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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
80/150

3・接ぎ

 サトルは寝ぼけた頭で、何故ここにアニスがいるのだろうかと考えながら、目の前に置かれたお茶をすする。

 どうやらカモミールの入ったハーブティーらしい。ブレンドまでは分からないが、かなり濃い目に入れてあり、ミルクも入っていた。

 絵本が好きな幼馴染と一緒によく飲んだ、ピーターラビットのカモミールティーを思い出す。絵本に準えて、お腹が痛い時に飲むといいのだと言っていたが、何故かいつも飲むのは決まって寝る前だった。

 起き抜けのカモミールティーはなんだか不思議な気分がした。


 目の前の皿にはいびつな形のクッキーと、手慣れた綺麗な形のクッキーがそれぞれ三枚ずつ。

 じっとサトルを覗き込んでくる顔も六人。

 サトルはなぜか妙に綺麗な三つ編みの縁取りが付いたジャムのクッキーを摘まんで口に運ぶ。それを選んだ理由は、単純に一番見た目で心惹かれたからだ。


「よっしゃおら! 俺の勝ち!」


「あーやっぱり器用さでクレ兄に勝てるわけないもん勝負にならないってこれ!」


「くやしいわ、私も綺麗にできたと思ったのに」


「次点で勝負ね、さあサトル、選びなさいな」


「アン、そんなに急がせちゃだめですよ、ちゃんとよく噛んで食べなきゃ」


「で、味の方はどうなのサトル?」


 クレソン、ヒース、アニス、アンジェリカ、ルー、ワームウッドの六人がそれぞれ好き勝手に言葉を発する。


「何の勝負だよ……」


 とりあえず目の前のクッキーはそれぞれが作った物らしい。どれを一番にサトルが口にするか勝負をしていたのだろう。


 器用さは誰にも負けないクレソンが作ったクッキーを一番最初に、次はアニスの作ったバターたっぷりのクッキーを食べ、次いでアンジェリカの作ったナッツのクッキーを食べた。

 ワームウッド、ヒース、ルーはあまり慣れていなかったようで、見た目は悪いが味は普通のクッキーだった。


 クッキー六枚はおやつにしては多い気もしたが、それぞれが作った物だと言うのなら残すこともできない。せっかく作ってもらったのだからと、サトルはすべて平らげた。

 最後の最後まで食べてしまうのを見守って、六人はようやくサトルの顔を覗き込むのをやめてくれた。


「お腹いっぱいになった?」


 アニスが嬉しそうに問う。


「なりすぎた……でも美味しかったよ」


 サトルの言葉に、ルーが心底安心したように長く息を吐き出す。

 どうやらよほど心配をかけていたらしいと気が付き、サトルは申し訳なくなった。


「俺のことなんか心配しなくてもいいのに」


 そう溢すサトルに、アニスは表情を厳しくして問う。


「それ、私が病気になった時に、私が言ったらどうする?」


「心配するに決まってるよな、悪い……」


 サトルは自分のことに関してはとことん鈍いがバカではない。たとえ話をされれば十分に理解できた。




 サトルにクッキーを食べさせた後、アニスは午後のお祈りがあるからと、あっさりと帰って行ってしまった。

 思いの外話しやすい少女であったアニスを見送り、ルーたちは互いに顔を見合わせる。


「帰っちゃった」


 ヒースは名残惜しそうだったが、クレソンは別にいいだろうとほっと息を吐く。


「何つうか、すっげーぐいぐい来る奴だったな。いつ穢れ払いしてやる! って襲われるかドキドキしたってのに、帰る時はあっさりだしよ」


 ジスタ教会の人間にはあまりいい気持を持ち合わせていないのだろう。クレソンは本当に安心したと、リビングに戻って手足を投げ出しソファーに陣取った。


 サトルはすっかり顔色も良く、普段と変わらない様子で、それは気にしすぎだとクレソンに答える。


「アニスは穢れ払いはしない。彼女は治療士だから、その辺りは気にしてないらしい」


 ワームウッドはどこに根拠があるのかと、少し疑う様子。


「何で治療士だと気にしないの?」


「臓物見たらヒュムスもシャムジャも変わらないって」


 絶句するワームウッドに、げえっとわざとらしく呻くクレソン。ヒースは何故か感心してそういう物なのかと頷いている。なんでも受け入れ過ぎではないだろうかと、サトルは一瞬心配になる。


「内臓ってそんなに同じなの?」


「同じというからには同じなんだろうな。傷をいやすとき、どこを重点的に癒すかで、後遺症が残るかどうかが変わるから、そういう人体の形状については詳しいんだと。ただ耳があるからか、頭蓋骨は流石に形が違うらしい」


「ああ、それなら納得がいくかな」


 理屈としては納得ができると滔々と語るサトルに、ワームウッドも理解したと頷くが、むしろ聞きたくなかったとクレソン。


「そういう話お前好きな」


 そう言うクレソンはあまり好きな類の話ではないらしい。

 別にサトルとて内臓だの骨格だのの話が好きなわけではない。ただ人に近い形状の生き物であるならば、弱点なども人間と類似しているから気になるのだ。


「好きではないさ、知っておいた方が役に立つかと思って」


 目や耳や鼻などの感覚器官の周辺には血流が多く、神経も多いため、それだけで弱点になり得る。骨格が同じならば関節や肋骨の無い腹の部分を弱い所と考え攻撃ができる。そういったことを知るために理解しようとしているだけだ。

 クレソンはそれを理屈で理解していると言うよりも、持ち前の器用さと経験でこなしているようなので、サトルの説明には首をかしげるばかりだ。


 役に立つと言うのとは違うだろうが、骨格に関してはルーも気になる事があると、以前から思っていたことを口にする。


「そうなると、ニゲラさんも骨格は人間なんでしょうか?」


「ああ、そうじゃないかと思う」


 触った感じでは人間と変わらないと答えるサトル。


 触って分かると言う事は、普段からそれを意識しているからだろう。

 そんなことを気にする人間は滅多にいないとアンジェリカは呆れる。


「そこを気にするのはルーとサトルくらいよ。話が合うのね」


 そうだろうかとそっくりに首をかしげるサトルとルー。

 ルーと視線が合い、サトルは小さく噴き出すように笑った。


「サトルさんすっかり体調良さそうです」


「言われてみればそうだな……」


 よかったと言う割に、ルーは少し寂しそうだ。一体何が心に障るのかとサトルはいぶかしむ。


「アニスさんって凄いですね」


「それもあるけど……たぶん」


「はい?」


「皆が作ってくれたクッキーのおかげだな」


 サトルの言葉にルーの顔が輝いた。

 どうやら自分がサトルに対して無力だったことを悔やんでいたらしい。


「それだったら、嬉しいです」


 そう言って笑うルーの笑顔に、サトルは胸が温かくなるのを感じていた。


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