4・意外なところで
平原での竜観察は諦めたが、再びダンジョンに潜って浸水していたホールの調査をしたいというサトルに、セイボリー達が協力を申し出てくれた。
ローゼルに一度話を通し、ローゼルからの許可が降り、セイボリー達のパーティーは互助会からの依頼という形で、サトルに随行することとなった。
ダンジョンに潜る前の準備があるため、セイボリー達は一度互助会へ出向いて、その後ダンジョンの入り口傍の広場へと来ることになっていた。
サトルはワームウッドやヒースと一緒に、セイボリー達より先にその広場を訪れた。
ヒースとワームウッドがモーさんに持たせた荷物の最終チェックをしている間、サトルは手持無沙汰だったので広場を軽く散歩した。
と言っても、そこらの建物の意匠を眺めては、自分の元の世界にどこのどれに似ていると、記憶をすり合わせるだけの暇つぶししかやる事は無かったが。
「サトル?」
恐る恐るといった様子でかけられた声にサトルが振り返ると、そこには心底驚いたような様子のアマンドがいた。
「アマンド……なんでこんなところに?」
サトルも驚き言葉を返す。
アマンドはサトルの問いに少し照れたように笑い、ルーのレポートを読んだからと答える。
「レポートを読んでね、この町にますます興味が湧いたんだよ。それでダンジョン研究家のルー嬢が管理を任されているという、ガランガル屋敷を見物にね」
「ああ、本当に観光のつもりなんだな」
ガランガル屋敷はこの町が出来た頃からある古い建物だ。町の成り立ちを知りたいと思ったなら、見てみたいと思うのもあり得るだろう。
だったらと、サトルは簡単にガランガル屋敷事、ルーの家への道を案内してやることにした。
「家人が許すとは限らないから、中まで見ることはできないだろうが、場所はそこの一番大きい道をまっすくぐ行った先、少し右手に見える。ガランガル屋敷の周辺には、あの屋敷より高い建物はないから、行ったららわかるだろう」
「ああ、やっぱりもうすぐそこか、ありがとう」
簡単な説明ではあったが、アマンドには十分理解できたらしく、ありがとうとサトルの手を掴んで嬉しそうに振る。
この間会ったばかりだというのに、アマンドの距離感の縮め方はやはり性急すぎるように感じて、サトルは苦笑する。
しかしこれ以上長々と話し込んでいる時間もないだろう。そろそろセイボリー達が広場に来てもおかしくない頃合いだ。
「それじゃあ、俺はやることがあるから」
そう言ってサトルがアマンドから離れようとしたところで、サトルの後ろから声がかかった。
モーさんを連れたヒースとワームウッドが、わざわざサトルを探しに来たらしい。
「あ! アマンド久しぶり!」
驚きつつも喜んで駆け寄ってくるヒースに、アマンドも嬉しそうに手を挙げる。
二人は掌を合わせてキャッキャとはしゃいでいる。
「仲良いなあ」
思わずつぶやくサトルに、ワームウッドが苦笑で答える。
「アマンドはヒースの話全力で聞いてくれてたからねえ。好きなんだよね、ひーす、話聞いてもらうの」
確かにアマンドはヒースが一生懸命サトルを擁護する言葉を、否定せずに真剣に聞いていた。ヒースがサトルに懐いた理由も、サトルがヒースのするダンジョンやその内部での説明に耳を傾けるからだった。
アマンドは話を聞くだけでなく、姿もしっかりと見ているようで、ヒースがこの間の軽装とは違い、膝にサポーターを付け、ベルトには短刀を挟み、背に大きな荷物を背負っていることを指して、どうしてと問う。
「物々しい恰好だね。それにその……後ろの奇妙な生物は何だい? このダンジョン特有のモンスターかな? ヒースはテイマーだった?」
「俺はサポーターだよ、テイマーじゃない。それにこの子はモーさん。白い牛。」
ヒースの説明に、アマンドは思わずと言ったようにモーさんを指さす。
「これが?」
モーさんはこれと言われてむっとしたのか、モーと抗議の鳴き声を一つ上げると、アマンドに向かってじりじりと距離を詰めた。
「ああ失敬、ええっと」
妙なモーさんの迫力に押されアマンドは謝るが、やはりモーさんをどう表現するべきか悩んでいるらしい。
モーさんの外見ははっきり言ってしまえば、生物には見えない謎の物体だ。シルエットは確かに牛に似ているが、白い粘土をこねて作ったような、妙に滑らかな外皮をしその体格は今はサトルの身長よりも高い。以前とは顔立ちも違い見下ろす視線は柔らかいが、その表情ははっきり言って無に近い。
サトルはモーさんの首筋を撫でながらなだめつつ、せっかくなのでと、アマンドに紹介をする。
