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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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5・プリンとサトルとタチバナと

 妖精たちに名前を付けた翌日、朝。

 サトルは早速ニゲラのためにプリンを作った。


 卵はルーの家では裏手で大量に鶏に似た鳥を飼育しているので、手に入り放題。牛乳は早朝売りに来るのでそれを多めに買った。砂糖は最近になって精製糖をルーが買い置くようになったので、それを使った。

 精製糖は糖を取るためのシュガースケイルの殻よりも扱いやすく、サトルとしても有難かった。


「しかし、こんなでっかい砂糖の塊なんて海外の時代劇の中くらいの物だと思ってた……思ってた以上に硬いし」


 精製糖の塊は三角コーンのような見た目で、重さで言うと五キロはありそうだが八キロは無い位。それ一個でルーとサトルの一月の食費が軽く飛ぶくらいはするらしい。

 しかしその精製糖を買うための代金は、サトルの作る菓子目当ての下宿人たち一同からのカンパだと聞いていたので、使うのに一切の罪悪感は無かった。


「良いように利用されてる気もするが……まあ利用される内が花だな」


 そう言いながら、サトルは木槌でガンガンと砂糖を叩いて割る。なかなかの力仕事だ。

 散らばった破片をキンちゃんたちや炊事場に住み着いている妖精たちが拾い集めつつ、ちょっとだけつまみ食いしている姿はとても愛らしい。


「……うん、悪くない」


 ただし、いまだに塩は安い精製の荒い物を使っているので、その内精製した塩を購入しようとサトルは心に決めていた。


 そして朝食にそのプリンを出してみたのだが、どうやらプリンはすでにタチバナが彼らに振舞ったことがあったらしく、懐かしいと言いながら、皆喜んで食べた。

 しかも焼きプリンも蒸しプリンも両方作ったことがあったらしく、一発で今回のプリンが蒸しプリンだと言い当てられたほどだ。


「俺のライバルはタチバナなのかもしれない」


 至極真剣に呟くサトルに、ルーが溜まらず吹き出す。


「先生はかなりの料理上手でしたよ。目新しい物も良く作ってました。そんな先生に勝てるでしょうか?」


 自分の身内自慢でもするようにルーがそう言うので、サトルはすこし不機嫌そうに目を細める。

 確かにタチバナはサトルよりもこの世界に長くいたため、料理の腕もさることながら、食材について熟知し、この世界でサトルの元居た世界の料理を再現することに長けているようだった。

 全てではないがタチバナの残されたレシピを見て、サトルはその力量を十分理解していた。


 しかし、サトルにはタチバナよりも一歩進んだアドバンテージがあった。


「ゼラチンを使った料理を、タチバナは作っていた?」


 サトルの問いにルーはきょとんと首を傾げる。ゼラチンを料理に使う、というイメージがわかなかったのだろう。


「ゼラチンですか? ええっと……歯固め用のグミを、果汁の味で作ってくれたことはあります」


 それは昨晩ニゲラからすでに聞いていたことだったの知っていた。サトルの元居た世界では海外でもポピュラーな、あのクマのグミを再現した物を、タチバナはルーに与えていたのだという。


「歯固め用の味付けの無い奴を君が嫌がったんだろ?」


「何で知ってるんですか!」


 まさかサトルがそんなことを知っているなんてと、ルーはびっくりしたように毛を逆立て頬を赤くする。どうやらあまり知られたくなない恥ずかしい思い出の類だったらしい。


「あてずっぽうに言っただけだよ」


 まさかニゲラに聞いたとも言えず、誤魔化すサトルに、ルーは疑うような目を向ける。


「サトルさんて、時々すごく詐欺師っぽいです」


「だろうな、俺は君よりもっと嘘吐きだから」


 そう嘯くサトルに、ワームウッドが「それこそ嘘っぽい」と茶々を入れる。


「本当だ……俺は君らが思うほど誠実じゃないぞ? って、今何を言っても嘘か本当彼の水掛け論にしかならないな」


 嘘吐き談義はこれでおしまいと、サトルは話の矛先を変える。


「そうだワームウッド、そのゼラチンがどこで買えるか知ってるか?」


 サトルに問われワームウッドは食べかけのプリンをテーブルに置いて首を傾げた。


「ゼラチンを? 何に使うの? さっき言ってた料理?」


「ああ」


 サトルの答えに、ワームウッドは口が横に裂けたのではないかと思うほどに深く笑い、ニヤニヤと問う。


「へえ、面白いことする?」


 出来ると言う確証は無かったが、以前やってきたことを考えれば可能だろうとサトルは感じていた。


「まあ、面白いかどうかは分からないけど、俺が氷を作れるから、たぶんできると思う……」


「ふうん、それはそれは」


 何をするかはわからないが、何か面白そうなことをするのだろうと、ワームウッドの目が輝き尾が愉快そうに振られる。


 そんな二人の会話に、横からするりと挟まれる声。


「その計画、我々も参加しても良いでしょうか?」


 ルイボスがわざわざ席を立ち、そう声をかけてきたことに、サトルのみならずワームウッドも少し驚く。


「先生が乗り気なのは、最近では珍しいですね」


 ワームウッドの言葉に、そうですねと頷き、ルイボスは答える。


「ゼラチンをどう使うのか、気になりましてね」


 そこまで期待されることではないと、サトルはすこし慌てて答える。


「たいして面白いかはわかりませんが」


「いえいえ、確実に面白いでしょう」


 しかし間髪入れずにルイボスは断言する。

 その確信はどこから来るものなのだろうか。


「ルイボスさんも結構そういうことに興味があるんですね」


 以外だと言うサトルに、そうでもないとルイボスは返す。


「タチバナの友人は皆このようなものだと思いますよ」


 サトルと同じ世界からこの世界に来たタチバナ。彼女が今まで何をしてきたのか、そのすべてをサトルは知っているわけではないが、それでもタチバナの名は時折強い信頼とともに耳にする物だった。


「そうなのか?」


 ルーに問えば、ルーはその通りですと、自信満々に答える。


「はい、先生の周りは好奇心の強い人が多かったです」


 ルイボスもその言葉を肯定する。


「彼女は常に、新しい発想と意外な発見をする人でしたからね」


 自分たちの好奇心を満たしてくれたタチバナ、それと同じような存在だとサトルを思っているのなら、彼らの信用や信頼はサトル個人だけの物でなく、タチバナの物でもあるのだろう。


「なるほど」


 タチバナがこの世界で目新しいと思われるようなことをしていたのは、きっとサトルたちの元の世界の技術と、それによって近世に発見された現象や確立された知識の影だろう。

 冷蔵庫や冷凍庫のある世界の人間であるサトルが、冷蔵菓子やアイスを作ろうという発想に至る様な物だ。


 しかしサトルの様なチート級の精霊魔法をタチバナが行使していたとは聞かない。

 元の世界のようなインフラがなくても利用できる物を利用して、その新しい発見をしてきたのだとしたら、やはりタチバナという人物は、サトルよりも一枚も二枚も上手な人物だったんだろうなと、サトルはしみじみ思った。


「先達の残した信頼だけは、傷つけないようにしないとな……」


 タチバナの残した信頼を、少しばかり重荷に思いながら、サトルは服の上から胸を押さえた。


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