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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
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9・風評被害

 銀の馬蹄亭の昼の営業時間が終わり、タイムが帰ってきてからしばらくの時間が経った。

 アマンドはまだ時間もあるし、面白そうだからとこの場に残った。

 何がそんなに楽しいのかはわからないが、アマンドは始終上機嫌だった。


 料理研究もアイディアを詰めて、そろそろ終わろうかという頃、ヨモギに似たハーブの入ったクッキーを齧りながら、そう言えばとタイムが突然話題を変えてきた。


「そういやさ、サトルは噂否定したりしねえの?」


 噂と言えば、つい先ほどサトルの陰口をたたいていた男たちの言っていたようなことだろうか。

 サトルは具体的には聞いていなかったので、知らないと首を振る。


「何が?」


「だってよ、お前、女ばかり引き連れてダンジョンに潜ってるとか、臆病者で血を見ただけで気絶するとか、しょっちゅうぶっ倒れてダンジョンの中なのに仲間の足を引っ張るとか、あっちこっちで女はべらせてるとか、全然勇者らしくないくせに、勇者を標榜して冒険者の互助会から金をせびり取ってるとか、ひでえ噂流れてるぞ」


 うげーっと舌を出して、いかに噂がでたらめか、以下にサトルを貶しているかを表現するタイム。実際にはもっとひどい内容なのだろうが、タイムは口がそこまで悪いわけではないので、サトルとしてはそれほどまで酷い噂の様には感じなかった。


 本当に口汚く人の事を話すのならば、もっと女を利用していることを前面に押し出すなり、せびり取った金とやらをギャンブルだのなんだのに汚く使って遊んでいる、くらいは言うだろう。ダンジョンで仲間の足を引っ張るというのも、だから誰々が怪我をしただの、被害が出たという話とセットで、ようやく信憑性を帯びる話だ。


「ああ、だからか」


 ただ、その噂があったがゆえに、先程タイムは、ワームウッドと一緒になって、サトルが酷い女たらしであるかのように言ってからかったのだろうと、むしろサトルは納得する。


 酷い噂とやらを聞いて、アマンドは笑いながらサトルに問う。眉唾物の噂だと思っているのだろう。


「ぼかぁ見た物を信じる性質なんだが、サトルは本当にそんな奴なのかい?」


 アマンドの問いにサトルが答えるよりも先に、んなわけないっすよと、タイムが手を振って話を否定する。


「いやあ、言っといてなんだけど、そんな奴じゃねえっすよ、こいつは」


 本当に自分が言っておいてと、サトルは呆れる。


「そんな奴だよ。嘘ではないだろう。本当とも言い難い所もあるが、間違ってはいない」


 大半は嘘ではないと肯定するサトルに、アマンドは「見かけによらないね」と笑う。どうやら信じていいないのだろう。


「いやいやいや、嘘だろ、嘘でないなら曲解だろ」


 サトルがあまりにも噂を否定しないので、寧ろ話題を振ったタイムが慌てて否定をするほどだ。


「それで、実際は?」


 サトルの事なら君たちの方が知っているだろうと、アマンドに振られて、ワームウッドとヒースが答える。


「確かにね、嘘ではないけど本当でもない、って感じかな。女ばかりも何も、うちの互助会で最もサトルの目的に則した経験と実力のあるパーティーである、オリーブ姐さんたちのパーティーが女ばかりなのは仕方が無いし、血を見て気絶するってのも本当だよね、毎回じゃないけど」


 ワームウッドは悪意さえ排除すれば噂は本当だと肯定する。


「でもぶっ倒れるって、俺たちがサトルの足引っ張ったから、サトルが頑張りすぎて倒れるってことの方が多いよ……サトルの使う魔法は凄いんだけど、凄すぎてサトルが倒れるんだって。でもサトルが倒れる時は、だいたいみんなの命を助けた時ばっかりだから、サトルが弱いってのは絶対違うと思う! サトル以外誰も助けられなかったんだ」


 ヒースは噂には重要な点が抜けていると強く否定する。

 サトル以外の誰も助けられなかった、という所ではワームウッドもやタイムも思わずうなずいていた。


 二人の話を聞くに、と、アマンドは自分の感じたことをまとめる。


「うんうん、そうだよね。悪意を持って噂として広められてる……いや、サトルが何度か倒れている、っていう事だけが独り歩きしてるんじゃないのかい? まるでサトルが弱い人間の様に言っているね。だけど話の限りでは、サトルは勇者としてダンジョンに呼ばれた者として、役目を果たしているようだ。もしこれがロサ・マリノスでのことだったら、僕ははっきり言ってサトルの肩を持つだろうね」


