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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
88/150

10・営業

 サトルの言葉に、タイムは一応の納得はするものの、それでも機になる事があると唇を尖らせる。いい歳した男が何て態度だと思いながらも、サトルはタイムをうながし話を聞いてみる。


「噂を消そうとするのが難しいのは分かったけどよ、でもそれでお前が勇者としてやろうとしてることに支障とかでねえの?」


 それは自分たちも気になると、アマンドやヒースもサトルに問うように視線を向ける。


 悪い噂がある状態では、サトルのガランガルダンジョン下町での生活に出ないとは言えないだろう。しかしサトルはそれらを払拭するだけの手札を持っていると思っていた。


 サトルは声をわずかに高くして、タイムではなくあえてアマンドを見て答える。


「出る可能性はあるが、噂を打ち消すに値するだけの、証拠ってのはいくつか用意できるさ」


 例えばそれは善き人を助けるとされる白い牛こと、モーさんだったり、バジリコという公的職に就いている人物の命を助けた事だったり、ローゼルたち冒険者組合の人間に尋常でない精霊魔法が使えるという事を証明して見せた事だったり、何よりもサトルに懐いているニゲラに本性を現してもらえば、それだけでガランガルダンジョン下町の人間であるなら、サトルに対する「勇者ではない」という噂は信じることはなくなるだろう。


 問題は、勇者でありながら役に立たない事や、互助会に金をせびっているという噂の方だ。

 役に立つかどうかはこれからサトルが活動していく中で成果を出すしかないので、それについては完全にサトルの問題だろう。

 互助会に金をせびっている、という噂については……。


「というと?」


 サトルの用意している証拠とはいったい何か、アマンドは興味津々のようだ。


「証拠って?」


 と尋ねるヒースには、口の前に指を一本立てて、話すつもりはないと返す。


 サトルは顔に薄く笑いを乗せてアマンドに答える。


「それは流石に秘密。あんたが俺のパトロンでもない限り、話せないな」


 アマンド笑みが僅かに強張る。


「それはつまり……君には金が必要だと?」


 声のトーンは変わらずだ。

 サトルは笑顔のまま首を振る。

 サトルは金には困っていない。誰かに集るほど貧困ではないと、アマンドにしっかりと印象付けるため、サトルはもったいぶって話す。


「いいや、今の所……俺個人は金には困っていない。何だったら、俺が本気を出せば今後金に困る事は無いだろうな」


 市場を壊すことができるほどの財宝を、サトルに助けを求めた妖精たちはサトルに与えることができる、それが分かっているからこその答え。

 しかしそれを知らないアマンドは、サトルの言葉に半信半疑の様子。何せ金をせびり取っている、などと噂を流されるほどだ。金遣いが荒いか、もしくはよほど金に余裕のない態度を見せているのか、サトルには金に来たない印象が付くような何かがあると思っているのだろう。


「言うねえ」


 いったい何を根拠に金に困らないというのか、サトルを見るアマンドの目が細められる。しかしそれまでの間に、明らかな興奮がアマンドの瞳孔を開かせていたのを確かに見た。


「それだけのアドバンテージを与えられて、勇者として召喚されている人間だ」


 アマンドは好奇心が強い。それこそヒース並みに。サトルはこの短い時間の中でそう結論を付けていた。

 貴族然とした恰好をしていながら、一人歩きをする不用心さ、初対面の人間に物怖じせずに話しかけ、見知らぬ料理をほいほい口に入れる警戒心の無さ、物は知っているし考えもしているようだが、それらを凌駕する無謀な行動が多々見られた。

 サトルが人から勧められたものを断らないように、アマンドもサトルが進めた得体の知れないクッキーを断らなかった。それが決定的で、サトルはアマンドへの疑いの大半を捨てた。


 悪意はない、敵意もない、ただ好奇心でサトルの傍にいる状態、だと仮定して、サトルはアマンドの好奇心を信じ挑発してみる。


「間違いなく俺がこの国の、このダンジョンに呼ばれた理由はあると思っているし、それを成すだけの手助けはすでに得ているはずだ。たぶん、その手助けはダンジョンの勇者として活動するのに、十分な物があると俺は思ってる」


 アマンドは目を細めたままサトルの言葉にうなずく。反応は薄いが、やはり興味はあるようだ。視線も爪先も、指を汲んだ手すら無意識にサトルの方へ向いている。


「これとか」


 サトルは懐に持ち歩いていたドラゴナイトアゲートを取り出し、手の内に込めたままチラリとアマンドに見せる。

 アマンドの口から、わずかに感嘆の声多が漏れた。


 サトルがもう少しアマンドの反応を引き出してみるかと思案していると、思わぬところから驚きの声が上がった。


「知らなかった。じゃあサトルってもっといろんなことできるの?」


 ワームウッドとタイムはサトルの態度が変わったことに気が付いたか、口数を押さえて話の成り行きを見守る様子だったが、ヒースは無邪気に力があるなんて知らなかったと感心する。


