6・目的とは
アマンドとの関係については、僕が説明するよとマレインは言う。
マレインの視線が一瞬サトルを捕らえる。アマンドとマレインの関係は何かしら、説明しておくべきことだとマレインは考えたのだろう。
「僕の家とね、彼の家はもっと深いつながりを持ちたいと思ったようでね、彼の父親の三番目の弟君だったかな? その青年を僕の妹と結婚させて、家を継がせたんだよ」
その説明だけできな臭さを感じて、サトルは露骨に顔をしかめた。
そんな顔をするなよとマレインは苦笑するが、サトルが嫌がる理由も分かっているようで、別に家に遺恨はないんだと続ける。
「まあ僕の家はそこそこ伝統のある家ではあったけどね、伝統の割にそれほど裕福ではなかった。だから理由は想像するに難くない。金が欲しかっただろうね。もっとも何か別の理由があった可能性も無いわけではないが。とにかく僕はそれでお役御免と言う事で、家を放逐されることになった。そこから元々家族付き合いのあったセイボリーの家に下宿して、魔法を覚えて、その際ルイボス先生とタチバナに勧誘されて、今こうして冒険者をしているというわけだ」
「そっかだからここにいるんだ」
ヒースはその説明のどこにも違和感を覚えなかったようで、ガランガルダンジョン下町にいるという事実に繋がる部分だけを感心する。
しかしサトルは説明の中に混じる、お役御免や放逐と言う言葉に違和感を覚え、アマンドを見やる。
アマンドはマレインの説明にひどく不安気な表情をしていた。
聞きたくなかったことを聞かされてしまったような、不安と納得のできないという表情。
「僕が聞いていた話と違いますね。僕は貴方が出奔したから、叔母が後を継ぐために婿を取ったと……」
そこまで言って、アマンドは大きくため息を吐く。
「けれどその割に、叔母は貴方に申し訳ないことをしていると、今でも言い続けていたので、合点がいきました」
サトルも合点がいった。
たぶん家名のためにマレインは汚名被り、このガランガルダンジョン下町へと来たのだろう。美食のためだの、ルイボスに誘われたからだの言っていたマレインだが、やはりそう単純な理由で、生まれ育った町を離れるものではないらしい。
マレインを見れば、否定も肯定もしないで、わざとらしく眼鏡を外し服の袖で拭っている。サトルの方はチラリとも見ようとしない。
他所の町から療養のためにガランガルダンジョン下町に来たというマーシュとマロウも、命懸けでこの町まで来多と話していたのを思い出し、サトルはならばアマンドはどうだろうとも一度目を向ける。
観光と移住はまた違うのかもしれないが、アマンドはやはり何かしらの思惑があってこの町に来たと考えた方がいいのかもしれない。
眼鏡を拭き終わると、マレインは止まっていた足を動かし、セイボリーの横に並ぶと、その逞しい肩を叩いた。
「そうかい、だとしたら、やっぱり僕らはまだしばらくはロサ・マリノスに帰れそうにないかもね」
セイボリーはそれに寂しそうに答える。
「致し方ない。家の名を汚さず、我々を自由にしてくれたバーバ嬢には感謝こそすれ、恨みはない。謝罪をするなら我々の方だろう」
バーバと言うのがマレインの妹の名なのだろう。サトルの予想を肯定するようなセイボリーの言葉に、アマンドは肩の力を抜き少しだけ表情をやわらげた。
「アマンド、もしかしてそれを二人に伝えたくて、ここに来たのか?」
特に根拠は無かったが訊ねてみれば、アマンドは肩を竦め、分かりやすく苦笑をして見せる。
「……半分は、でも半分だけだよ。もう半分は僕のためさ」
そのもう半分とやらが何なのかは、アマンドはまだ話してくれる気は無いらしい。
目的のホールに着いてみると、昨日一昨日の晴れのおかげか、青の地平はどこも増水をしている様子は無かった。ただし、宝石の浜があるホールを除いて。
