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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
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7・悪評

 食事も一通り終わり、最後にもう一つ軽食を食べるかどうかを軽く話して、結果四人はタイムとサトルがここ最近一緒になって作っている菓子の味見をすることになった。

 ただしタイムは今夜の店の方の食材等を買い出しに行っているので、帰ってきてからとのこと。


 タイムが帰ってくるまでと、メリッサが四人に消化に効くと言うハーブティーを出してくれた。ハーブティーを飲み一息つきながらアマンドは店内を眺める。


「それにしてもいい雰囲気だ」


 その言葉の意味は天井や壁すらも清潔に保っている店内全てに向けられているように感じ、サトルも同意し頷いた。


 しかし、その視線が店の一角で止まり、アマンドの眉間に皺が寄る。


「いや……ちょっと、気にかかるかな」


 その方向をサトルたちも見やり、ワームウッドがなるほどねと頷く。


「嫌な雰囲気だよ」


 隣のテーブルは空席、その空席を挟んでさらに奥に座る四人組。昼間だと言うのにすでに酒を飲んでいるらしく、その手には麦酒のジョッキ。


 アマンドの視線を受けて一瞬は黙ったが、男たちは声を潜めつつもあまり好ましくない話をしてることが、漏れ聞こえる単語で分かった。


「偽物なんだろう」「ろくなことをしないって言うし」「役立たずが来るなんてこと今まであったか?」「ジスタ教会とつるんでるとか」「そうでないなら駆け出しより雑魚じゃねえか」「金だけは持ってるんだろうよ」「汚いことしてるんじゃないのか」「崩落もまだ続いてるんだろ」「ますますひどくなってるってのに、何のんきにやってんだ」「嘘吐きが」


 どれも唾を吐くような、憎々しげな言い口だ。


 その言葉が誰に向けられているのか、サトルたちには察しがついた。しかしアマンドにはわからないだろう。

 そう思っていたのだが……。


「……君は、ダンジョンの勇者か」


 アマンドの直球の質問にサトルはしらばっくれる。


「さあ」


 いったい今の言葉のどこを拾って、サトルをダンジョンの勇者だと推測したのか。男たちは会話の意味を推測されたくないのか、ダンジョンという言葉だけは使っていなかったはずだが。

 とぼけるサトルに、アマンドは苦笑し肩をすくめる。


「うん、聞かれたくない事だったかな?」


 アマンドの中ではほぼサトルがダンジョンの勇者であることは確定事項のようなので、サトルは警戒しつつもとぼけるのを諦める。


「少なくとも、悪い噂を耳にした直後に確認はされたくなかった」


 自分の悪口を友人に聞かれたときに、気まずく思うことがあるだろう。見栄を張ってそんなことは無いと言う事もあるかもしれない。しかしそこはサトル。自己肯定感はあまり強くないので、ささやかれていた悪意の言葉を完全に否定することは無かった。

 ましてやアマンドは友人というには、まだ知り合ったばかりの相手。気まずく思ったところでそれを流して無かったことにしてしまえばいい、そうサトルは思ったのだが。


「べつに悪いと言うほどの噂でもないだろう。名誉ある事をする人間に、悪評を振りまく人間が現れるのは世の常さ。ぼかぁ人の言葉よりも目に見える物を信じる性質なんだよ」


 しかしアマンドはサトルが否定しなかった言葉を、肯定もせず、否定もせず、ただそう言う輩もいるのだろうと受け流す。

 サトルの悪評を耳にしたとしても、目の前の人物を見て判断するさと、からりと笑って見せる。


「そんなに悪口って言われるもの? 良いことしてるのに言われるってなんか理不尽だ」


 ヒースは納得いかない様子だが、それは彼の周囲にいる人間が、裏表の少ない面々だからだろう。

 そんな子供っぽくすらあるヒースの憤りに、アマンドは好ましい物を見るような視線を向けて答えた。


「嫉妬があるからねえ。だがその嫉妬を受けるに値することをしたと思えば、逆に誇らしいんじゃないか?」


 サトルとワームウッドはわずかに視線を交わす。ヒースの言葉を好意的に受け取れる人物であるのなら、性格は悪くはないだろう。しかし、この笑みをにじませた視線が、嘲笑や組みしやすい獲物を見た人間の視線だとしたら……。


