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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
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8.5・商品開発

読み飛ばし可。

 タイムが帰ってきたころには、もう銀の馬蹄亭の昼の営業時間は終わっていた。

 サトルたちが親父さんと呼ぶ、銀の馬蹄亭主人の計らいで、サトルたちは店内に残る事を許してもらえたが、親父さんには床の掃除をしておくように言われ、サトルはそれを受け入れた。


「勇者でも床を掃除するんだね」


 と言っておきながら、アマンドも自分もやってみようと、箒を持ち出し床を掃き掃除するサトルのために、テーブルや椅子を避けることを手伝ってくれた。


「そこまですることは無いだろ。アマンドは付き合いでここに残っているだけだ」


「だからこそさ。共同で活動するのは必要なことだとね、行商隊に加えてもらった時に教えられた」


「長い事一緒に生活しながら移動するものね」


 そう相槌を打つワームウッドも、もしかしたら行商隊とやらに参加したことがあるのかもしれない。

 ヒースはその経験は自分にはないと、アマンドに羨望の目を向ける。


「へー、俺この町からほとんど出たことないから、そういうの憧れる」


「楽しいものだよ。金をかけての旅行よりもね、教えられることが多い」


 アマンドは言葉の通り他人との共同生活の経験があるらしく、サトルの動きを先読みして、適切に動いてくれたので助かった。

 やはり読めない男だ。未だサトルはアマンドの口から素性を聞けずにいた。ただ一つ分かったのは、アマンドは貴族というよりも商売人の様に思え、サトルはアマンドの観察をしながら、掃除を進めた。


 そうこうしているうちに、ようやくタイムが返って来たので、サトルはタイムの脛に蹴りを入れつつ、約束していた料理研究を始めることにした。


「痛い」


「痛くした。いいか、金銭のやり取りがある仕事ではないとはいえ、互いの利害の一致があったから、俺たちはこうして集まって料理の研究をしようと取り決めたはずだ。俺はこの銀の馬蹄亭の手伝いもするし、お前に請われてダンジョンに潜る事も頻繁だ。それに対してお前はだ、俺に甘えてばっかりで時間もろくに守らずにフラフラと、俺ばかりお前に理を与えて、不公平だと思わないのか?」


 サトルのお小言に、タイムは少し驚くも、すぐにしょんぼりと肩を落とす。


「いやあ、まあ、思わなくもないけどよー」


「けどなんだ?」


「サトルが助けてくれるからつい甘えた。ごめんな」


 しょんぼりしたまま謝罪をするタイムに、サトルは大きくため息を吐いて確認する。


「……反省してるんだな?」


「ああ」


「ならいい」


「本当か! ありがとうなサトル!」


 反省ができるならこれ以上は怒らないからと、サトルが許せば、タイムはすぐに顔を輝かせ、サトルの手を掴んで上下に振り回す。

 サトルは顔をしかめ、早まったと己の失敗を嘆く。


 そんな様子を傍で見ながら、アマンドが苦笑する。


「サトルってちょろいんだね」


「ちょろいんだよ」


「騙されやすって言うわけでもないのにね、すぐタイムとか甘やかすよね」


 ワームウッドとヒースの相槌を否定できず、サトルはまたため息を繰り返した。


 せっかくアマンドがいるのだからと、タイムはアーモンドを使った菓子や料理を作りたいと言うので、サトルは自分が知る限りのアーモンドの使い方と、タイムが元から知っているアーモンドの使い方をすり合わせる事から始めた。

 自動翻訳で別の発音に聞こえていたが、どうやらアマンドはアーモンドの事らしい。


 このすり合わせで、それまで薄々気が付いてはいたが、この世界におけるアーモンドは、現代日本における大豆に煮た扱いをしている面がある、という事をサトルは実感した。

 植物の種子は保存性があるので、豆と同じように長期保存でき、豆乳を絞る様にアーモンドミルクを絞り、おからの様にアーモンドの搾りかすを使う。


 アーモンドプードルと呼ばれるアーモンドの搾りかすと、やや手に入れるのが苦労したカカオバターを絞った後の残り、ココアを利用して、サトルは焼き菓子を作る事を提案した。


