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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
69/150

4.5・旅立つ鳥のナッツのクッキー

読み飛ばし可。

 ニゲラが残した「日本語で書かれたメモ」を見ながらサトルは独り言を口にする。

 キンちゃんやギンちゃん、ニコちゃんなどの妖精たちが不思議そうにその手元を覗き込むが、彼女たちにも日本語は読めない。

 このメモはサトルとニゲラだけの秘密のやり取りだ。


「ナッツはこの分量でいいのか。ようやくだな。あと……ココアは、使えそうで、アイスボックスクッキーも比率ほぼこれで確定でいいか。ジャムのクッキーと市松のクッキー懐かしかったね。この辺りは結構はっきりタチバナの記憶あるんだな。……キンちゃんたちはどうだった?」


 サトルはメモをルーからっ貰った手帳に挟み、キンちゃんたちに問う。サトルやニゲラが美味しいと言っても、この世界の人間の口に合うかはわからないからと、味に自信はありつつも一応聞いてみる。

 キンちゃんは嬉しそうにフォーンと、ニコちゃんもフォンフォンと相槌を打つが、ギンちゃんは少しだけフォフォンフォンと何かを伝えたい様子。


「美味しくなかったかな?」


 問えばギンちゃんは首を振り、フォンフォンと鳴きながら飛びまわって小さい円を描く。そして次は先に描いた円よりも大きく円を描く。


「もしかして、もう少し大きい方が良かった?」


 フォーン! と嬉しそうに鳴くギンちゃん。どうやらよほどサトルの作ったクッキーを気に入ったらしい。


「うん、美味しかったなら何よりだ。そうだニコちゃん、明日は一緒に来てくれるか? さすがにちょっと財布が心もとなくて」


 気に入ったならもっと作ろうと思えるが、それには材料費が必要だ。そういう時に金銭に換えることのできるアイテム探しをしてくれるニコちゃんはとてもありがたかった。

 サトルからの要請にニコちゃんは任せておけとばかりにフォフォーン! と力強く鳴く。


「ありがとう、もっと多く作らなくちゃな」


 ここ最近サトルはクッキーばかりを作っていた。

 もちろん他にもルーでも作れそうな料理を考え、工程を簡単にできるところはないか、失敗をさせずにつくれる分量は無いかと試行錯誤はしている。しかし、それ以上にサトルは日持ちしそうな焼き菓子を頻繁に作っている。


「これなら瓶に詰めておけば、日持ちもするし、持ち運べる。なにより……タチバナもよく作っていたみたいだから」


 サトルが今作っているクッキーのほとんどは、タチバナのレシピを元にしたものだった。ただし、ココアやちょっと珍しい食材を作った物は無く、アイスボックスクッキーのような冷蔵技術が必要だった物もない。これはサトルのオリジナルだ。


 クッキーに拘るのは、ルーが仕事にかまけて管理を怠ったとしても、クッキーならば妖精たちも食べるだろうし、悪くさせる前に食べきれるだろうというのが、理由として大きかった。


「そう、日持ちが肝心だ……しっかり焼いて水分を抜いて、湿気が来ないように管理する。一週間以上は食べ続けられるようにしておくよ」


 自分たちのためのクッキーと聞いて、妖精たちは少し不思議そう。別に食事はシュガースケイルをそのままかじるだけでも構わないのだ。何だったらジャムの瓶を一本与えてもらうだけでもいい。

 それを訴えるようにフォンフォンと鳴くキンちゃんたち。


「できれば、皆で同じもの食べたいんだよ。キンちゃんたちも家族みたいなもんだし。それにちょっと実験みたいで楽しいんだ。こっちの世界で今までできていなかったとをやってみるって……難点は、俺の知識がたりなくて上手くいかないことも多い事なんだけど、それもまた楽しいから良し」


 サトルの言葉に妖精たちも、サトルが楽しいのなら止める理由は無いかと納得する様子。


 サトルは自分がクッキーを作り始めた十数日前を思い出す。

 タチバナのレシピを読み漁り、自分でもすぐにできそうだと思う物をピックアップし、ちょうど集めていた材料と合致する物を見つけて作り始めた。


 卵、牛乳、小麦粉、砂糖、バター、この基本が揃っているのはありがたかった。他にもこの周辺ではリンゴの仲間の果物がそこそこ種類豊富で、その中にアーモンドがある事、ナッツとしてもミルクの代替品としても、小麦の代わりの嵩増しの食材としても使われていることなど、面白いことを知ることができた。

 アーモンドの粉末とオーツ麦の入ったクッキーは、栄養価も高く、タチバナはダンジョンに持って行く保存食にもしていたらしい。


 これは本当にサトルにとって衝撃だった。

 ルーの作った塩のクッキーは正直パンの代わりにしても美味しいとは言い難く、確かに塩気のあるスープと一緒に食べれば、腹は膨れて活動に必要なエネルギーになる感覚は有った。

 不味いと言い切るほどでもなく、美味しいとも言えないあの味に比べて、試作しているナッツのクッキーの味の美味さ。初めて作って食べた時、サトルはちょっと感動すらした。


 しかしながらこのタチバナのレシピは、分量、工程、更に保存方法と、日持ちのだいたいの日数迄「日本語で」メモしてあったので、ルーには作ることができなかったようだ。


 自分が不慮の事故で死ぬとは思っていなかったのだろう。いつかきちんとした形で残すつもりはあったようだが、それでも、それはまだ今じゃないと思っていたようだ。


 サトルにはその気持ちがよくわかった。

 今やるべきとは思っていなかった。


 元の世界に残してきた、友人や後輩、会社のバイトの子らのことを考える。


「こんなことになるなら、菓子作りについてももっとよく調べておけばよかったな……あいつらにも、ちゃんと食べさせて……いや、今は……考えなくていい。目先のことを、一つ一つ、クリアして……帰ってからだ。帰ってから、できなかったことをしてやろう」


 思い出にふけりそうになる心を振り払うため、サトルは大きく首を振る。

 びっくりしたのか、ギンちゃんが少し怒ったようにフォフォンと鳴いた。

 キンちゃんは不安そうに、フォーンと鳴いてサトルにすり寄る。


 キンちゃんはサトルが帰る、という言葉を使ったのが気になるのだろうか、サトルの左手の方へと降りていくと、手の甲に自分の手を置き、もう一度フォーンと鳴く。


「ああ……いつか俺も元の世界に帰るから、ルーが困らないようにしておきたい。混ぜて形造って焼くだけなら、ルーでもできるだろ」


 今度こそこのレシピを、タチバナの思いとサトルの感謝の気持ちを、ルーのために残したいと、サトルはレシピを書くために必要な、この世界の文字、単語を調べ始めた。


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