表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
75/150

10・単純に複雑

 サトルたちが初階層から出た時にはほぼ夜になっていた。

 空は端に赤を残すのみで、太陽の姿は見えない。周囲はすでに暗く視界の悪い中、サトルの周りだけは妖精たちに照らされて微妙に明るい。遠目に見てもすぐにサトルだと分かるほどだ。

 だからだろう、サトルを見つけ、小走りに寄ってくる人物がいた。


「あら、奇遇ですのね」


「奇遇なわけないだろ」


 思わず返したサトルの言葉に、ベラドンナの顔が強張る。言ってしまったと思うものの、サトルは無言でベラドンナから距離を取る。


 めげずにサトルに話しかけようとするベラドンナを遮り、サトルは言う。


「……あの」


「さすがにこう遭遇が頻発するのは怪しすぎる。言いたいことがあるならはっきり言ってほしい」


 拒絶をするわけではないが、それでも回りくどいことはよして伝えたい事だけを言葉にしろと、冷淡な対応にベラドンナの表情が曇る。


「いえそんな……別に、そういう事ではなくて」


 笑顔を取り繕うベラドンナだが、その背後から現れたバーベナが静かに声をかけた。やはり二人は一緒に行動をしているらしい。


「仕方ないわよ、流石に露骨過ぎたのね」


 しつこくしては駄目だとバーベナ。その言葉から察するに、やはり二人は意図してサトルへと接触を図っていたらしい。

 しかし開き直っているのか、バーベナはサトルにはにかむように微笑みかけ、一緒に帰ってくれないかと提案する。


「失礼をしました。できれば途中までご一緒しませんか? もう帰られるのでしょう? 暗い道に明りがあれば助かるのですが」


 サトルの周囲を照らす妖精の光を指し、バーベナはサトルに乞う。好意を誘うよりもよほどサトルには効果的な対応だ。


「それは……オリーブたちに」


 言いかけたサトルを遮り、オリーブがハッキリと駄目だと断った。

 サトルの背後に彼女たちがいると気が付かなかったらしく、あからさまに二人の表情が強張った。


「無理だろう。我々は我々で依頼を受けてここにきている。たとえダンジョンを出たとてそれは変わらない。私たちが交わす言葉を聞かれたくはない。それに、私たちは君たちを許すつもりはない」


 いつにないオリーブの厳しい言葉に、サトルは思わず目を見開く。驚くサトルの背にワームウッドが手を置き「口を挟むととばっちりを受けるよ」と忠告する。

 その理由を問うよりも先に、アロエがオリーブに追従するように口を開いた。


「さすがにさあ、葬式ブッチは駄目っしょ、ねえビビ」


 いったい誰の葬式か。考えてサトルが真っ先に思い付いたのはタチバナだった。


 その通りだわとカレンデュラ。その視線はベラドンナやバーベナとは違う方向。

 サトルがその視線を追えば、宵闇の陰に隠れるように、噴水の横に見知った白い姿があった。


「不義理極まりないわよね。あまつさえパトロンの横取りなんて、ここにアンジェリカがいなくてよかったんじゃないかしら、ねえ? リズ、貴方のそのドレスズタズタにされていたかもしれないわよ」


 オキザリスは声をかけられるや、とたん背を向けてサトルたちから逃げるように駆けだした。サトルはそれを茫然と見送る。

 未だその場にとどまるベラドンナとバーベナに、モリーユまでもが珍しく感情をあらわにした声で嘆くように二人を責めた。


「ボスも、先生も……怒ってる……酷いことをしたって」


 立て続けにぶつけられる言葉に、バーベナは嫌悪の視線をオリーブたちに向け黙ったが、ベラドンナはふざけないでと叫んだ。


「葬式だなんて、遺体も無い葬儀をして、一体何を弔ったと言うの!」


 その言葉にサトルは声に出さずに呻いた。

 ルーたちの師であったタチバナの遺体の所在について、サトルは知っていることがあった。

 確かにあの状況ならば、タチバナの葬式は遺体の無い、空の棺を埋めるだけの物だったのだろう。

 ベラドンナは理不尽な死を受け入れるなんてできないと、目を吊り上げて訴える。


「先生が死んだっていう証拠を探すのが先じゃない! 何故勝手に死んだことにして、しれっとルーが後を継ぐなんて話になったのか、私には理解できないわ! あんたたちが最初にどさくさに紛れて遺産を奪ったんじゃない!」


 タチバナの死について、ダンジョンの崩落に巻き込まれ死んだと目されていながらも、しばらくは正式な死の発表は無かったらしいと、サトルは聞いていた。

 ただ、ルーがタチバナの後を継いだということに関しては、ルーに対して特に良い感情を持っていなかった者達でさえ、ルーであるならばと肯定することを、サトルは知っている。