「面白そうだ」が原動力になって、タイムとサトルは考えを詰めていく。

 今日は時間的に試作をする余裕はなさそうだったので、せっかく店が終わるまで付き合ってもらっていたアマンドやワームウッド、ヒースには、連日サトルが練習のために作っているクッキーと茶を提供した。


 クッキーは三種類。ヨモギのようなハーブを練り込んだ物、アイシングをかけ模様を描いてみた物、それとダイヤモンドカラントのドライフルーツを刻んだ物を混ぜたクッキー。


「これ俺苦手かも」


「ちょっと癖が強すぎない? 苦い」


「ふうん、このハーブを練り込むのか。風味が消えるから、後から乗せるとかじゃダメなのかい?」


 ヨモギに似たハーブを練り込んだクッキーは不評だった。


「綺麗、でもこれ何?」


「アイシングねえ……確かに霜が降りたみたいに見える。面白けどこれって魔法を使うの?」


「この模様の意味は有るのかい? 面白いが、口溶け以外味はザラメ糖と変わりはないようだ。むしろ口にべたりとくっつく甘さがあるから、飲み物が無いときついのでは?」


 粉糖を使い作ってみたアイシングで装飾したクッキーはあまり理解を得られなかった。


「サトル! このドライフルーツのスゴイ美味しい」


「ダイヤモンドカラントクッキーに入れるとか贅沢過ぎて呆れる」


「へええええ、これが噂の。凄いじゃないか、これはなかなかどうしていい物だ!」


 残っていたいダイヤモンドカラントを使ったクッキーは、かなり評判が良かったが、残念なことにもう作るための材料は無かった。


「残念だ」


 そう言ってアマンドは、皿の上の最後のダイヤモンドカラントのクッキーを持って行ったので、かなりしたたかであると言えよう。


 ちなみに銀の馬蹄亭では、絞ったアーモンドミルクの方は、デイルなどのダンジョン周辺で採れるハーブを加え、粥を作る材料として使われるとのこと。

 このアーモンドミルクと麦の粥は、滋養強壮の薬の様に扱われることもあるとかで、この町では医食同源とまではいかずとも、「食で健康を維持する」という考えが根付いていることを改めて実感した。

 デイルやホリーデイルを料理に使う事や、町の周りに食用にも医療用にも使われるハーブを栽培している畑が広がっていることからも、そのことがよくわかる。


 丁度昼にも出していた分が少し残っており、せっかくなのでと、タイムが味見程度の量をそれぞれに提供してくれたが、サトルはあまり好みの味とは言えなかった。

 味としては美味しいと思うのだが、あまりにもサトルの考える粥とは味が違っていた。アーモンドミルクの癖のある香ばしさと、根セロリの一種である根菜、それと少々のサラミが入っていた。

 何よりも胃にかなり重く感じるというのは、病気の人間向けの食事として致命的ではないかと思えた。


 サトルの疑問にタイムが答える。


「こういうのも食べれないくらい体弱ってたら、その時はミルクだな。あっためたミルクに蜂蜜溶かして飲ませるんだよ。栄養だけは与えろってことで」


「治療院には行かないのか?」


「寄付できるもん持ってなきゃ、普通は治療してもらえないんだぜ、知らなかったろ?」


 それは初めて聞いたとサトルは驚く。

 分かりやすく目を見開いて言葉を無くすサトルに、ワームウッドが苦笑する。


「君、ジスタ教の治療士の女の子口説いちゃったからねえ、ただで毎回治療してもらってるんだよね」


「いいよなー、女の子と仲良くなって特別待遇」


 タイムとワームウッドの言葉に、アマンドがいいねとサムズアップ。


「おや、奥手そうに見えて案外とやるじゃないかサトル」


「違う! 誤解だ! 俺は私利私欲のために女性を口説いたりしない!」


 わざと誤解を招くようなことを言わないでくれと、サトルは頭を抱え、ワームウッドとタイムを恨めし気に睨む。


「サトルは紳士だもんね」


 そう言ってヒースも少しばかり苦笑い。

 もしかして自分はとんでもない女らたしだと彼らに思われているのだろうかと、サトルは痛みだした胃を押さえ呻いた。


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