだ。


「やっぱりお前らか。何してるんだよまったく」


 言って二人の手首を握り、その手首を人差し指と親指で挟み込んでじりじりと締め上げた。


「ぎゃ、痛い痛い、なんだそれ地味にいってえ!」


「ちょ、サトル、何故僕まで!」


 突然のサトルの暴挙に、二人は痛みに悶え非難の声を上げる。そんな非難の声をサトルは涼しい顔で受け流す。


「リアンはクレソンのせいにする時、去り気なく便乗してることが多いからだ。それでも左手でやってるだけありがたいと思え」


 サトルの言葉に、バレリアンの尾が分かりやすく萎れるように地面に落ち、視線がそっぽを向いた。

 サトルの言葉通り、クレソンの方がより強く痛みを感じているのかサトルの手を引きはがそうと掴みかかるが、そのたびにサトルはクレソンの手首を掴んだままクレソンのもう片方の手から逃げる。


 あまりにもひどく悶えるクレソンに、マレインが興味津々と身を乗り出した。


「サトルは案外力が強いのかい?」


 サトルはクレソンとの攻防で言葉を返す余裕が無かったからか、代わりにヒースが答える。


「違うよ、あれは手首の骨の痛い所を圧迫してるんだよ」


 寝ていたはずのワームウッドが、ぼそぼそとそれに同意する。


「何故かものすごく痛い所を的確に握ってくるんだよね、サトル。性格悪いよね」


 突然会話に交じってきたワームウッドに、ヒースは愉快そうに問う。


「師匠もされたの?」


「……」


 ワームウッドは再び寝息を立て始めたが、それは先ほどよりも随分とわざとらしい物だった。


 代わりにアマンドが話に加わり、面白いねと頷く。


「サトルはあんな風に怒るのかあ」


 再びヒースが解説をする。


「あれはね、本気で怒ってる時にしかしないし、家でのんびりしてる時は絶対しないから、あれをサトルがするってことは、クレ兄たちが仕事でふざけてる時だけなんだよ」


 サトルはよほどのことが無ければ怒らないが、自分の仕事に適当なことをした時だけは、静かながらも確実に激しく怒ることがあった。

 遅刻やうっかりでやった些細なミスならともかく、明らかに落ち度がある場合は、ひどく暗い顔と声でねちねちと責めたり、こうして後遺症が出ない程度の体罰に及ぶこともあった。


 ヒースの解説にアマンドのみならず、サトルは真面目だからねえと、マレインやセイボリーも納得する。


 特にマレインはサトルのその体罰に興味津々なようで、サトルの後ろに回り込み、自分もやってみたいとクレソンの手元を覗き込む。


「で、どうしてそんなに的確に痛い所を押さえることができるんだい? 僕にもできそうかい?」


「ああ、むしろ知識があれば女子供でもできる。ここを、こう」


 サトルはマレインに教えるため左のバレリアンから手を離し、自分の握るクレソンの手を指さしながら、握り方のコツをマレインへと教える。

 もちろんその教材にされているクレソンからしたらたまったものではないだろう。


「人の手で教えんじゃねえ!」


「ここには指に繋がる神経が通っていて」


 クレソンの抗議は却下された。

 マレインにクレソンの手首を握らせつつ、骨のここを握れと指示するサトル。クレソンは涙目になって本当にやめろと叫ぶ。


 クレソンがそこまで叫ぶのだからよほど痛いのだろうかと、セイボリーもまた興味深そうにその様子を見る。少ししてその視線が自分に向いたことを悟ってか、バレリアンが身を震わせる。


「セイボリーさんそんな興味深そうにこっち見ないでください! さすがに貴方にやられたら僕の手が再起不能になりますから!」


 セイボリーはいったい何キロあるのかも分からない巨大な剣だったり斧だったりを振るうことができる。膂力もさることながら、そんな重い物を振り回しても掴んでいられる握力も、相当なものである。


「さすがに再起不能は困るか」


 そう言うと、サトルはクレソンの手首を離し、マレインもまた仕方ないね頷いた。しかし手は離れていない。


 バレリアンはほうっと安堵の息を吐くと、サトルへと困った顔を向けた。


「痛かったですよサトル。どうしたんです? 今日の君はいつもより機嫌が悪そうだ」


 問われてサトルは、不機嫌と評された顔のまま答える。


「べつに機嫌は悪くないさ。ただ、ちょっと二人には思うところがある」


 クレソンはその思う所に心当たりはないのか、メンチを着るようにサトルを睨みつける。


「俺たちが何したって?」


 セイボリーも自分のパーティーの仲間が何をしたのかと心配そうだ。


「君がそこまで怒るとは珍しい。よほどのことなのだろうか?」


「ええまあ、最近の噂の出所の一端と言うか」


 サトルの答えに、ヒースが耳の毛と尾を立て驚く。


「え! クレ兄たちの仕業だったの!」


 アマンドもまた直接聞いた噂を思い出し、驚いたように二人を見やった。


「あのえげつない言葉は君たちが?」


 噂の内容についてクレソンは、サトルたちからのまた聞きでしか知らなかったが、それでも自分がそんなことを言うはずが無いと激高する。

 耳も尾も毛が逆立ち、瞳孔が大きくランランと輝く。よほど濡れ衣を着せられたと思ったのだろう、今にも噛み付きそうな様子だ。


「んなわけねえだろ、俺様は他人の悪口は言っても事実無根のことまでは流石に言わねえよ!」


「僕だって……」


 しかし、それに追従しようとしたバレリアンは、自分もそうだと言いかけて言葉を途切れさせた。


 こういう時でも物おじせず、ヒースが不思議そうに問う。悪意が合って二人がサトルを悪く言うという事は思いつかなかったが、ヒースにとって二人はうっかり失敗をやらかしても不思議の無い相手だった。


「何したのリアンさん」


 ヒースの問いに、バレリアンは申し訳なさそうに、実はと答えた。


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