 最初に声をかけられた時、道案内を頼まれたので請け負ったが、アマンドの態度は多少距離を詰めるのが性急にも感じた。

 もし最初からサトルたちに近付くのが目的の人物だとしたらと、二人はアマンドへの警戒を強める。

 たぶん貴族なのであろうアマンドとの距離を縮めすぎて、サトルの立場にどう影響が出るか分からない。


 サトルたちはワームウッドとヒースの会話に、だまって耳を傾ける。


「アマンドはサトルに嫉妬する?」


「いいや、というか、ぼかぁ責任という言葉が一番嫌いだねえ」


「何で?」


「自由の翼を捥ぐ言葉だからさ。そして責任の重さの割に、得られる物は差金の粒よりも小さいことがほとんどだ」


 そう言ってアマンドはそれまで浮かべていた笑みを消し、軽く肩を竦めた。


「責任が悪いとは言わないが、縛られるのはごめん被る。ましてや自分の石で与えられたのではない責任はね」


 声のトーンが一際落ちたその一言が本音なのか、それとも同情を誘うための演技か、それが分かるほど、サトルたちはまだアマンドを知らない。

 いっそ「アマンドの素性をもっと聞いてみようか」と、ワームウッドが小さくサトルに尋ねるが、サトルは軽く首を振る。


「何の目的で俺たちに近づいたのかわからない以上、こっちから仕掛けるのは危険かもしれないだろ。与えても良い情報程度与えて、様子を見る」


 サトルの様子を見る、の言葉にワームウッドは喉を鳴らして笑う。


「分かったよ、その手のことは君の方が得意だものね」


 詐欺師のようだと評されるサトルの言葉を信じると、一言余計に付け足して、ワームウッドは口を閉じた。


 しばらくヒースとアマンドの会話は続いた。そこにサトルはたびたび相槌を打ったが、話しの主導権はほぼアマンドのままだった。


 話の内容は多岐にわたり、責任は嫌いだがその放棄は容易ではない事、好き勝手に旅行できる身分になりたいということ、それには金が必要なので、そういった仕事をしていたいのに親が許してくれないという思春期かと言いたくなるような悩み、実は意外と博識なのだと自画自賛し、その関係でガランガルダンジョン下町には来てみたいと思っていたとアマンドは語る。ダンジョンの町について書かれた学術書も読んでいると言う。

 ロサ・マリノスは交易の町であると同時に、ダンジョン研究の学会を有する町でもあると実に誇らしげにアマンドは語った。


「銀の馬蹄亭は、この町に来たら一度は訊ねてみるといい、とね、あったのだよ」


 読み物としての本はこの世界にはすでにあるらしく、そこそこ金はかかる物の、旅行記のような本も出版されているという。アマンドはそれを読んでこの銀の馬蹄亭に来たかったとのこと。

 旅行雑誌はかなり好きな部類の本であるサトルとしては、一度その本を読んでみたいなと、思わず身を乗り出す。


「サトルの目が」


 死んだ魚のような目とも言われるサトルの目が、いつもより輝いているとヒースが驚く。


「あ、いや……面白そうだったもので」


 ヒースに指摘され、サトルはとっさに居住まいをただす。


「ふふ、料理以外にもいい顔をするじゃないか」


 アマンドの好意的な笑みは素なのか、それとも演技なのか、やはりはっきりとはわからない。

 気が付けば、あの男たちはサトルたちよりも先に店にいたからか、サトルたちが話し込んでいるうちに店を出て行ってしまった。

 男たちの蔑むような視線が消えて、アマンドは待っていたかのようにサトルに尋ねた。


「で、君、本当に何もしていない? 勇者としてさ」


 サトルはどう答えるかなと天を仰ぎ考える。

 しかしサトルが答えるより先に、ヒースがそんなことは無いと強く否定した。


「サトルは色々してるよ、俺も師匠もルーもサトルに命を救われてるし」


 ヒースの言葉は本当かと、視線をサトルに向けるアマンド。

 サトルは項垂れため息を吐いて答える。


「まあ、そうだな、助けたよ……」


 あっさりと答えたサトルに、ワームウッドは問うような視線を向ける。

 ヒースが答えてしまうのだから、隠しようは無い。だったらサトルが実際に行った行動で、少し人に聞けば知れる程度のことは話してしまおうとサトルは考えた。

 何せヒースの様に、無邪気に口の軽い人間は他にもいるのだ。


「どうせ隠しても無駄だ。ヒース以外にも、聞かれれば話すような奴は幾らでもいる……タイムとか」


 そう答えたサトルに、それもそうだねと、ワームウッドも納得せざる得なかった。



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