5・お値打ち
その男は一言でいうなら、貴族然とした美青年だった。金というよりは鮮やかな黄色の髪に白い肌。青く澄んだ春の空のような色の瞳。わずかに見える鼻のそばかすは、綺麗に整いすぎた顔立ちを、少し幼く親しみやすく見せる。
身長はサトルよりも頭一つ高く、肩幅もあり着ている服の見栄えもよく、長い首を引き立てる真っ赤なスカーフタイが目を引いた。
タイを留める金色のタイピンには桜に似たバラ科の植物の花の意匠。
「すまない、そこの君達、この近くに銀の馬蹄亭という食事を出す店は無いだろうか?」
垂目がちな柔和な顔立ち通り、声は柔らかく穏やかな印象だ。
人懐っこい笑みを浮かべるその青年に、サトルは嘘を吐く必要もないかと正直に答える。
「ああ、それなら俺たちが今から行くところだが……貴方のような人が行くところでは無いと思う」
見てわかるほど仕立ての良い服を着ている青年。銀の馬蹄亭で提供される食事がいくら美味しいとはいえ、見るからに金も地位もありそうなこの青年が、わざわざ探して行くような場所では無いように思えた。
下の町でも大きな通りに面した店であればともかく、銀の馬蹄亭があるのは、主に冒険者や傭兵といった職業の人間が利用する界隈。サトルは今のところ巻き込まれたことはないが、喧嘩や物取りなどの事件も多くあると言う。
しかしサトルの忠告に、青年は問題などないさとちょっと芝居がかった仕草で答える。
その大きな身振り手振りは、ややわざとらしくすら見えるだろう。
「いいんだ、ぼかぁね、身分など気にせず、美味い物を食べたいと思っている人間だからね」
どこかのマレインを思い出し、そこまで言うのならいいかと、サトルのみならずワームウッドやヒースも納得した。
元々ガランガルダンジョン下町は、病気や怪我の治療のために訪れる町ともう一つ、美食町という評判もあるのだ。
青年はアマンドと名乗った。
「ロサ・マリノスという町を知っているかい?」
銀の馬蹄亭へと向かう道すがら、アマンドは唐突にそう口にした。
サトルはその町の名前を知らなかったので、視線をワームウッドへ向けると、ワームウッドはは心当たりがあったのか、すぐに答えた。
「潮とダンジョンの町、ロサ・マリノス?」
「そう」
アマンドの肯定を待って、ワームウッドはサトルとヒースに分かりやすい説明をする。
「セイボリーさんとマレインさんの生まれ故郷かだね」
冒険者稼業から町の有力者になった家の出であるセイボリーや、海が好きなマレインの故郷と聞いて、サトルもヒースもだいたいどんな町か理解できたと頷く。
このガランガルからは南西に行った所にあるらしい。
「銀の馬蹄亭の話を聞いてね、わざわざここまで来たのさ」
銀の馬蹄亭の話がそんなところまで届いているというのも驚きだが、マレインの様に美食のために遠路はるばる訪れる人間がいると言うのも驚きで、随分遠い所から来たんだねとワームウッド。
サトルにはその辺りの地理はまだ理解できていないことと、どちらかと言えばマレインやアマンドの様に、遠くにあっても美味い物なら食べてみたいと思う性質なので、ワームウッドには賛同せず適当に流す。
ヒースは一人不思議そうに首をかしげた。
「ロサ・マリノスは貴族が住んでいる? 治めてるの?」
ヒースの質問はサトルにとっても気になる所だった。ガランガルダンジョン下町はダンジョンに依存する町であることから、貴族による統治は行われず、所属している国の法に完全に従っている土地では無い。
ただし貴族による統治が完全に機能していないわけでもないらしく、サトルには今一つ理解しにくいのだが、貴族が自分たちの家から人を派遣し、日本で言う所の地方議会の様に貴族議会を運営しているらしい。
「ロサ・マリノスはダンジョンの町であると同時に、港の町だから、その半分が貴族の領地、残り半分が冒険者崩れの統治者一族の治める町なんだよ」
それならばサトルも納得が出来た。港湾の管理は国にとってはとても重要な仕事だ。国にとって重要な土地を王侯貴族とは関係のないその地域の為政者にのみ任せるのではなく、貴族議会の政治をしているこの国での政治家である貴族を据えておくのは当然という物だろう。
「そういう町もあるんだな」
面白い話だとサトルは目を輝かせる。こういったいかにも異国、いかにも他文化という話はサトルの心を浮き立たせるものの一つだ。
それに、冒険者崩れの統治者一族という話も気になった。セイボリーはもしかしたらその一族とやらの出なのかもしれない。
「そうだ、食事はご一緒しても?」
なので、アマンドからそう提案されて、サトルはすぐに頷いた。
「ああ、じゃあ一緒に……いいかな、ワームウッド、ヒース」
サトルの確認に、ワームウッドもまあかまわないと言い、ヒースももちろんだよと楽し気にうなずく。
「うん、ありがとう」
食事の席を共にすることを許してもらい、アマンドは素直に礼を口にする。ヒースはそんなアマンドに、にこにこと懐っこく笑いかける。
「貴族ってもっと偉そうだと思ってた」
言葉を選ばないヒースに、アマンドは気を悪くすることも無く答える。
「偉そうな人間は他人に好かれにくいからねえ」
「確かに言えてる」
ワームウッドの多少意地悪な相槌にも、アマンドはにこにこと笑みを崩さない。
作り笑いかもしれないと、サトルはその笑みに注視してみるが、頬が固まっているわけでもないし、目も自然に細められているように見えた。
「アマンドさんは、人に好かれる事を目指しているんだろうか?」
サトルが敬称付きで名前を呼べば、アマンドはまた演技がかった仕草で腕を振り、サトルへと体を向けて答える。
「アマンドと、そう呼んで欲しいかな。ぼかぁね、誰にでも平等でありたいと思っているんだよ。人に好かれない人生は寂しいだろ?」
人に好かれない人生は寂しい。確かにそれは有るのだろうけど、サトルはそれにうんとは言えず、そういう事もあるかもなと、答えをごまかした。
このまま会話が途切れて気まずくならないようにとサトルが気にかけ、別の言葉を探していると、ワームウッドが苦笑を含んだ声で着いたよと言う。
「サトル、君通り過ぎるところだったよ?」
「うっかりしたんだよ……」
銀の馬蹄亭から少しだけ通り過ぎたところでサトルは足を止め、悪かったなと返す。
銀の馬蹄亭はガランガルダンジョン下町の下の町では何処にでもあるような、少しだけ土台が高くなったごく普通の店構えの食堂だった。
「いいね、これは期待できそうだ」
しかしそんな極々ありふれたたたずまいの店を、アマンドは実に素晴らしいと賞賛する。
不思議そうにヒースが首をかしげる。
「そういうものなの?」
「ああそういうものだよ。看板を綺麗にしている店は、店に自信があるって事だろう?」
言われてみれば、銀の馬蹄亭の看板は、多少時の経過を感じさせるものではあったが、綺麗に埃を払って手入れしているのが分かる。
看板を確かめるサトルたちに、アマンドは実に嬉しそうに促した。
「さあ、入ろうか」