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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは値打ち物である」
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1・汚れ

 この日リビングには、ここ最近冒険者の互助会の会所に詰めているセイボリー、マレイン、ルイボスの三人以外の全員がいた。


 サトルは手にしていた本をテーブルに置くと、そのまま机に伏して頭を抱える。

 今日も雨、昨日も雨、きっと明日も雨だろう。

 バケツをひっくり返したような土砂降りの雨だ。頭痛が止まずサトルはここ数日調子が良くなかった。


 内臓を壊した経験も、それはもうそこらの人間には真似できないほど多々あり、苦痛という物に関しては結構な慣れを有しているサトルでも、今この状態は辛い。

 辛すぎてつい弱音を吐いてしまう程だ。


「また雨だ……最近多すぎる」


 呻くサトルにしらっとした視線を向けるアンジェリカとルー。二人にこの状態のサトルに女性が絡んではいけないと言われているので、声をかけるに掛けられないオリーブ。

 何故女性が駄目かと言えば、この状態のサトルにアンジェリカとルー以外の女性陣が話しかけても、大丈夫だ、問題ない、以外の答えを返さないからだ。


 そして呻くのすら我慢して、昨日は気分の悪さがピークに達してそのままひっくり返ってしまった。

 顔色が白く、これは貧血だとみなして、サトルは部屋に寝かせていたのだが、一人でいると不安だと、またみんなが集まるリビングに出てきてしまった。


 まさかサトルにそんな面倒な性質があるとは知らなかったと、ルーたちも驚いたほどだ。


「もうだめだ、俺は死ぬ」


 ぶつぶつと後ろ向きな言葉ばかりを呟くサトルに、いい加減にしろよと、クレソンが丸めた紙でサトルの後頭部を叩く。


「死ぬのは早すぎだ」


 サトルのこの面倒な状態が、人が死ぬほどの水害のトラウマだと言うのは聞いているので、まだ死人は出ていないとサトルは言う。


「いや駄目だ……もう下の町の道が水没しているじゃないか。ああいうの本当苦手だ」


 パコパコと軽い音を立てて、尚も愚痴を言い続けるサトルを叩くクレソン。


「お前靴汚れるの嫌なタイプか」


「っていうわけでもないんだけどな」


 クレソンが話の方向性を変えたからだろう、サトルも少しだけ顔を上げ、表情を緩める。


「……むしろ汚れるのは構わない。仕事なら」


「仕事じゃないなら?」


「すっげーいや」


 サトルとクレソンのやり取りに、アンジェリカが強く頷く。


 着道楽を公言しているアンジェリカは、服が汚れるのが嫌ならと、サトルに提案する。


「ルーに魔法をかけてもらいなさいな。物の状態を記録して保存くれる魔法よ。使っているうちに汚れたり壊れたりしても、もう一度使うことで記録保存した状態まで回復してくれるの」


 アンジェリカがルーに魔法をかけてもらっている、というのは以前にも聞いていたが、その具体的な内容は聞いていなかったが、どうやらルーが使っている懐中時計を修復する魔法と同じだったらしい。


「あー、それいいな。どんな物にでも使えるのか?」


 家具くらいの大きさの物に使えるなら、それは相当便利なのではないだろうかと思ったが、ルーはサトルが思っていた以上の物を答えた。


「はい、物質であるなら。最大でこの屋敷ですね」


「へえ……」


 まさかの大物に、サトルも思わず言葉を失う。

 ルーの言葉からすると、ルーは実際にこの家にその保存するための魔法とやらをかけているのだろう。


 もしかしたら家財の保存をする能力があるからこそ、ルーはこのガランガル屋敷の正当な継承者になったのだろうか。


 ルーの持っている懐中時計は元々この世界ではなく、サトルのいた世界からもたらされた物で、複製する技術は無いので魔法で記録し、修復して機能を維持している。

 またルーの家は何百年も前に建った物らしいが、魔法のおかげか、維持管理をする金を余り工面することが出来なくても十分に綺麗なままだ。

 以前からこの屋敷の元の持ち主の一族は他にいて、家の裏手に広がる葡萄畑を管理しているというのに、血縁でもないはずのタチバナやルーがこの屋敷を正式に受け継いでいる、という事をサトルは疑問に思っていた。

 しかし、懐中時計やこの屋敷、そして屋敷に残してあると言うこの町が出来た頃からの記録等を保存する力が無ければ、ガランガルの後継者に慣れなかったのだとすればどうだろうか。



「ルーがタチバナの後継者だというのは、もうずっと前から決まっていたことだ」


「貴方では才が無かったと、そういう事でしょう。現実を受け入れなさいな」



 オリーブとカレンデュラがベラドンナやバーベナに放った言葉も、この保存の魔法が要だったと言うのなら、納得がいくという物。

 バーベナには使えなかったのだろう。


 思わず考えてしまうサトルだったが、ルーはその様子に気づかずに、サトルの服を保存することを請け負うと言う。


「毎日使えるさと言う魔法でもないので、今度余力があるときにでも使いますね」


 毎日使えるわけでは無いと言いつつ、易く請け合うルーに、だったらとクレソンが手を挙げる。


「あ、そんなら俺も」


「それはできません」


 ルーがきっぱりと断る。

 クレソンの傍で自分も良ければと追従しかけたバレリアンが、そっとその場を離れる。

 微妙に気まずい空気を気にせず、オリーブがその理由を問う。


「なぜサトル殿だけなんだ?」


 ルーは簡単なことだと答える。


「サトルさんの衣食住については保証すると約束していたので、衣服の保存もその限りかなと」


「なるほど、それならば納得だ」


 ルーはサトルを自分の家に招くときに、サトルの衣食住を保証した。そのことをまだ心にとめてくれていたらしい。

 約束を守るのは良いことだと、ルーの返事に満足そうなオリーブ。


 ルーが約束を守る気でいるのなら、自分が約束を違えるわけにはいかないよなと、サトルはこっそりとため息を吐いた。


 裏切るつもりはない、だが、バーベナの気持ちを想像すると、サトルは何故だか妙に胸がうずいてしまっていた。


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