5・運も資質と言えるなら
ワームウッドはまずはセイボリーを紹介した。
「こちらはセイボリー」
とたんアマンドは目を輝かせ、セイボリーの横にいたルイボスへと向き直った。
「セイボリー! と言う事は彼はルイボス氏かい? ロサ・マリノスの勇者と共に、海人の脅威を退けた!」
思わずクレソンが呟く。
「え、何それ聞いたことない」
それにヒースとワームウッドが同意し、ワームウッドがルイボスへと問う。
「俺も」
「僕もですね。先生、本当ですか?」
ワームウッドの問いを否定せずに受け流すルイボス。
「はは、もう四半世紀も前の話ですよ」
それ以上は答えるつもりはないようで、アマンドは不満そうに眉をしかめた。
アマンドの不満に、ヒースは仕方ないよと苦笑する。
「先生自分のことあんまり話してくれないから」
ルイボスは主張をあまりしないタイプの人間だ。人に物を教えることは嫌いではないらしいが、そこに自分の話が混じる事は少ない。タチバナに関することだけが、今の所サトルが唯一ルイボスの過去を聞き出せるキーだ。
確かにルイボスを先生と呼び、親し気にしているヒースがそういうのだから、納得するしかないかと、不服気ながらもアマンドは頷く。
「残念だが、仕方ないね。こんなところで郷里の英雄たちに会えたと、嬉しく思ったのだけど」
アマンドはルイボス一人ではなく、「たち」と表現をした。先ほどもセイボリーの名を知っていたように聞こえたので、サトルはそこを確かめる。
「セイボリーさんのことも知ってるのか?」
するとアマンドは再び目を輝かせた。
「もちろんだとも! ロサ・マリノスの抱かれたい男不動のナンバーワンじゃないか!」
「うん?」
聞き間違いでなければ、妙な単語が聞こえたような気がして、サトルはあからさまに顔をしかめる。
サトルの歪んだ表情に気が付いてか、アマンドはおどけるように両手をお上げ、自分の口元を覆って見せる。
「ああ失敬、今のは聞かなかったことにしてくれると嬉しいな」
そうアマンドは言うが、なかなか聞かなかったことにするには、インパクトの強い言葉だった。
「それでどうしてこうなんだよ! 素人だろ!」
クレソンが叫んだのはダンジョンの初階層でのこと。
初階層で目的の場所を地図で確認し、それでは行こうかとマレインが言ったところだった。
そのクレソンがびしりと指を突き付ける先には、ジャケットを脱ぎ、申し訳程度にシャツの腕を捲ったアマンドの姿。
気持ちは分かるけどと言いつつ、サトルはクレソンの手を掴んで下げさせる。指を突き付けるという行為はあまり紳士的ではない。
「マレインが一緒に連れていきたいというんだから、仕方ないだろ。文句があるならマレインへ」
サトルの言葉にクレソンはぐうっと唸って文句を飲み込んだ。
「それよりも、置いて行かれるから行くぞ」
すでにセイボリー達は歩きだしている。先頭はセイボリーが、しんがりはワームウッドが務める予定だ。
クレソンは舌打ちしつつも、マレインに続いて歩きだす。
アマンドと再会し、軽く紹介をした後、アマンドはサトルたちがこれからダンジョンに潜ると宣言するや、だったら自分も付いていきたいと言い出した。
もちろん驚きつつも拒否するサトルに、何故かマレインが、自分が責任を持つからついてくるだけは許してくれないかと言い出した。
一体何がどうしてと驚くサトルに、アマンドは色々理由があってねと誤魔化した。
しかしアマンドを連れていくには、色々と問題があるだろうと、アマンドと再会したその日は、ダンジョンに潜る事を諦めた。
翌日、一体どういう手を使ったのか、ローゼルに納得をさせ、アマンドはサトルにもアマンドを連れていくことを許可させた。
素人を連れていく危険性を考えれば、アマンド一人増えただけというわけにはいかず、いつもならサトルを中心に、周囲を囲んで安全を確保していたのが、今日に限ってはサトルもアマンドを守る側として、アマンドの横に立って歩くことになった。
「これはこれでいい機会だったのかもしれない」
と言うのはマレインのセリフで、サトルも自力で身を守れるようになってきたのだから、今後はもう少し他者とともに行動する際のリスクを考えられるようになるべきだろう、とのことだった。
自分に対して猜疑的なクレソンを前に、アマンドは友好的な笑顔を崩さず、握手を求めるように手を差し出す。
「そう言えば自己紹介がまだだってか。僕はアマンドと言う。初めまして千手のクレソン・リッパー! 君の名はロサ・マリノスにも届いているよ。いやあ噂にたがわぬワイルドで魅力的な人物だ!」
急に並べられた二つ名や噂とやらに、単純なクレソンは思わず照れたように口に笑みを浮かべる。
「え、お、おう、そうかあ?」
「そうだとも、君と一緒に行動ができるのなら、百人力だね」
アマンドのブレない笑顔は、本気で言っているのか、それともおべっかなのか判断が付かない。
しかし褒められて悪い気もしなかったのか、クレソンは差し出されたアマンドの手を握り返した。
サトルやワームウッドは、そのクレソンの様子に苦笑し、呆れたとため息を吐く。
バレリアンはもっと露骨に、クレソンに向かって鼻を鳴らす。
「何あっさり篭絡されてるんですか、先輩は馬鹿ですか」
「君はバレリアンだね? 君の話も聞くよ。千手にも劣らぬ千突の鉄壁、穿つ風、電光石火のバレリアン!」
バレリアンの噂も遠く聞き及んでいると、アマンドが言ったとたん、バレリアンの澄ましていた顔も相好よろしく崩れた。
「ふ、そうですか、それは、ええ、まあ、そう言われているのなら、その評価は正しいかと」
人に言っておきながらあっさりとアマンドの言葉に警戒を解くバレリアンに、ヒースが冷たい目を向ける。
「クレ兄たち何か単純」
最初からアマンドを疑っていなかったヒースとしては、こうも掌クルクルな二人は、あまり好ましく思えなかったらしい。
さすがに弟分として可愛がっているヒースに言われて、二人はうっと呻いて、ばつが悪そうにアマンドから距離を取った。
「二人とも調子に乗りやすいからね」
クレソンとバレリアンを擁護とも言えない擁護で、マレインが追い打ちをかける。
やはりクレソンとバレリアンはううっと呻いてサトルたちから少し距離を取った。
調子に乗りやすい二人が離れたところで、サトルはアマンドにずっと気になっていたことを尋ねた。
「そう言えば……アマンドはマレインのことは知っているのか?」
「もちろん、彼については知らないはずが無いよ。何せ僕と彼とはとてもとても深い関係性があるのさ」
含んだような言い方に、ヒースが素直に問う。
「どんな?」
「親戚、だね。僕の亡くなった母の代わりに、僕に母乳を与えてくれた叔母がいたのだけど、その叔母の兄……のはずだよ」
アマンドの言葉を聞いていた者達全ての視線が、マレインへと集中した。
マレインは集まる視線など気にしていないかのように、まあそうだねと頷いた。