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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
89/150

11・不具合

 冒険者組合に加盟している互助会に所属している冒険者なら無料で、そうでないなら一定の金額を払えば閲覧は自由だというそのレポートを、アマンドが読んでみたいと言ったので、サトルたちは互助会の会所へと連れて行った。

 冒険者組合は冒険者組合で事務所棟を持っており、タチバナのレポートはそちらの保管になっているが、ルーのレポートはまだ組合の認定は受けていないとかで、所有権こそルーに有るが、ローゼルの互助会の預かりだったからだ。


 この辺りの仕組みについて、サトルはあまり聞かされてはいなかったが、有用な情報には値段が付き、その信用性の担保をする組織がある、というのはどこの世界でも同じなのだろう。


 アマンドを互助会の会所に送り届け、家に帰る道すがら、サトルはワームウッドとヒースに問いかけた。


「随分静かだったな。どうして?」


 アマンドとの会話の途中から、ワームウッドもヒースも口数が極端に減っていた。もちろんアマンドの感情や情報を引き出すうえで、余計な邪魔が入らないのはありがたかったが。

 何か思惑があったのだろうかと尋ねるサトルに、ククッと喉をの鳴らしてワームウッドが答える。


「サトルが急に営業を始めるから」


「営業?」


「あのアマンドって奴に、ルーを売り込んでいたでしょ?」


 ワームウッドの言葉にヒースが、あっと声を上げる。


「あ、あれってそういう事だったんだ! 何かサトルの声の調子がいつもと全然違ったからおかしいと思った」


「そんなに変わってたか?」


 サトルに自覚は無かったが、どうやらよほどはっきりと声音が変わっていたらしい。

 ワームウッドはそれを営業とみて傍観を決め、ヒースはいつもと様子の違うサトルに戸惑っていたらしい。

 ヒースがサトルがどんな様子だったかを語る。


「凄く変わってた。抑揚が深くなってたし、声も少し高かったよ」


 そんなことになっているなんて思わなかったとサトルは苦笑する。

 確かに勢い込んでアマンドにルーのレポートについてアピールをした、しかし自分の声音という物には意識をしていなかった。


 先を歩いていたワームウッドは、肩越しに振り返りサトルの表情を窺うように問う。


「それで、彼をルーのパトロンにしたいとでも思ったの?」


「それもある、それともう一つ、気になることがあったから」


 ヒースが好奇心に尾をパタパタと振る。その様子はなぞなぞの答え合わせでもするかのよう。


「気になる事って何なに?」


 ヒースはアマンドのことを本当に何一つ疑っていなかったのだろう。サトルはヒースの問いに答えるついでに、自分の思考をまとめるために言葉で気が付いた情報を並べ立てることにした。


「アマンドはこの町に興味があるのか、それともダンジョンに興味があるのか、俺に、というかダンジョンの勇者に興味があるのか……」


 話の様子からしてアマンドはダンジョンの勇者に興味を持っているようだった。ただし、それ以上に強い反応を示していたこともあった。


「色々話してみたけどアマンドが興味を持っているのは、この町そのものよりも、この町がダンジョンから得ている恩恵だろうな。俺が本気を出せば金には困らないと言った時、無意識だろうが強く話に食いついて来ていた。ダンジョンに興味があるなら、ルーが書いているレポートくらい読んだことがあるんじゃないかと思ったんだが、ルーの名前を出した途端、分かりやすく動揺した。もしかしたら、アマンドの家は元ルーかタチバナに資金を提供していたのかもしれない」


 サトルの出した答えに、ワームウッドはそれはあるかもねと頷く。


「ああ、それはあり得そう。タチバナはロサ・マリノスに知り合いが多かったらしいし」


 その知り合いの筆頭がルイボスで、そのルイボスに教えを受けるためにガランガルダンジョン下町に来たのがセイボリーとマレインだという。


 とはいっても、タチバナがガランガルダンジョン下町に来る前のことを、ワームウッドは詳しく知っているわけではないらしく、それ以上のことは語らなかった。


「本当にアマンドの家がタチバナへの資金提供者だったなら、ルーが今俺を得てから書いているレポートを目にすれば、またルーの研究に金を出してもらえるようになるかもしれないと思ったんだ」


 それが自分が急にアマンドへの営業を始めた理由だとサトルは締めくくる。


「それって、さっき言ってたみたいに、いつか必ず帰っちゃうから?」


 ヒースの何の裏も無く放たれた質問に、ワームウッドの尾がピンと天を指す。警戒するような尾の動きにサトルは言葉を慎重に選ぶ。

 とはいっても、答えるべき内容が変わるわけではない。

 サトルは元の世界に帰る、その意思は今も変わっていなかった。


「……そう、だな。ごめんヒース、帰るって分かっていて、こんな態度はあまり……良くないのかもしれない。俺はルーにもだけど、ヒースたちに対しても、残してやれる物はないから」


 結局選べる言葉も見つからず、サトルは素直に帰るための準備として、ルーのパトロンにアマンドを据えようとしたことを認める。

 いずれ去る人間である自分が、ルーに残せるものなど大して多くはない。それはヒースたちにも同じだ。

 しかしヒースはそれでかまわないと首を振る。


「ううん、俺はサトルと仲良くなれて嬉しいよ。サトルがいなくなっても、サトルに教えてもらったことは覚えておくし、大丈夫」


 残る物はあるよと、ヒースはいつもの無邪気な笑み。この底抜けに能天気な優しさに、サトルは深く感謝をする。


「ありがとう」


 サトルとヒースの何のわだかまりも感じない素直なやり取りに、たまらずといった様子でワームウッドが口を挟んだ。


「帰らなきゃいけないものなわけ?」


 その声音はひどく擦れて、ワームウッドにしては珍しく耳や尾が萎れていた。


「師匠?」


 ワームウッドはサトルたちに背を向け、足早に距離を取る。

 自分が思わず口にしてしまった言葉を後悔しているのだろう。尾をジャケットの裾の内側に完全に巻き込み、ワームウッドはサトルたちを拒絶し、逃げるように距離を広げていく。


 サトルは離れていくワームウッドを追いかける。


「ワームウッド! 俺を必要としてくれてる人がいるし、絶対守りたいと思ってる人も、向こうにいるから、だから、ごめん」


 サトルの謝罪は聞こえていたのかいないのか、ワームウッドは足を止めることなく行ってしまった。


 遠く鳴ったワームウッドの背を見ながら、サトルは呆然とヒースに謝罪をする。


「……ごめんな、ヒース……ここにいる間は、この町のために働くから、許してほしい」


 ヒースはそもそも自分は怒っていないからと、サトルの謝罪に返す。


「ううん、いいよ、サトルはそのままで。無理に働かなくてもいい」


 今のままのサトルでいいよと返すヒースに、サトルは泣きそうな笑顔でありがとうと返した。


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