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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
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3・笑顔の泣き顔

 ダンジョン内の水没と聞いて、サトルは最初ホールが満々と水に満たされている状態を想像していた。しかし実際はホール内の水位が上がり、足首まで水に浸かる、程度の増水だった。

 ダンジョンに潜って初日、サトルたちは三つのホールを回り、水位を確かめ、その日のうちにダンジョンを出ることにした。

 ただ気になることがあったので、翌日もう一度ダンジョンに潜り、今度は海のあったホールの状態を確かめると決めた。


「水が、若干磯の匂いがした気がするんだよ」


 そうサトルが言ったのだが、その匂いはとても薄く、確かにオリーブたちも違和感を感じてはいたが、サトルほどはっきりとそれを磯の匂いと言う者は無かった。


 ダンジョンからの帰り、初階層に出たところで気を緩めたヒースがサトルに尋ねる。


「磯の匂いって、そんなにはっきりわかる?」


「分かるよ。というか、川の泥と混じったような、汽水域の匂いって感じだった」


「キスーイキって何?」


 海をダンジョンでしか知らないからだろう。川の淡水と海の海水が混じる場所の呼び方を、単語ではなく音として聞いたようだ。

 ちらと先を歩くオリーブたちを見れば、顔は正面を向いているが耳はサトルたちの方を向いていたので、どうやら彼女たちも汽水域という言葉が気になっているらしい。

 サトルは小さく笑って説明するための言葉を考える。


「海の水が塩辛いのわかるか?」


「分かる分かる」


「水の中に溶け込んでる物質があると、水の比重ってのが変わる、これは理解できるか?」


 物が溶けるという原理、溶質と溶媒の原理を理解はしていないらしい。ヒースは首をひねる。


「うーんよくわからない」


 原理を理解していないなら、見たままの単純な状態を説明するだけでいい。


「分かった、なら単純に言うと……川ってのは全て海に向かって流れていく、その川の水と、塩辛い海の水が混ざっている所ってこと。川の水と塩辛い水とじゃ住める魚が違うんだが、その汽水域だと川と海どっちにも行ける魚がいたりする」


 サトルの説明でどこまで理解したかはわからないが、なるほどと一応の理解を示すヒース。


 そんなサトルたちの話を聞いて、アロエが不思議そうに振り返る。


「ねえねえサトルっち、川って本当に全部海に流れてるの?」


「というか、低い所に流れる、だな。池だったり地下だったり、とにかく水は低い所に流れていく。水以外の物質も、だいたいは低い所に行こうとするけど、摩擦が有ったり、物質同士が引っかかってたり、重さがあって動きにくかったり……水ほどスムーズに動かないから、だいたいは水だけが低い所に……何だよその顔」


 サトルの説明を聞いていたアロエは、ポカンと口を開いてサトルを見るばかりで、相槌も無い。自分の説明がどこまで通じて、どこまで通じていないのかわからず、サトルは不安になる。


「サトルって学者ではないんだっけ?」


 代わりにワームウッドが、サトルに問う。サトルはそうだと答える。


「学者じゃない。でも俺の国では、読み書き計算や、基本的な政治の仕組み、簡単な守らなきゃいけない法律、その他博物学のようなことを義務で習う。正直生きる上で必要ないと感じるようなこともあるけどな」


 この世界に来て何度か話したことを繰り返し、サトルはすこしだけため息を吐く。

 寧ろ学校で習ったことは、習っただけではあまり意味は無かった。少なくともサトルにとって高校の頃までは、座学はただの文字列で、それを頭に詰め込んだとしても実感は伴っていなかった。

 そんな実感の伴わない知識を使う場所があるはずも無く、この世界に来て寧ろ以前より知識という物を実感できたくらいだ。


「うん、何で川が流れるのかって、知ってる必要なさそう」


 アロエはサトルの言葉を肯定する。

 しかしそれもまた違うのだとサトルは言う。


「いや、川が流れる理由はかなり大事だ。何で流れるのか、流れる方向はどちらか、そして流れた結果どうなるのか……これは何か知らの災害があった時に薄っすらわかってるだけでも大違いなんだ。川が増水したら高い所に逃げる理由は、川より高い所だとそちらには水が流れないからだ」


「まあそうだよね。それは感覚としてわかる」


 ワームウッドの相槌に、それだけじゃないとサトルはいつになく饒舌に語る。


「水が流れるのは摩擦が少ないから。大量の水があると、他の物質の摩擦も軽減されて大量の水と一緒に流れ出す。だから大雨が降ると川に土砂が流れ込む。それでもし川という一定の道順が示されてる水の流れる通路がふさがったら、今度は水は分かれて流れる。分かれて流れた時水は低い方に流れるから、川が溢れたらより高い所へ。そうしないと危険だ」


 水がせき止められて溢れる、これについては多少なりとも実感を伴った現象を見た覚えがあるのだろう、ヒースが頷く。


「他にも理由はある。さっき水の比重の話をしたけど……水には物を浮かせる力がある。水は摩擦を緩和するだけでなく、物を浮かす力があるから、より重い物でも流してしまう。だから流木や大きな岩だって流れるんだ」


 それでも浮力や摩擦話はあまり実感が伴っていないようで、誰も相槌は無かったので、サトルはいい加減にしておくかと息を吐く。


「その顔、誰も理解してないな……」


 理解してほしいわけではなかったが、どれほど水が恐ろしいのか、サトルとしてはもう少し語りたいところがあった。

 知っているからこそ怖いと思うこの気持ちを理解してほしいと、勝手な我儘だと分かっていながらサトルは考えてしまった。

 サトルはこんなのエゴだよなと内心ため息を吐く。


 俯いたサトルの肩に、オリーブが手を置いた。サトルが顔を上げると、オリーブはサトルに向け真剣な顔で答える。


「いや、理屈は理解できなかったが、サトル殿が何故水を怖がるのかは理解できた。重い物すら流すのなら、人間の様に軽い生き物はあっさりと流されそうだ」


 そう、人間は流されやすい。流されてしまったら遺体の回収すらままならなかった。流れる方向を把握していてもだ。

 サトルは思い出しますます顔を暗くする。

 そんなサトルの背を、アロエが思い切り叩いた。


「い……何するんだ」


 痛みに息を詰まらせ抗議するサトルに、アロエは悪びれなくえへへと笑って返す。


「いやあ、何かサトルっち暗い顔してたから」


 そんな理由でかと呆れるサトルに、アロエはやはり笑顔のまま答える。


「今の話を明るい顔でするのは無理だろ」


「かもね、でもさ、できればサトルっちには笑っててほしいじゃん?」


 とても単純な理由で、理屈も知識も必要のない、明確なその感情論に、サトルは一瞬ポカンとしてしまう。


「確かにな、サトル殿はもう少し笑った方がいい」


「僕もそう思うよ」


 そんなアロエの単純明快な言葉に、オリーブやヒースが同意する。


「そうよねえ、笑うっていいことだと思うわ」


「たまにはアロエに賛成」


「……」


 カレンデュラ、ワームウッド、モリーユまでもが、サトルにもっと笑えと言う。


「無茶を言う……そんなにすぐには笑えないだろ」


 嫌な思い出があったのだ、それを思い出したのだから、笑うなんてすぐには無理なのにと、サトルは泣きそうな顔で苦笑した。


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