 アマンドの言葉は好意的な物だったが、ロサ・マリノスでならという事は、このガランガルダンジョン下町ではサトルの肩を持つことはないという事だろう。

 言い回しに違和感を感じ、サトルは何故なのかと問う。


「ロサ・マリノスならか。ダンジョンの勇者の肩を持って、何かいいことがあるんだろうか?」


「そりゃあ偉業をなす人物の傍にいたいと思うのは、ダンジョンの町に住む人間は、少なからず思う事じゃないかな? ただここは僕の生まれた町じゃない。僕が何を言っても誰にも響かないからね、肩を持つ、持たないではなく」


 そう答えるアマンドに、タイムがやや言葉を遮る勢いで相槌を打った。


「あー分かる、それすっげー分かる」


「俺も!」


 ヒースも尾を振り耳を震わせて、サトルにだったら憧れると宣言し、ワームウッドにも期待の目を向ける。

 どうやらヒースは先ほどから、サトルが不当に貶められていると憤り、どうにかして名誉の回復を図りたいらしい。


「別にダンジョンの勇者かはともかく、サトルがルーの傍で偉業を成すっていうなら、それを見届けるのはいいかもね」


 そう嘯くワームウッドの視線は、珍しく柔らかい。


「うーん、サトルを直に知る人間は、やはりサトルに好意的だねえ。僕もそう思うよ、うんうん」


 サトルに対して肯定的な三人の意見を聞いて、アマンドはなるほどなるほどと頷いて見せる。


「ならばだ、サトルが倒れた時に運び込まれるのは?」


「そこまで聞く必要あるか?」


 この話の流れでは、まるでアマンドが噂の出所を探っているかのようだ。


「君が良く倒れたという話の出所如何によっては、信憑性がある話しかどうか変わってくるだろ? ちなみに僕は、ジスタ教の教えを受けてはいるけど、星十字を持つほど経験じゃあないね」


 サトルがジスタ教の治療院の治療士と懇意にしている、という話はすでにしているので、それを踏まえてアマンドが言っているのだとしたら、すでにアマンドの中で疑惑は確信になっているのだろう。


「ジスタ教会の治療院」


 サトルの答えを聞き、アマンドはそうだろうねと頷く。


「噂の出所はそこだろうね」


 しかしサトルは、怪しい所はそれだけではないだろうと首を振る。


「……違う。たぶん……互助会所属の冒険者の誰かだ」


 それに驚いたのはヒース一人。


「まさか」


 ワームウッドは何か気が付いているとしてもおかしくなかったが、タイムもまた、そうかもしれないと頷いている。


「何でそう思うのかな?」


 ヒース以外の三人が納得するだけの理由があるのかとアマンドが問う。

 サトルはすこし躊躇いつつも、答える。


「……俺は、ジスタ教会で金の話をしていない」


「ふうむ、噂の金をせびり取る、の所かな?」


「ああそうだ。俺がダンジョンの中で見つけた物や、新しく発見した物事に関して、確かに冒険者の互助会を通して色々と買ってもらっている。けどそれを知っているのは、俺が懇意にしている互助会に所属してる人間だけのはずだ」


「なるほどねえ」


 サトルがジスタ教会ではないと言い切る理由はそれ以外にはない。だが、サトルがどこから金を得手活動をしているのか知っているのも、今の所冒険者の互助会の人間しかいないはずだった。


 だからこそタイムはサトルに耳打ちする。


「アマンドさんに聞かせてもいい話なのか?」


 サトルは耳打ちに対して、通常の声音で返す。


「べつに誰に聞かれたところで気にはしない」


「気にしろって、駄目な噂だろ」


 にべもないサトルの返事に、タイムが思わず声を荒げる。

 しかしサトルは気にしても仕方がないと、苛立つ声で返した。


「駄目な噂なのは確かだが、噂は出所の特定が難しい。下手に噂の否定をして回ると、人の疑心を誘う可能性がある。だったらこちらは動かない方がまだましだ。それに、噂を流している元が、身内ってのは面倒があるんだ……」


 何も考えていないわけではない、ただ手を出しても悪化することが考えられる以上、今動くべきではないとサトルは考えていた。

 慎重になっているサトルを、アマンドは感情の嫁無い笑顔で、じっと見つめていた。


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