 ベラドンナの言葉は言いがかりだとオリーブは否定する。


「ルーがタチバナの後継者だというのは、もうずっと前から決まっていたことだ」


 カレンデュラは視線をベラドンナからバーベナへと向ける。


「貴方では才が無かったと、そういう事でしょう。現実を受け入れなさいな」


 さすがにその言葉は受け入れられないと思ったのか、バーベナは怒りをにじませ顔を上げる。


「現実って、貴方たちが臆病風に吹かれて先制を見殺しにしたこと?」


 殺した、と、まるでオリーブたちがタチバナを見殺しにしたかのような言い方に、オリーブが苦し気に眉を寄せる。

 気にはしていたのだろう。サトルは当時オリーブたちがタチバナの捜索を望んでいたとも聞いていた。ただ一度崩落した場所は不安定で、二次被害を避けるためには立ち入りを禁止するしかなかったはずだ。


 アロエが目を吊り上げて怒鳴り返す。


「性格わっる! サトルっちが来るまでダンジョンの崩落事故なんて生存ほとんど絶望的な事故だったじゃん。そもそもあんな真っ暗な中遺体何か探せないっての」


 カレンデュラも見殺しにしたと言われるのは心外だと返す。


「貴女たちってできもしない事ばかり大口を叩くところ、変わっていないようね」


 売り言葉に買い言葉か、双方の言葉の応酬は止まらない。

 サトルとワームウッド、ヒースの三人は口を挟まず見ていることしかできない。


「できるわよ、捜せるはずだった、貴方たちさえ協力してくれれば、先生をちゃんと元の場所に返してあげられるはずだった! なのに……もうこんなに時間が経ったら」


 たまらなくなったのかバーベナも声を荒げ吐き出すが、とたん言葉を失ったように顔を覆い、さめざめと泣きだした。

 こんなに時間が経ったら、というのは、ダンジョン内で死んでしまったその遺体はもうすでにダンジョンに取り込まれ、戻ってくることは無いという事だろう。


 バーベナの涙に、サトルは人目が無ければ頭か腹を抱えてしまいたい衝動に駆られていた。苦手な涙とタチバナの遺体の所在を知っていることも相まってギリギリと胃が焼けるような痛みに襲われる。

 まさか言えるわけがない。タチバナの遺体はダンジョンの妖精の手によって、竜の死体と合成されて、竜のキメラとしてサトルと一緒に暮らしているなどと、言えるわけがない。


「君に協力するつもりはない。裏切るかもしれない相手を、信用はできない」


 とオリーブ。

 それに返すはベラドンナ。


「何よ、そうやって……あんたたちはいつもビビを」


 アロエは悪いのはあくまでもベラドンナたちだと主張する。

 しかしタチバナの死を納得できないからこその行動だとベラドンナ。


「だって本当のことじゃない、裏切ったのあんたらの方じゃん」


「裏切ってなんかいないわよ! 勝手に解釈しないで!」


 いつまでたっても互いの主張は堂々巡りだ。

 さすがに周囲の目も気になると、サトルが双方を止めようと踏み出したことを、バーベナが気付いた。

 首を振り、サトルを推し留めると、ベラドンナの袖を引く。


「……もう、いいの、いい……ベラ、行きましょう」


 しかし一方的に声をかけてきて、一方的に被害者ぶるなんてとアロエが噛み付く。


「その被害者ぶるの止めなよ! そっちから絡んできたくせに!」


「違います……サトルさんと話をしたかっただけ」


「ろくでもない話をでしょ」


 とにかくバーベナが何を言っても聞く耳は持たないとばかりのアロエに、やはりこれ以上はとサトルも顔をしかめる。

 ベラドンナ荒げた声に涙が混じる。


「最低! あんたらのやってることなんて弱い者いじめじゃないよ! ちょっとルーが大人しくていうこと聞くからって、そうやって庇って構い倒して! ビビはずっと一人でやって来たんじゃない! あんたらに追い出されたときも、ビビだけは先生の仕事ずっと考えてた!」


 アロエがきつく吠える。


「黙れよ! ベラ!」


 しかしベラドンナは口を止めない。


「ねえ、勇者様、貴方ならわかってくださるでしょう? ルーは違うの、本当のガランガルの後継者はビビなのよ、お願い気が付いて」


 サトルが口を開こうとしたところで、バーベナが再びベラドンナの袖を引いた。


「ベラ! いいから、行きましょう……私たちが悪かったの、今話しかけるべきではなかった」


「……ビビ」


 また一方的に被害者ぶると吼えてかかろうとするアロエを、今度ばかりはとオリーブが口を押えて黙らせる。


「帰ってくれ……私たちも冷静ではないようだ」


 その言葉がすべてだった。

 双方感情的になり、話しに決着など付く様子は全くなかった。


 バーベナはサトルへ目配せると、日本人特有の会釈と同じ動きをして見せると、そのまま何も言わずにサトルたちに背を向けた。

 ベラドンナとアロエはたがいに何かを言いたそうにしていたが、やはり双方バーベナとオリーブが抑えたので、これ以上の言い争いにはならずに済んだ。


 静かさが戻ってくると、サトルは大きく肩を落としため息を吐いた。


「……胃が……破れそうだ」


 サトルはそういうと青白い顔でその場にへたり込み、オリーブたちを驚かせた。

 サトルの頭上で妖精たちが、心配そうにフォンフォンキュムンと声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