ダンジョンの崩落も起こっていることから、未だ互助会管理で立ち入りが制限されているそのホール内は、すっかり地形が変わっているようだった。
いたるところから土砂が流れ出した跡があり、宝石の浜のあった入江は泥の水で埋まっていた。
ただ、今日は曇りではあったものの雨は降っていなかったので、新しく崩れるという様子は無かった。
サトルたちは軽く見て回り、以前にサトルが落ちた穴付近へと向かった。
穴が埋まっていることを確かめるサトルの背に、マレインが声をかける。
「完全に埋まっているようだね」
「と言うか、どうやらダンジョン石が自己修復してるみたいです……本当にどういう理屈で出来てるんだか」
ダンジョンの妖精がダンジョン石を作ることができるのは分かっている。しかしどのような理屈でそれが出来ているのかもわかっていなければ、ダンジョンの妖精がいない場所で出来るダンジョン石については、なぜそこにできるのかわかっていない。
ダンジョンそのものが意思を持っているのだと言う学者もいるらしいが、それについてはルーがキンちゃんたちに質問をして、きっぱりと否定されていた。
「そうか。なら調べることはこれ以上は?」
「目で見る以外はないです。情報も特には。今夜は外に出て野宿でしたよね。その前にちょっと山の斜面確認できるところだけ確認します」
「ああそうしてくれ。僕たちにはただの地崩れや崖崩れにしか見えないからね。君だけが頼りだ」
マレインの世辞をサトルは聞かないふりをして、しばらく周辺を目視で探った。
水の匂いは変わらず生臭い泥の匂い。気温は以前よりやや低いが過ごしやすい位の気温。音は自分たちが動く音以外は鳥の声すらほぼないので、動物やモンスターは災害に際して逃げ出しているのだろう。視界は普通にダンジョン内の光後家のおかげ明るいので、すぐに崩落の危険はないらしい。
安定はしているが、穴が開きっぱなしの状態というわけだ。
だから目で見て調べるが、特に目立った変化、異質な様子などは無かった。
幸運なことに、流れ出した土砂の中からは、いくらかの宝石の原石らしきものが見つかった。もちろん見つけたのはニコちゃんだ。
「妖精はこんなこともできるのかい?」
興味深そうに尋ねるアマンドに、サトルは手の中にニコちゃんを囲いながらそうでもないと返す。
「できる奴もいるってだけ。今五まで十を超える妖精に会って来たけど、この子だけだ。そしてこの子は俺以外の人間には見分けも付かないし、訴えを聞くこともできないから、実質俺がいないと意味がない」
意味がないと言いつつ、サトルはニコちゃんを離さない。ニコちゃんは実際の所、モンスターや竜などの特殊な存在以外は突き抜けることができるので、サトルの手から抜け出すことも容易なはずなのだが、サトルが自分を潰さないように優しく捕まえるのがお気に召したか、上機嫌にフォンフォンと鳴いている。
警戒しながら距離を取り出したサトルに、アマンドは困ったように返す。
「うん、えっと、サトル、僕は別に君の妖精を取るつもりはないよ」
なぜそんなに警戒されるのかわからないという様子のアマンドに、ヒースは肩を叩き仕方ないよと首を振る。
「サトルは妖精のことになるとちょっとおかしいから」
それを見ながらクレソンとバレリアンもヒースに同意を返す。
「ここまでくるといっそ変人だよな」
「ですよね……こればっかりは」
しかしいくら三人に変人扱いされようと、サトルは自分の態度を一切改める気は無かった。
ニコちゃんだけがサトルに守られて狡いぞと、キンちゃんたちが自分たちも構ってほしいとサトルにすり寄るので、フォンフォンキュムキュムとなかなか賑やかな状態だ。
そんな可愛い妖精たちを、サトルは手放す気など一切なかった。