9・綺麗な服と悪趣味な貴族
頭から大量の血を被り気を失ったサトルは、モーさんの背に乗せられ運ばれた。モーさんはどうやら以前よりいっそう力が増したらしく、重い謎の鉱石に加えサトルを背負っても、まるでヘタレる事は無かった。
貧血から回復しないまま、モーさんの背の上で揺られるサトル。
多少暇なこともあり、サトルは横を歩くヒースとワームウッドに話しかけていた。
「昨日初階層でしてた話なんだけど」
昨日話していたと言われても、ヒースはいくつか話したうちのどの話なのかと首をかしげ、ワームウッドはサトルの続く言葉を待った。
「もしかしたらベラドンナは、あの安っぽい色仕掛けでバーベナのパトロンを引っ張ってきたんだな? それもルーが頼っていた相手を横取りするように」
ルーはサトルに、タチバナの死後に研究の資金を出していた者たちは離れていき、最近最後に残っていた好色家の男も、別の研究者との契約に乗り換えてしまったと説明をした。
「私がもっと、女の武器使えていればと思ったんですけど、格好だけ真似ても駄目でした」とルーが言っていたその真似た相手を、サトルはカレンデュラだと思っていた。しかしカレンデュラは煽情的な恰好をしていても、本気で好意をもたない男を金のために誘うような態度は取っていなかった。
その話ならと、ワームウッドは頷く。
「ご名答」
ベラドンナとバーベナの名を聞いて、どうしても黙ってはいられないと感じたのか、カレンデュラが口を挟む。
「それとオキザリスもね……悪趣味よね」
オキザリスの性別は男であり、異性の服を身に纏い媚を売って金を出してもらっていると言うのなら、確かにそれはひどく悪趣味に思えた。
そんな悪趣味な相手の好むような恰好をして、ルーは嫌ではなかったのだろうかと、サトルは不思議に思う。
「確かに……その好色なパトロンって、どういう人だろうか?」
ルーがわざわざあんなにも胸や足回りを晒す恰好をしてまで気を引きたかった相手を、サトルは知っておきたいと思った。
カレンデュラはサトルの問いに、少しばかり難しい顔をする。
悪趣味と言った口で、悪口は言いたくないのだけどと続ける。
「パトロン自身は貴族家の長男で跡取りの予定。元は砂糖や油売りの家で、貴族位も親の代にお金で買ったと噂。基本的に道楽家で悪趣味と言われがち。でも、そういう悪趣味でも受け入れる分、貴族議会でもあまり信用されてない、むしろ貴族議会には名前だけしか所属していない相手だったらしいから、ルーもその人なら金を出してもらっても……と考えてはいたようよ」
確かに悪口と言われかねない内容だったが、それはあくまでもうわさでそう聞くだけだとカレンデュラは言う。ルーが信用した相手だからか、噂がすべてだとは思っていないようだった。
オリーブもまた、自分も聞いた話があると口を挟む。
「私も直接会ったことはないが、聞いたことがある。噂ながら確かにはっきりと聞こえるほど、その、好色というのは間違いない。ただ冒険者にもダンジョン研究にも理解を示していたような人だったようだ。悪趣味と言われているのは、社交よりも冒険者やダンジョンに興味を持ち、自分も冒険者になりたいと言っていたからではないかな?」
オリーブの話に、ケケケとどこか馬鹿にしたようにアロエが笑う。
「そういう人たまにいるけどねー。冒険者になりたかった貴族」
ルーを袖にした相手に悪意を持つのは多少仕方ないとしても、アロエの嘲笑の意味が分からず、サトルが首を傾げれば、ワームウッドがそれを捕捉し説明してくれる。
「元商人の成り上がり貴族だって言うなら、わざわざ貴族位を買う努力をした親からしたら、そんなことされたらたまらないだろうね。それに、そんなのと同じにされる貴族も」
所謂法としての貴族制度など等に無くなっている日本で育ったサトルには理解しがたいことだったが、それを政治家という職種に置き換えて考えてみる。
世襲制とは言わないが、世襲に見えるような親の努力で築いた基盤を元に活動をし、国や町を動かす議会での発言力を得ている政治家。その次の代を継ぐと目されている人間が、突然一獲千金を夢見て危険な仕事に飛び込んでいくとなると、それは基盤を築く労力を知る者からも、その基盤を維持できるように努力している者からも、ひどく奇妙で異端に見えるのかもしれない。
「なるほど……」
悪趣味と評価される理由も、アロエがそれを嘲笑する理由もなんとなくではあるが分かった気がする。
「悪趣味か。好色って評価の理由は、何か明確な理由が? 女や女装家にフラフラ金を出すことだけ?」
オリーブが頬を掻き、周囲に目を向ける。それをカレンデュラとモリーユはさっと避け、アロエとワームウッドは苦笑して躱し、ヒースはよく分からないと首を振る。
仕方ないなとオリーブはサトルの疑問に答える。
「あくまでもうわさだが……自由恋愛を標榜し、来るもの拒まず過ぎて、男にも女にも手を出す人間だと……」
「……うわ」
思わずサトルの漏らした声に、まあそうなるだろうとオリーブは納得する。
サトルとしても別に差別をするつもりはない、ただヘテロセクシャルであるサトルにとって、バイセクシャルはやはり理解しがたく、ひどく奇妙で異端に見えるのだ。
だから忌避してしまうし、受け入れることが出来ない。くわえて過去の人間関係の失敗というトラウマ。
「好色という評価の意味もはっきり分かった」
サトルはげんなりと項垂れる。
そんな相手であるならば、オキザリスにも興味を持つだろうし、サトルにとって好みでないだけで十分以上に美人と言えるベラドンナを魅力的だと思うだろう。
ただ、ルーが自分の体を張ってまで、そういう人物に接近していたというのは、サトルとしては何故か納得できなかった。
「ルーには向かないだろう、色仕掛けなんて」
吐くように呟いたサトルの言葉に、ワームウッドがくつくつと喉を鳴らして答える。
「まあねえ、向くわけないよね、ルーには」
サトルはしばらく黙った後、語気を強くし宣言咲いた。
「……これからも調査することは、全部ルーにも伝える。ルーにはルーに向いている方法で研究を続けてもらいたい」
その言葉にオリーブが足を止め、サトルを振り返る。
「構わない、ボスもそれを了承していた。むしろ私たちとしてはそれが……唯々有り難い」
オリーブはサトルが初めて会った時から、ずっとルーに頼ってほしいと言っていた。今もその気持ちは変わらないのだろう。ただルーは素直にオリーブたちを頼らない。
今ではサトルを助けることが、間接的にルーを助けることになる。それをオリーブたちは最初から期待していたのだろう。
「ルーの実績になるように頑張るよ」
ワームウッドが下から覗き込むようにサトルの目を覗き込む。
「頑張らないつもりだったの?」
からかうようなワームウッドの言葉にサトルは苦笑する。
「そんなわけないだろう。頑張るさ。頑張らないはずが無い」
だからそんなに態と煽らないでくれと言えば、ワームウッドは口の端に満足そうな笑みを浮かべて、サトルから視線を外した。
「そう、約束してるんだから」
最初から、ルーを助けると約束した。それを破るつもりはサトルにはなかった。