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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
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8・愛と勇気は友達にあらず

 サトルたちは帰路につきながら、今日発見したことを口に出し、話しをして整理をした。

 これをルーに話して、文章にまとめてもらい、さらにそれをローゼルに提出してもらう。二度手間ではあるが、できる限りルーの功績にしておきたいと言うオリーブたちの頼みに、サトルが了承をし決まった。

 元々ローゼルと長く話をすると必ず何かしらちょっかいをかけてくるので、サトルとしてもローゼルと話す時間が少しでも短くなるのは願っても無かった。

 何より、サトルにはこの世界での名誉欲という物が一切なく、どうせいずれは去る世界なのだからと、勇者としての名誉については一切考えていなかった。


「無欲なのも構わないけど、無欲すぎるのはちょっと気持ち悪いね」


 わざとらしくワームウッドがサトルに意地悪な言葉をかけるが、サトルはそうだろうなと頷く。


「そりゃあそうだろうな、普通は名誉は必要だ。他人に自分の言葉を聞いてもらうためには、名誉や信頼が必要だから。だからこそ、それは今ルーに必要なものだと思うし、俺が譲れるなら譲るよ」


 名誉も信頼も無ければ、ただ言葉を聞いてもらえないどころか、余裕のない時ならばそれは他者からの排斥にも繋がりかねない。

 ルーにはそんな苦労をさせたくないと思っていると、サトルは至極真面目に答え、ワームウッドは呆れたとため息を吐く。


「君さ、自己犠牲酷すぎ」


「それもルーに言われたな……そのつもりはないんだけど」


 ワームウッドに応えつつ、やはりそう思われてしまうのだろうかと、サトルは内心ため息を吐く。

 つもりはなくとも「幸せの王子」とまで呼ばれたことのあるサトル。元の世界でも自己犠牲と言われるような行動は多かった。それを自覚しているが、改める気はない。


 サトルは強くも無い、頭の出来も普通。ヒーローに憧れはしても、一人を除いて愛というほど他人を好きにはなれず、勇気はなく臆病で、真似できるのはせいぜいその身を切り分けることくらいか。せめて必殺のパンチでもあれば、と思わなくも無かった。だが持っていないのだから仕方がない。


「それに、自己犠牲というよりも、恩を返してる途中なんだ。ルーには助けてもらったから」


「そう言えばそんなこと言ってたねー」


 サトルの言葉に、アロエが納得をする。

 それこそいきなり着の身着のままで見知らぬ土地に連れてこられたサトルは、ルーに出会わなければ平原で命を終えていたかもしれない。

 魔法も知らない、ダンジョンも知らない、モンスターも竜も知らない、人間の命に係わるあれこれを知らない、文化やこの土地の不文律も知らない、貨幣価値や生活の知恵を知らない、知らないことだらけだったのを教えてくれたのもルーだ。


 カレンデュラがくすくすと笑い、モーさんが背負う袋を軽く叩く。


「恩を返すと言うのなら、これがいい値段付けば返せるんじゃなくて? あの子ったら、未だに出納帖とにらめっこしてるわ」


「あー、それ俺も見た」


 ヒースも頷き、自分の目じりを指で押さえて吊り上げて見せる。


「こーんな顔してたよ。結構厳しいみたい」


 さもあり何とサトルは頷く。


「そうか……そうだよなあ、まだ大分夜は冷えるし、そうなると薪代とか結構かかるしな。掃除も掃除婦この間雇ってたみたいだし」


 ルーは常々家の維持費がかかると言っていたが、それがどこにかかっているのか、サトルにはとんと見当もつかない。ただ、あの広く、調度の高そうな家の管理というのが、一般的な家庭の収支程度で済まないと言われたら納得する物が多々あった。


