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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
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5・平常が異常

 ダンジョンの水没したホールの調査を初めて二日目、今日の目的地は「青と緑の地平三号」だった。ワームウッドは大きくため息を吐く。


「正直、苦手なんだよね……」


 そう言うワームウッドの手には、虫避けのための匂いのきついコロン。

 それを見てオリーブとカレンデュラは不思議そうに首をかしげる。


「私は嫌いではないが」


「そうね、強い匂いではあるけど、そんなにきついかしら?」


 逆にアロエは耳の毛を逆立て、顔面一杯に嫌そうな表情を浮かべる。その後ろでモリーユも同じような表情だ。


「きついってー、スッゴイきついよ、鼻の奥ツーンってするもん」


「……嫌い」


 普段口数の少ないモリーユですら、はっきりと苦手を公言している。


「シャムジャは苦手でラパンナは平気な匂いなんだろうか?」


「だと思う……アンジェリカも嫌いじゃないって前言ってたし」


 サトルの素朴な疑問に、多分ねと渋い顔のヒースが答える。

 今日もメンバーは七人、アンジェリカとルーは留守番だ。


 目的のホールまでは初階層から伸びる通路を使えばすぐに行くことができた。

 そのホールで匂いを嗅いで、なるほど確かにこれは昨日の水没していたホールに感じた違和感と似ていると、オリーブたちは納得した。


「青と緑の地平って付いてるホールは他にもあるよな。宝石の浜があったところにはいけるだろうか?」


「問題ない、ではそちらにも足を延ばそう」


 目的はホール内の水没の確認。この青と緑の地平三号ホールは、サトルがセイボリーやマレイン達と訪れた時とほとんど変わらず、水にも濁りは無く若干波が高い以外何の問題も無かった。


 しかし、宝石の浜があった場所へ行くと、そこは入り江に降りるための斜面がほぼほぼ海に沈んでいるという、異常な状態だった。


「これじゃあ宝石探しできないね」


 と、ワームウッドは軽く言うが、その表情は硬い。


「ここってどれくらい高さあったの?」


 元入江だった場所を覗き込みアロエが問う。


「どれくらいだったかな。少なくともルーの家よりも高さがあった」


 サトルははっきりと覚えていなかったが、ワームウッドはそれよりも詳しく覚えていたようで代わりに答える。


「二十メートルは無いかなってくらいだよ。かなりここは高低差があった」


 サトルはルーに持たされた一メートルほどの定規を水の中に差し込む。この入江周辺には泥などの流入は無いようで、青っぽい緑色の水面は透けているようだが、三十センチほ下に行くとすぐに光が届かなくなっていることが分かった。

 横から覗き込んでアロエは渋い声で呟く。水が濁る事の意味を理解しているのだろう。


「透明度は高くないんだ」


「前に来たときは、海底まで見えそうなほどに澄んでいた」


 サトルの言葉に、ならばと問うアロエ。


「匂いは潮の匂いだよね。水の流れは?」


 これにはヒースが地図を広げ、ワームウッドがその地図を指しながら答える。


「ここはどこから流れてきているかはっきりしているからね。流れ込んでいる水をさかのぼろう」


 サトル、アロエ、ワームウッド、ヒースの四人で水の様子を観察し、行動を決める間、オリーブ、カレンデュラ、モリーユは周囲に気を配りモンスターが現れないかを警戒していた。

 昨日もそうだったのだが、どうにも動物の気配も異様に少なく、モンスターもほとんど出てくる様子はない。

 確実に何かが起こってはいるようだ。


 ワームウッドが示した海に流れ込む位置にある川を目指し進むサトルたち。ホール一つが町一つほどの広さがあるので、移動にはかなり時間がかかった。

 水の流れを考え、高台から回り込むようにしていたのも問題だ。


 青と緑の地平は、内陸にあるガランガルダンジョン下町でも、海の恩恵を受けられるホールなので、一般人の利用もありかなりしっかりと調査が入って地図が作られていたが、それがまさかこんなところで役に立つとは思わなかったと、ワームウッドは苦笑する。


「一般利用が多いわりに、今回以上の発見が遅れたのは何故かしら?」


 カレンデュラの疑問に、オリーブが答える。


「この間崩落したばかりで、立ち入りに制限がかかっていたんだ」


 しかもサトルたちの今いるホールは、ヤロウ山脈の下部にある縦穴から直接中に行くことはできても、初階層からは直接行くことのできない場所。

 立ち入れないのに時間をかけて様子を見に行く者もいなかった結果、他のホールにも影響が出始めてようやくと言う事なのだろう。


 しばらく川を迂回しながら進んでいたのだが、川の源流に向けて進むうちに、背の高い草地から、木々がまばらに生える林へと移り変わっていった。

 林は徐々に密度を増し、ほぼ森と言っていいほどになり、獣道を無理やり鉈で切り開きながらあるく必要が出てきたので、向かう方角を調整しようかとワームウッドが立ち止まる事を提案する。

 ワームウッドに従い足を止めたサトルたちの耳に、ゴウゴウと唸るような水音が聞こえてきた。

 サトルは目に見えて顔色を悪くする。


「大丈夫かサトル殿?」


 水音だけでここまで顔から血の気が引くとは思わなかったと、オリーブが心配そうに手を貸そうとするが、サトルはそれを固辞する。

 代わりにモーさんに寄り掛かる。するとモーさんはそのままサトルを背に乗せようと屈んだ。


「大丈夫だ。これくらいならまだ……」


 乗る必要までは無いよとサトルが言えば、モーさんは無理はしないでとばかりに、モーと不満そうに鳴いた。


「分かった……アロエ、少し高い位置から見てくれ。できるだろうか?」


「問題ないよー」


 これ以上水音には近付かない方がいいだろうと、オリーブが指示を出し、アロエは近くのひときわ高い木にするすると登っていく。

 木々の頭越しに水音の方を見やるアロエ。その表情は見えなかったが、サトルたちの頭上に振ってくるアロエの声は、かなり動揺しているようだった。


「ひゃー、うわー……ここも増水酷いね。それとめっちゃ危ないっぽいところあった! 近付かずに遠目にたどった方がいいかも」


 近くに行けば流されることを避けられないだろうねとアロエは言う。また「危ないっぽいところ」というのも、一体何を見たのかまでは分からないが、離れても聞こえる水音の理由になり得る光景か、それ以上に異常な何かがあったのだろう。


「一応危ないっぽいところ、というのも確認したい。近付ける限りでいい、アロエ、案内を頼む」


「うーん、まあ仕方ないか。じゃあちょっとだけね」


 オリーブはあくまでも調査は必要だと言い、アロエは木から降りてくると、不承不承頷いた。


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