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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
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6・心浮き立つ異世界グルメ(オニオングラタンとシュガースケイルのガレット)

 銀の馬蹄亭の店内はそれほど広くはない。ただし昼時を過ぎていたので、四人が座る事の出来る席は空いていた。

 明らかに異国の人間風のサトルか、それとも貴族然としたアマンドか、とにかく四人は目立つようで、店に入った瞬間店内のざわつきがややしずまった。

 静まったざわつきの代わりに、四人に向けられる視線が鋭くなるのを感じた。


「結構冒険者とかが多いから、雰囲気が苦手だと思ったら言ってくれ。多少は対策できるかもしれないから」


 アマンドを気遣うサトルに、当のアマンドは他人スキのする笑顔で答える。


「ありがとう、だが大丈夫さ、僕は人に好かれるんだ」


 ワームウッドは呆れ、ヒースは声に出して笑う。


「自分で言う」


「アマンドおもしろい」


 空いている席に着く四人に、この時間帯の給仕をしているタイムの妹メリッサがサトルたちに気が付く。


「いらっしゃい。あ、また不思議な人連れてる」


 サトルたちのことは顔見知りなので、気軽に声をかけてくる彼女に、サトルは軽くアマンドのことを紹介する。


「アマンドって言うんだ、さっき道に迷ってたから」


「ここに?」


「ああ、来たかったらしい」


 サトルとの会話が終わるのを見計らって、アマンドが軽く身を乗り出し、自己紹介とメリッサへの軽い口説き文句を口にした。


「初めまして麗しいお嬢さん、ご紹介にあずかったアマンドと言います。良ければここのお勧めを、もしくはあなたの愛をいただけないでしょうか?」


 メリッサは母親似の愛らしい顔に営業スマイルを浮かべ、アマンドの言葉の後半を軽く無視する。

 店の料理はその日に仕入れた食材で作るので、必ず決まった物があるとは限らない。


「はーい、じゃあ今日あれかな、オニオンのグラタン」


 グラタンというと日本では小麦粉とバターと牛乳で作る、ベシャメルソースをベースにし、チーズをのせて焼いたオーブン料理を指すが、このガランガルダンジョン下町では、チーズをのせて焼いたオーブン料理全般を指すらしい。

 サトルが知っている銀の馬蹄亭のオニオングラタンは、丸ごとの玉ねぎをスープで煮て、その後パンやハムなどと一緒にグラタン皿に入れチーズをのせて焼いた料理だ。

 サトルたちはオニオングラタンともう一つ、蕎麦粉のクレープ、いわゆるガレットを人数分注文した。


 先に来たのはガレット。ガレットは本来蕎麦粉のクレープ生地に卵とハムを乗せて焼き、縁を三カ所、ないしは四カ所を内側に折り畳んで出来上がりというシンプルな料理だ。


 このガランガルダンジョン下町では、ガレットに使う蕎麦を栽培するのに向いている土地がダンジョン内部にあり、ほぼほぼ放置に近い形で栽培しては、収穫時期になると刈り取って粉にしている。

 ダンジョン内のホールは場所によって季節がまるきり変わっているので、十以上の季節のホールでそれぞれ栽培しているとも聞く。

 ダンジョンに潜って栽培し収穫する作物ではあるが、そのダンジョン内部への道はヤロウ山脈のふもとに空いた洞窟から直通かつ、年中収穫できるので、季節次第では麦よりも安価だ。


 そしてこの時期の蕎麦粉は、ガランガルダンジョン下町の蕎麦の中でもより野生種に近く実は小さいが特に薫り高い蕎麦として有名なのだとワームウッドが説明をしてくれる。

 実はこの時期のガレットはサトルは初めてだったので、まるで想像がつかなかった。


「だから、この時期のガレットは特に癖の強い食材同士を合わせるんだよね」


 そう言って喉を鳴らすように笑うワームウッド。

 目の前のガレットは確かに、サトルの知らない貝の様な具材と、明らかにセリの仲間だと思われるハーブが乗っていた。


「うーんそれは何とも興味深いね」


 そう言ってためらいなくガレットを口に運ぶアマンド。サトルはそれを注視して、初めて見る料理の感想を待った。


「これはいいね! 爽やかなのに力強い味だ。この貝は、シュガースケイルかな? 驚いたね、癖のある食材とワームウッドは言ったが、これはどうして、たまらなく美味しいじゃないか!」


「お気に召したなら何よりだね」


 思いの外高評価だった料理に、ワームウッドは面白くないなと、自分の分を口に運んで苦笑する。


「この味だものね、当然か」


 ヒースも美味しいと言いながら食べ勧めるので、サトルも彼らを信じてガレットを口に運んだ。


 まず最初に感じたのは、ふわりと広がる花のような甘い香りと、それを爽やかに追いかけるハーブの香り。日本人にはなじみがない香りだが、あえて言うならば葉ニンジンのような、強いセリとセロリを混ぜたような香りだ。ガレットの上に載っているハーブの香りだった。

 確かにこれは癖のある食材と言われても仕方ないだろうが、その後にじわりと滲むように広がる貝の旨味。ハーブにもシュガースケイルにも、類似した甘い香りがあり、それが香りの強い蕎麦粉のクレープとよく合っていた。


「うん」


 美味しい。

 サトルはもう一口、二口と食べ勧めながら、真剣に味の分析をしていた。

 シュガースケイルは先に身を軽く煮てあるらしい。塩気の中にバターの風味があり、これがガレットの香ばしさと更に親和性を高めているのだろうと感じた。


「サトルって食べてる時が一番表情豊かだよね」


「だね」


 真剣に食べるサトルを前に、ヒースとワームウッドはどこか呆れた様子。


「いつもこんな顔をしてるのかい?」


 アマンドの質問に、二人は時々だよと答える。


「面白そうって感じたものだとこんな顔」


「どんな顔だよ」


 自分ではわからずサトルはむうっと唸る。


「顔しかめたり、目がカッと開いたり、蚊と思ったら口の端がニヤニヤと吊り上がってるね」


 アマンドは真面目に受け止めたか、サトルの顔の実況をしてくれる。サトルは止めてくれと顔を覆った。


「自覚が無かった……」


「そうだろうね。いいじゃないか、表情と同じくらい君は豊かな経験をしたという事さサトル」


 アマンドのポジティブな言葉を聞きながら、サトルは遅れてやってきたオニオングラタンを口に運ぶ。こちらは以前も食べたことのある味で、ホットすっる味だった。

 思わず顔をほころばせるサトルに、アマンドがびしりと指の先を向けた。


「ああ、君のその顔いいね、チャーミングだ」


 ぶほっと噴き出すサトルに、汚いよと文句を言うヒース。


「げっほ、ゴホっ……わる、わるい、ひーっす……げほ、げえっほ」


 むせてろくに謝罪もでき無いサトルの横で、そのリアクション最高と腹を抱えてワームウッドが笑らい、サトルは恨みがましくワームウッドを見やる。


「あー、こいつやりにくい」


 噴き出した原因のアマンドは、一体何が悪かったのか全く分かっていない様子で、きょとんとしているので、サトルは誰にともなく文句をこぼし、大きなため息を吐いた。


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