「そうそう、だからさ、少しでも稼いで、ルーの助けになろうじゃないの」


 そう言って、アロエが手にしていた弓を持ち上げ、素早く矢をつがえるとそのまま右前方へと放った。その射線はやや低い位置を狙っていた。

 人間の脹脛半ばから膝までの背の低い草の茂みから、ギュイイイ! と、悲鳴なのか分からない気持ちの悪い音が上がった。


「モンスター来たよ。たぶんトカゲちゃん」


 地べたを這うような低い地に身を置くトカゲと言えば、この間セイボリーがあっという間に倒していたモンスターを想定していたのだが、悲鳴の後に茂みから飛び出してきたのは、トカゲというよりも人の腰回りよりも太く巨大な蛇のような生き物だった。

 背中にはトカゲのひれとそっくりな鋭利な背びれが三枚並んで生えている。ギュイイイ! という音の正体は、その背びれが激しくこすれる音だった。威嚇音なのか、そのガラスを爪で掻くような音を蛇トカゲは放ち続ける。

 モンスターをハントする系のゲームに、似たようなトカゲと蛇を混ぜたようなモンスターがいたのを思い出す。そのモンスターと同じように、目の前の蛇トカゲもよく見れば手足のような物が付いているのが分かった。


 ガザガザと草をなぎ倒しながらサトルたちへと迫る蛇トカゲ。

 サトルはこの中で一番自分が戦闘に向かないだろうと、逃げるように背後に下がった。


「はあ!」


 蛇の軌道上にオリーブが戦斧を振り下ろす。しかし蛇はそれが見えていたのか、素早く体を歪め斧の腹に自分の体を擦り付けながら回避する。ギャリギャリと金属同士がこすれ合うような激しい音。

 サトルはたまらず耳をふさいでしゃがみ込んだ。


 蛇トカゲはどうやら知性のあるモンスターらしく、一連の行動で、サトルがこの中で最も弱い存在だと認識したらしい。

 蛇トカゲがオリーブやカレンデュラたちを迂回し、サトル目掛けて突き進む。

 アロエがさらに二本矢を放ったが、どちらも躱されてしまう。目視で認識し避けているようだった。


 サトルはその動きを見て驚くと同時に、だったらと自分の周囲で指示を待つテカちゃんに命じる。


「テカちゃんトカゲに最大光力で目くらまし、三数える間!」


 サトルからの指示にすっかり慣れたらしく、その言葉通り、テカちゃんは迫りくる蛇の前に躍り出ると、自分の最大の光を放ち、蛇トカゲの目をくらませる。


「一、二、三!」


「でやあ!」


 サトルが数を数え終わった途端、オリーブが蛇トカゲの頭上に戦斧を振り下ろした。

 ゴギャン! と生物らしからぬ音を立て、狙い違わず蛇トカゲの首を切断するオリーブ。


「サトル! 避けるんだ!」


 オリーブがサトルに向かって叫ぶ。

 蛇トカゲは首を切断されて終わりではなく、首を失ってなお、そのままその場で体をくねらせ激しく暴れた。その暴れる尾を押さえつけるためにカレンデュラとアロエが飛び付く。

 すでに死んでいると言っても過言ではないはずの蛇トカゲの体は、しかしながら二人の女の体を持ち上げるほどに力強い。

 駄目押しとばかりに、その暴れる蛇トカゲの尾にモリーユが取り付き、いつの間にか取り出していた短剣を突き立てる。


「黒い契約の元、貴女に命じる。眠らせて、とこしえに」


 それがどのような魔法なのかサトルは知らなかったが、サトルの目にはモリーユの掴む短剣が僅かに黒い靄のような物をこぼしたのが見えた。

 その瞬間、蛇トカゲの体がドサリと地面に落ちた。引きずられるように、カレンデュラとアロエも地面に伏せる。


「……あー、骨折れる。このトカゲちゃん毎回こうだよね」


 疲れたとぼやくアロエに、オリーブが朗らかに笑う。


「だがおかげでいい土産が出来た」


 どうやらこの蛇トカゲはそれなりに収入になるモンスターらしい。

 しかしそれがどういう理由なのか、サトルは聞くことができなかった。


 サトルは断面から噴水の様に噴出した血を浴び、そのままその場で気を失った


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