6・お金とダンジョンと男心と
場所を移してクレソンたちの部屋で、改めサトルはワームウッドに問う。
先ほどルイボスの言っていた我々というのはセイボリー達を含んでいたらしい。
「というわけで、改めて医療用の、というか食用にできるゼラチンが欲しいんだが、どこで手に入るかな?」
医療用のゼラチンだったら問題なく手に入るとワームウッドは答える。
「薬の材料に特化した市があるよ」
手に入る場所は大まかに分かる。ならば次の問題は値段だ。
需要と供給によって物の値段は変わる。特にこのダンジョンの町では、薬の原料になる薬草やハーブ、スパイス等は他所の町に比べて驚くほど安価らしいが、だからと言って、医療用のゼラチンまでその安価が適用されるかはわからない。
ゼラチンが東欧やアメリカで多く作られるようになったのは、冷蔵技術の発達による影響が大きかったと、お菓子メーカーのウェブページかどこかに書いてあったのを、サトルは覚えていた。
「どれくらいするか分かるか?」
「うーん、あっちには売りに行くことしかないから、他所の所の値段見てなかったかな。それに最近行ってなかったから、価値の変動も見てないんだよね」
あっちとは薬の材料に特化した市の事だろう。
今はダンジョンの異常のせいで、長期にわたってダンジョンに潜ることが出来ない状況なので、ダンジョンの周辺やダンジョン内の浅い所で採取した物を売って、金を稼ぎ日々の糧を得ている冒険者が多いという。
そのため普段から見つかる事も多い安価な薬草等は供給過多だそうで、ワームウッドはその薬の材料に特化した市には近寄ってなかったらしい。
多少の手持ちはあるとはいえ、値段がわからない物を、実験分も含めて大量に購入できるだけの金銭を、サトルは持ち合わせていない。
サトルは自分の懐具合を計算しつつ、部屋の中にいる者達を見回す。
ワームウッド、ヒース、ルイボス、マレイン、セイボリー、クレソン、バレリアン。このセイボリーがリーダーを務めるパーティーの七人は確実にサトルの作る珍しい菓子を食べてみたいと感じるはず。それにサトルとルーとニゲラの分は確実に必要だ。
しかしルーの分も作るとなると、ルーの姉貴分であるアンジェリカや、アンジェリカが所属しルーも世話になっている冒険者パーティーの面々にもふるまう必要が出てくるか。
そして甘い物が好きな妖精たちにもふるまうとしたら……。
十五人分を超え、二十人分くらいと考えて、ゼラチンは何グラム必要だろうか。以前サトルが三人分のゼリーを作った時、確か八か十グラム使っていたはずだ。
使う量は多くない。しかしゼラチンがべらぼうに高かったらどうだろうか。
「多少心もとないか」
真剣に唸るサトルに、マレインは苦笑し提案をする。
「だったら我々がカンパしようか?」
それはあの精製糖をの代金をルーに渡した時と同じなのだろう。サトルが面白い物を作るのなら、いくらでも金を出してやるという事か。
しかしサトルはそれにも唸る。
人に頼るということがサトルは苦手だ。そのせいもあって金を支払ってもらって何か労力等を相手に返すのでは仕事になってしまうと言う意識がサトルには有った。
サトルは精神的に器用ではないので、仕事とプライベートは分けて考える。
というか、仕事という意識でやってしまうと徹夜絶食当たり前で、身体を壊して周囲に本気で怒られる、という事も有ったので、出来るなら趣味は趣味の範囲で行いたかった。
趣味を趣味の範囲でやるには金がかかる。
金を貰って作るのは仕事になってしまう。
しかし目の前の冒険者たちは、今回のサトルの菓子作りに協力したいと自分たちから言い出した。
なら、サトルにも特があって、彼らにも利益の出る方法で頼ればいいのではないだろうか。
サトルは思いついたそれを口に出す。
「いや、これは俺が自分でどうにかします。自分でダンジョンに潜って、金を稼ぎたいと思うので……どなたか、依頼料は払えないが採取物の利益は平等に等分という条件でダンジョンに潜るの付いて来てくれる人、挙手」
クレソン以外の全員の手が上がった。
クレソンは一人、目をすがめサトルに問う。
「酒は?」
酒と聞かれて、サトルは首を傾げる。
「もしかして、以前採ったミード蜂の蜜の事か。どうだろうな、酒の原料になる物とか、どのあたりで採れるのか分からないし」
クレソンはその答えに舌打ちをする。
この反応は、もしかしたらクレソンは参加しないと言う事だろうか。
「ニコちゃんは甘い物が好きだから、今回も付いて来てくれるんだが……」
ダンジョンの妖精の一匹、ニコちゃんは何故かダンジョン内の希少価値の高いアイテムに強く反応する。
そのニコちゃんは、今回のサトルの菓子作りに全面協力の予定だ。
サトルの言葉に、ワームウッドがヒースに目配せる。
何を察したか、ヒースは耳と尾をぴんと立て大きく宣言をした。
「甘い物! 俺も好きだよ! サトルが作る菓子は面白いからもっと好き!」
それにバレリアンが同意する。
「いいですね、甘い物……今回のゼラチンはそういう事なんですか?」
どうやらバレリアンは今回のことに興味を示してはいても、その内容までは把握していなかったらしい。
となると、情報に関しては同じ程度だろうクレソンも、今回の話がサトルが甘い菓子を作るための物であると言う事を知らなかったのだろう。
サトルはクレソンにも聞こえるよう意識しつつ肯定する。
「ああ、そういう事だよ」
ワームウッドが目を細める。それは何か企む時の顔だろうと、サトルはすこし警戒をするが、その口から出たのは当たり障りのない言葉。
「いいね、甘い物だったらルーたちも喜ぶ」
それをマレインがさらに肯定する。
「そうだね、甘い物はルーも喜ぶだろうね。あの子は甘い物に目が無いのだから」
気のせいでなければ、二人は「ルー」を強調していたように聞こえ、サトルはいぶかしむ。
二人の耳が若干クレソンの方に向いている。
「……」
クレソンは尾を低い位置で振っている。
どうやらそうとうソワソワしているようだ。
もう一押しで今にも参加を表明しそうなクレソン。
サトルはようやく得心する。
「ああ、そういうことか……ルーにはすでに話を通してある。目を輝かせて期待してるって言われてるよ」
その言葉が決定だったようで、クレソンは拳を握って強く宣言した。
「よっしゃ! 俺も付き合ってやろうじゃないか! 感謝しやがれ!」
あっはっはっはと笑いながら胸を張るクレソン。
ワームウッドとマレインが互いに目配せ頷き合う事から、たぶんクレソンのことはモンスターの露払いとか荷物持ちとか、労働力にするつもりなんだろうなと、サトルは心の中で憐れんだ。
「でも女遊びするのに本命がいるって……」
憐れみつつも、思い込んだら一途が過ぎる自覚のあるサトルとしては、そんなクレソンの心情は理解できない物だった。