3・企みを巡らせることも
アニスに渡したホリーデイルの量は、ホウレン草に例えると二十束ほどで、同程度の量をサトルたちで分配することになったが、タイムもホップもオーツも、二束ずつ程でいいと、サトルが均等に分けようとするのを拒否した。
「あそこまで何にもしてねえのに、流石にもらえないって……働いてねえのに報酬寄越せとか言えるほど図太くねえし、俺ら」
と、タイムはげんなりと肩を落として言い、ホップとオーツもそれに頷くので、サトルはすまなかったと頭を下げた。
受け取った分のホリーデイルは、サトルをジスタ教会まで連れて行った分らしいが、それもサトルはほぼ自力で歩いていたので、タイムたちの働きとは言い難かった。
探索も採取も戦闘も、全てサトルが一人でやったようなものだ。タイムたちはそんなサトルについて行くだけだった。希少な薬草であるホリーデイルを、金を出して買う事を考えたら破格の報酬と言えるだろう。
そういったわけで、サトルはホリーデイルをホウレン草で言うと十五束ほどの量を事持ち帰る事となった。
もちろん黄金のミード蜂の巣三つ分の蜂蜜と巣も、ほぼサトルの取り分となった。
しかしサトルはその黄金のミードバチの蜂蜜を、誰にも教えず部屋に持ち帰り隠した。運ぶのを手伝ったモーさんにも、誰にも教えないようにと言い含めた。
モーさんは不服そうな柄も、サトルが言うならと、一声モーと鳴いて頷いた。
サトルが持ち帰ったホリーデイルはじめ、幾つかの希少な薬草を見て、ルーは感嘆と呆れのため息を吐く。
「ホリーデイルばっかり、こんなに集まる物なんですねえ」
卑怯なほど羨ましい能力だと、ルーはサトルの傍に舞うニコちゃんんだと思わしき光を撫でる。ニコちゃんは嬉しそうにフォフォーンと高く鳴く。
ルーは自分が与えた花の飾りやリボンで、確実にキンちゃんとギンちゃん、ニコちゃんの識別ができていた。
「まあこれは見つけやすいから」
そう返すサトルの言葉をクレソンが噛み付くように否定する。
「見つけやすくねえって」
そんなに待っ正面から否定されるとは思っていなかったので、サトルはすこし驚く。
「シュガースケイルよりは見つけやすいと思うけど」
実のところ、サトルは一度は自分で見つけてみたい物だと、シュガースケイルを探したことが合ったが、今まで一度も見つけたことは無かった。
ニコちゃんはシュガースケイルには自分から反応することはないらしく、一緒に探すことも無かった。
ルーはシュガースケイルが見つけにくいというサトルに、確かにと頷く。
「ああ、雨が多くなると見つけにくいんですよね、シュガースケイル」
「そうなんだ」
やはり殻が糖で出来ているからだろうか。そもそも糖は水分を吸着してしまうので、塩と並んでナメクジを退治することのできる調味料だったりするのだが、あのシュガースケイルの殻はどういう理屈で出来ているのだろうかと、サトルは首をかしげる。
これも何かダンジョン特有の理由が有ったりするのだろうか。
そんなシュガースケイルをルーは自分であっさり見つけているようで、サトルがフラフラと出歩いている間に、何故かルーが一人でシュガースケイルを取ってきていることもあった。
ルーの行動範囲はサトルにとっても謎が多い。
「そうだ、今度また平原に行きたいんだけど、誰か男性陣で一緒に来てくれる奴はいるかな?」
ルーの行動範囲と考えて思い出し、サトルはその勢いのまま、リビングにいた全員に尋ねた。
いたのはクレソン、バレリアン、ワームウッド、ヒース、モリーユ、アロエ、それとルー。
しかしその中の誰も自分から手を挙げようとはしない。
「……いないのか」
肩を落とすサトルに、仕方がないとクレソンとバレリアンが答える。
「さすがになあ、あのニゲラの強さ見ちまったら……セイボリーの旦那やマレインの旦那抜きは無理だ」
「君子危うきには近寄らずですよ」
竜は危険だ、それを実感して以降、やはりできる限り竜に近付くことの内容に活動しようと思ったようだ。
多分ダンジョンの町に住むにおいて、この考えの方が普通なのだろう。サトルももう一度ニゲラと本気で戦えと言われたら、できれば避けたいところだった。
しかしながら、サトルはその内「夜の色の竜」と直接対決をする時が来るかもしれない。その事前準備として竜の生態を知っておきたいと思っていたのだが、観察しに行くのも難しそうだ。
そんな竜のうようよいるあの平原に、ルーはよく一人で出かけたものである。
「だそうだ、ルー」
サトルの突然の振りに、ルーは耳の毛を逆立てて抗議する。
「とばっちりです」
しかしそれに返される視線は白けた物で、その横でアロエがけらけらと笑う。
「えー、ルーは言われても仕方ないっしょ」
モリーユもこくこくと首を縦に振る。さんざんルーに注意をして、もっと自分たちを頼れと言ってきた二人の同意に、ルーは呻いて白旗を上げた。
その後採取した薬草等は一部を除き保存のきくように乾燥させることにした。
採取した薬草の中には、サトルがはじめてこの世界に来た時に見つけた、あの万能風邪薬になるという花もあった。
サトルの住んでいた日本では、風邪で亡くなる人間なんてよほどの疾患持ちか、老人か、もしくは無理をして肺炎にまで悪化させた場合と、とてもレアケースだったが、こちらの世界では風邪の悪化からの肺炎というのは極ポピュラーな症状らしい。
そんな世界での風邪薬、それがどれほど重要か、サトルは数か月前よりも強く感じていた。それがまさか季節外れの今みつかるなんてと驚いたのだ。
「そう言えばこれ、咲く季説が限られてるんじゃなかったか?」
サトルの疑問に、ルーはあっさりと答える。後半は以前も聞いた内容とかぶっていた。
「ああ、それですか。初階層はほぼ常春に近いので、時々季節関係なく咲くこともあるんですよ。この時期だとホリーデイルより希少ですよ。ただダンジョンの恩恵で、この町は滅多なことでは風邪を引くってこともありませんし、だいたいは外の町に出荷されるんですよね。冬場の方が引き取り価格も高いですし、これは保存しておきましょう」
場所も取らないしと、ルーは乾燥させた二十輪ほどの小さな花を陶器の瓶に詰めた。
ダンジョン内部の常春の場所でならば、探してみれば他にもあるかもしれない。
「ニゲラの好物だそうだし、そのうちまた探しに行くか」
「あ、それ良いですね。ニゲラさん喜びそうです」
その時は一緒に連れて行ってくださいというルーに、サトルは分かったよと笑顔で返す。
「何だか……サトルさんその髪の色にしてから、笑うこと増えませんでしたか?」
ルーの驚いたような問いに、サトルはそうだろうかと首をかしげる。
「自分じゃ気が付かなかった。だが、ルーが言うのならそうなんだろうな」