ルーのレポートを読んでいるというなら、妖精についてもきっとある程度の知識を得ていると思ったからだ。
「彼女だ、女性。好奇心は強いが穏やか。その上に載ってるのは妖精のキンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃん、プクちゃん、エールちゃん……エールちゃん、君なんでここに? いつもは炊事場にいるのに」
モーさんたちの説明をしながら、サトルは普段はダンジョンについてくることのない妖精が何故かこの場にいることに気が付いた。
エールちゃんと呼ばれたその妖精は、サトルの知る限り酒の席を好んでいる妖精だったはずだ。
エールちゃんは寂しそうな声で、ヒューンと鳴いてサトルの手にすり寄る。
「妖精? これが妖精かあ。実物は初めてだよ! 君妖精と会話をするのか!」
サトルがエールちゃんと意思疎通を敷いてるのを見て、アマンドは驚きと興奮に頬を染める。
凄いじゃないかと目を輝かせるアマンド。
「まあ、そういうのもダンジョンの勇者の特権みたいなものだ」
サトルの言葉を素直になるほどと受け止めて、アマンドは送すことなく妖精たちに向かい手を出す。
妖精たちはフォンフォンキューンシュワっとそれぞれにアマンドへ向けて声を上げた。
「初めまして!」
その挨拶に反応して、エールちゃんが嬉しそうにアマンドの手へと飛び移る。その瞬間エールちゃんはまるで泡のように消え去り、小さな光の粒が、ふわりとアマンドの手に降り注いだ。
「おや?」
突然姿の見えなくなったエールちゃんに、アマンドはどういうことかとサトルに問う視線を向ける。
「モーさんから離れると、普通の人間には光の粒にしか見えないらしい。俺にはアマンドの手に懐いてるエールちゃんが見えるよ。君のことが気に入ったらしい」
懐かれていると聞いて、アマンドの怪訝な表情が笑顔に戻る。
「そうなのか、それは嬉しいね、エールちゃん」
アマンドに名を呼んでもらい、エールちゃんは嬉しそうにヒューンヒューンと鳴いた。かなりはっきりとアマンドへの好意を示すエールちゃんに、サトルはおやと首をかしげる。
「アマンドってもしかして酒に弱い?」
「僕君の前で酒を飲んだことあったかい?」
サトルの突然の質問に、アマンドはまたもけげんな表情。
サトルはそうじゃないさと首を横に振る。
「いや、でもエールちゃんはあまり酒が強い相手よりも、酒に弱い相手に、まるで敵意は持っていないよと示すように懐くんだよ」
そいう事も分かるのかと、今度は素直に驚くアマンド。
ヒースほどではないが、アマンドも表情に出るタイプなのかもしれない。そう考えると、初対面の時の始終笑顔だったのは、むしろまだ距離感のある態度だったのだろう。
やはりアマンドの距離の詰め方は、サトルからしてみれば性急なようだ。
そのつもりは無かったが、サトルたちはすっかり話し込んでいた。
それに気が付いたのは、クレソンとバレリアンが、あまりにも返ってこないヒースとワームウッドを呼びに来たからだった。
やはりセイボリー達はもうすでに広場に来ていたらしい。
クレソンがやや苛立った声でヒースとワームウッドを呼ぶ。
「ヒース、ワームウッド、魔物退治に魔物になってどうすんだ」
この世界の言葉はサトルには自動翻訳で聞こえるので、慣用句が理解できないこともあるが、これはたぶん「木乃伊取りが木乃伊になる」と同じような物だろう。
バレリアンも呆れたように追従する。
「セイボリーさんたちが待ってますよ」
とバレリアンは言うのだが、セイボリー達は待つどころか、クレソンとバレリアンの後ろをそのままついてきていた。
セイボリーとルイボスよりも一歩前に出て、マレインがニコニコと張り付いたような笑みでワームウッドに声をかける。
その張り付いた笑みが、マレインの心情を隠すためのポーカーフェイスだと知っているサトルは、何処かで似たような物を見たなと、思った。
「知り合いだろうか、我々にも紹介をお願いしても」
ワームウッドはマレインの笑顔に引くりと頬を震わせる。マレインが怒っていると思ったのだろう。慌ててワームウッドはアマンドを紹介する。
「ええ、こちらはロサ・マリノスから来たアマンド。この間道案内をしたことから親しくなったんです。ヒースとサトルの友人、でいいのかな?」
さり気なく自分は関係ないと主張するが、アマンドはワームウッドも含め、三人と友人だと宣言する。
「もちろん! 僕は君たち三人ともと友人だ!」
ワームウッドはアマンドの言葉に、心底嫌そうに顔をしかめ、「だそうです」とマレインに紹介をするほかなかった。