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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトルの反撃」
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2・採取は問題なく

 虫は軽い。

 虫より重く、風を利用するはずの鳥ですら、強い風の日には思うように飛べない。ならば虫は言わずもがな。


「フロルメイ! 君の羽ばたきを貸してほしい!」


 サトルは風の精霊に呼びかけ、蜂の巣へ向かって走り出した。

 蜂たちは急に音を立て突進してきたサトルに気が付き、すぐに巣から湧き出すように飛び出してくる。

 蜂が出来る限り巣から出てくるようにと、サトルは蜂の巣の周辺を、木を盾にしながら靴が沈み込むほどの腐葉土を蹴立て走る。


「あの忌々しい蜂どもを風で巻き取れ!」


 サトルの言葉に反応して周囲の風が渦巻いた。

 巻き上がる木の葉に極限までしなる枝。尋常ならざる大きさの蜂に対応するためか、サトルの身体が煽られ、ふらつくほどの強風が上空に向かって巻き起こった。


 森林の中で起きるには不自然な風の渦に、蜂たちが巻き取られ渦に閉じ込められる。


「嘘だろ竜巻?」


 離れた場所から驚愕の声が聞こえる。タイムたちにもはっきりわかるほどの風の渦が出来ていた。


 蜂の巣から吸い上げられるように蜂たちが風に巻き取られ木の枝葉が舞う風の渦にもまれていく。

 それでも十分殺傷能力がある様に見えたが、サトルは念には念を入れて、火の精霊レオナルドに呼びかけた。


「レオナルド! 燃やせ!」


 竜巻が輝くように燃え上がる。

 炎の竜巻の出現に、またもタイムが驚愕する声が聞こえた。


 しかしサトルはその声には反応をせず、炎の竜巻が消滅するのを待った。

 蜂はまだ巣の中にもいるはずだ。

 油断せずに巣から距離を取りつつ、今度は氷の精霊ベルナルドへと呼びかける。


「ベルナルド、凍えるほどの冷気を、あの巣の中に蔓延させてほしい」


 三連続の精霊魔法に、サトルは体力がごっそりと削れるのを感じた。

 ふらつく身体を近くの木に預けつつ、巣の様子を見守る。


「……いいみたいだな」


 追撃の蜂が出てこないことを確認して、サトルは蜂の巣へと近付く。やはり蜂は出てこない。


 温暖な場所でなければ生息のできない黄金のミード蜂。冬眠の機構も持っていない蜂は、巣と言う閉ざされた空間の中で、完全に冷気に巻かれて動けなくなったようだ。


 耳を澄まし、カサリとも音が聞こえないことを確認してから、懐から取り出したナイフで蜂の巣を何度か突いて崩し、サトルは中身を確かめる。


「大丈夫そうだ……」


 サトルはタイムたちへと手を振って、無事巣を確保できたことを伝えた。


「……お前、すっげえな」


 まるきり自分たちの出番も無く、あっさりと黄金のミードバチの巣を確保したサトルに、タイムたちは呆然とするほかなかった。




 ジスタ教の治療院の一室。治療室ではなくさらに奥にあるアニスのための待機室にサトルたちを通し、アニスは目を三角に吊り上げていた。


 腰に手を当てて四人を睨みつけるアニス。その正面には、たった今アニスに問題がないかを確かめてもらったばかりのサトル。


 あの後サトルはさらに二つの黄金のミード蜂の巣を見つけ採取をしたのだが、採取の際に三回も刺されていた。


「サトルは無茶をし過ぎだわ!」


「悪かったよ……でも怪我と言う程でも」


「怪我ではなくても危険はあったでしょ!」


 腕と手の甲、それに太腿の三カ所、その全てを確かめ、ホリーデイルを使った薬を塗りこみ、アニスだけが使えるという治癒の魔法で、黄金のミード蜂によって与えられた「ダンジョンの悪素」を完全に取り除く。

 傷自体はサトルが連れてきていたダンジョンの妖精キンちゃんが治してくれていたが、ダンジョンの悪素は少なからずサトルの身体に影響を与えていたらしい。


 アニスの治癒によって痺れが取れた手を握ったり開いたりと確かめながら、サトルは自分の手が完治したことを確かめる。


 サトルをしかりつけるアニスの声は右から左に聞き流しだ。


「聞いてるの!」


 そんなサトルの気の無い態度に、アニスはますます声を高くする。


「ホップ君もオーツ君も、どうしてサトルを止めてくれなかったの! この人もう何度もここに運び込まれてるのよ! そのせいで変な噂とか立っちゃってるし」


 まさか自分たちが責められるとは思っていなかったか、名を呼ばれた二人はびくりと肩を跳ね上げる。

 タイムは一人他人事と、口を噤んで傍観に徹する。


「あいや、でもさ、サトルさんはダンジョンの勇者だし」


「実際無事だったから、行けるかなって」


「いけない! いけないわよ!」


 キャンキャンと吼えるように怒るアニスの目に涙がじわりと浮かんできたところで、サトルはしまったなと眉をしかめる。


「アニス、本当に悪かった。でもだからこそなんだ」


 慌てて言い訳を始めるサトルに、アニスはじろりと疑わし気な視線を向ける。その目がやはり涙で潤んでいたので、サトルは自分の胸が痛くなるのを感じ呻いた。


「……あー、あのな、その噂なんだが」


「聞いただけよ。本当だとは思ってないし、私はサトルを大事な友人だと思ってるから、自主的にやってるの」


 だから噂にあるような関係ではないと、アニスはボロボロと涙を流す。

 それはサトルを心配してか、それともうわさを立てられた悔しさからか、とにかくサトルはアニスの涙に頭を抱えたくなった。


「その噂を払拭するために必要だったんだよ。これが」


 そういってサトルは、脇に置いていた採取してきたばかりのホリーデイルの半分と、持参していた壺に乱暴に放り込まれた黄金のミードバチの巣の一部を、アニスの前に押し出した。


「どういういみよお」


 ぐすぐすと鼻を鳴らしてアニスが問う。


「寄進。このジスタ教会にも俺の存在が有用だと分かってもらえるように。他にもダンジョンの中でしか採取できないような物があるなら、ホップとオーツを通して俺に教えてほしい」


 アニスは感情が素直だがバカではない。サトルが言いたいことの意味を理解したのか、涙で濡れた顔を袖で拭い、サトルの言葉に耳を傾ける。


「噂を払拭するだけの働きをする。君の立場を悪くするようなことが無いように、ジスタ教会にとっても、俺は利用価値のある存在だと認識してもらいたい」


 真剣に語るサトル。その言葉を聞くアニスの表情は、ひどく不快な物を見るかのようだった。

 サトルの言葉を聞き終え、アニスは不機嫌な声で返す。


「分かったわ、チャイブ様にすべて渡して、貴方が正当な権利として治癒を受けていると分かる様にする。でも、私がサトルの事を大事に思ってるのはかわらないから、それだけは絶対に忘れちゃ嫌よ」


 噂なんて関係ないし、利用価値があるから助けるわけじゃないと、アニスは赤くなった目でサトルを睨みつけるようにして宣言する。


 サトルはそんなアニスの言葉に、心から笑みを浮かべて、分かったよと頷いた。


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