「そうだよ。欲を出せば色々できそうだという事も分かってきた。まだ最近気が付いたことばかりだから、すぐに何でもやるっていうのは難しいけど」


 アマンド以上に食いついて、ワクワクと目を輝かせ尾を振るヒースに、サトルは落ち着けと苦笑しつつ答える。

 手にしていたドラゴナイトアゲートを仕舞いなおし、サトルは再びアマンドを窺う。

 ドラゴナイトアゲートをもう少し見ていたかったのか、若干眉が下がっていた。


「欲? クレ兄だったらともかくサトルでも欲っていう程のものあるの?」


 若干垣間見えるヒースのクレソンへの評価をあえて気にしないようにしながら、サトルは答える。


「あるには有るが、出したところで、元の国に帰るって分かってるから、経験以外手元に残るわけでもない。だったら今必要程度の物でいいよ」


 今度はアマンドがサトルの言葉に食いつく。


「帰る? というと、君は自分を勇者としてこの地に召喚した存在を知っているのかい? 勇者についての読み物はいくつか読んだことが有るが、ほとんどは元の国に変えるなんて描写はないんだよ。とても気になるね」


 隠すことも無く気になると無邪気にサトルに問うアマンド。

 素直な好奇心でサトルにあれこれ質問をしているのだとしたら、アマンドはサトルにとっても利用できる相手かもしれないと、ふと思いつき、サトルはルーのことを紹介してみることにした。


「それについては……かなり長くなるし、俺が理解していない部分もあるからな。ああそうだ、気になるならルーというダンジョン研究家のレポートを探して読んでみるといい。俺は彼女に全てを話している」


 勇者についての読み物を好んで読んでいるのだとしたら、ルーの書いているダンジョンと勇者についてのレポートや、その他の研究レポートもアマンドにとっては面白い物ではないだろうか。


 しかし、ルーという名を出した途端アマンドは、今までに見たことのないほどに表情を変えた。

 思いもかけない言葉を聞いて驚いた、それをそのまま絵に描いたように、分かりやすく目を丸くするアマンド。


「ルー! うーん……ルーか、彼女かあ」


「知り合いなのか?」


 まさかルーの名前に反応するとは思っていなかったので、サトルも思わず身を乗り出すように問う。

 するとアマンドは見てわかるほどの落胆を顔に浮かべた。


「まあ、父がちょっとね、以前」


 言葉を濁したが、それだけでアマンドの言いたいことは十分に理解できた。

 ルーはタチバナの後継者であり、タチバナは元々ガランガルダンジョン下町にいた人間ではなかった。だとしたら他所の町にもスポンサーなりパトロンなりがいたのかもしれない。そしてルーはタチバナの死後、スポンサーに見捨てられている、という話をサトルにしたことがあった。


 想像でしかないが、アマンドの父は元タチバナのパトロンだったのではないだろうか。ならばアマンドは、ルーの新しいパトロンになる事は有るだろうか。

 別のダンジョンの町の人間だったなら、このガランガルダンジョン下町の貴族議会とは関係なく,金を出してもらえる可能性はないだろうか。

 アマンドへの疑いはすっかり晴れ、サトルはルーを売り込む。


「アマンド、あんたがルーに資金を出すことってできるだろうか?」


 しかしアマンドはあっさりと首を振る。


「僕には家の金を動かせる権限はあまりないね。商売の分は使う範囲が決められているし、ダンジョン研究家に出資は難しいかな」


 目に見えるほどに肩を落とすサトルに向け、アマンドは感情を隠すように目を細め笑みを作る。


「ルーはサトルの良い人?」


 その質問にはすぐに違うと首をふるサトル。

 恋愛に関しては一貫しているサトルに、ワームウッドたちが苦笑する。


「この国に来た際の命の恩人。大切な相手というならば、確かにそうだけどね」


「だからルーにだけと?」


 頷き、サトルは駄目押しとばかりにもう一言付け足す。


「ああ。この世界やダンジョンの秘密に迫るかもしれない話もな」


 そういって胸のポケットを撫でるサトル。

 ポケットの中でこっそりクッキーを齧っていたニコちゃんが、一体何があったのかと、フォフォーンと鳴いて問う。

 その音が聞こえたのか、アマンドの目がもう一度大きく見開かれる。


「へえ、それはぜひ、読んでみたい。それを読むことのできる場所を教えてもらえるかい? 個人で出せる分ならば、いくらでも惜しまないよ」


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