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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
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2・不穏と不安

 ダンジョンの中というのは、いつ訪れても不思議に思う。サトルは高い天井を見上げしみじみと感じていた。

 洞窟の中だというのにそこには風を感じ、室外のような開放感があった。

 そしてその風が、今回はいつもよりも冷たく、黴か泥のような匂いが混じっていることに気が付いた。


「嫌な予感しかしない」


 そう呟くサトルに、ワームウッドが嫌な事を言わないでと呆れる。


「君のその嫌な予感って当たりそうで、こっちも嫌なんだけど」


「そりゃあどうも」


「褒めてないよ」


 サトルとしてもこの予感は当たってほしくは無いのだが、そもそもダンジョン関連で嫌な予感がするときは、常に異常が起きているという前提でその中や付近にいた時だったので、高確率でサトルの嫌な予感は当たってきた。

 今回もダンジョン内部で異変が起きているという事から、妖精やサトルが見て何かしら理由がわからないか、という駄目元感覚での調査となった。


 今回のメンバーは、サトル、オリーブ、カレンデュラ、アロエ、モリーユ、ワームウッド、ヒースの七名と少ない。

 セイボリー達は今パーティーを解散させていることもあり、クレソンやバレリアンは他所のパーティーで助っ人をしていることや、水生の魔物に対してあまり効果の無いテイマースキルのアンジェリカは、不測の事態の時に足手まといになりかねないからと、ルーと一緒に留守番となったからだ。


 調査と言っても、目視と妖精たちの反応を見るだけ、ということで、この人数でも問題は無いだろうと考えていたが。


「崩落でもしそうという事?」


 カレンデュラがサトルの言う嫌な予感の内容を確かめるが、サトルはその嫌な予感を正しく言葉にできない。

 ただ視線を送った先では、ロバほどのサイズとスリムさになっているモーさんの上で、妖精たちがフォンフォンキュムキュム、プクプクと騒いでいた。


「ではないかな……ただ、うん、異常なのは確かだ」


 いつになくソワソワしている妖精たちの様子に、確かにこれはと、カレンデュラは納得する。騒ぐ妖精たちは、カレンデュラが自分たちを見ていると気が付き、フォンフォンと何かを訴えるように鳴いた。

 その中に一匹、カレンデュラには馴染みの無い妖精がいた。

 ガラスのビーズに紐を通してまとめたような、葡萄状の透明な体をしたその妖精は、カレンデュラの視線から逃げるように、するりとモーさんの腹の下へ張り付いた。


「……この妖精は、一体?」


 今まであまり人前に姿を見せなかった泡の粒のような妖精に、カレンデュラは興味を示すが、当の妖精はあまり人前が好きではないらしく、角度を変えて覗き込む視線から器用に逃げていく。


「プクちゃん。どういう妖精なのかは分かっていないけど、前に潜った時は全く気にするそぶりも無く留守番をしていたのに、今回は自分から付いて来ているから、人間の言葉は分かるんだと思う」


 プクちゃんは一月以上前にダンジョンの海モドキのあるホールで出会った妖精で、それからずっとサトルについて来ていたが、何故か人の前には出たがらなかった。 

 ただこの妖精は水に執着があるらしく、サトルが自室に水差しを持ち込むと、そこに入り浸ってじっとしていることが多かった。

 そんなプクちゃんが、今回は何故かサトルと一緒にダンジョンに潜るというのだから、やはり水関係で異常が起きているのかもしれないと、サトルは思っていた。


「この子が水に反応するってのは分かってるんだ。今日本人の意思で付いて来たってことは、何かあると思って間違いないかな」


 サトルの言葉にプクちゃんは、炭酸がはじけるようなシュワシュワという音を立てて同意する。


 妖精の反応を見て、ならば気を引き締めようと気負うオリーブ。


「分かった、ならば我々も極力気を引き締めていこう」


 しかしそんなオリーブに、アロエがけらけらと笑って、むしろ気を抜いたことが無いではないかと茶々を入れる。


「姐さんがダンジョン内で気を抜くことって無くない?」


 その横でモリーユも無言でうなずいているので、皆のオリーブへの評価としては妥当なのかもしれない。

 しかしオリーブは至極真面目に、そんなことは無いぞと返す。


「初階層では一応抜いている」


 オリーブでも気を抜くと聞いて、地図の確認をしていたヒースが驚いたように顔を上げる。


「そうだったんだ。そう言えばなんで初階層ってそんなに安全なんだろう?」


 そう言われてみればとオリーブも首をかしげる。どうやらあまり諸階層のことについて詳しくないらしい。冒険者なのにとサトルも不思議に思う。


「理屈は分かっていないが、何かしらあるんだろう……何百年もここは安全な地帯だと考えられているのだから」


「そういうのって調べないのか?」


 それに答えたのはワームウッド。元々ダンジョン研究家でルーの師であったタチバナに拾われたというワームウッドは、ダンジョンの研究について時々普通の冒険者の知らないことを知っている。


「本当はそういう事も研究した方がいいらしいんだけどね、そんな分かり切ってる安全の理屈に、金を出してくれる人はいないから、誰も研究しないんだよ」


「ああ……そういう」


 金が出ないと研究もできない、それはサトルの元の世界でも同じことだった。どこの世界も世知辛い物である。

 ルーなど特に、大きな家を受けつでこそいるものの、その家の維持にすら困窮している時期があり、自分の食い扶持を稼ぐために多少の無理をしていた時に、サトルと出会ったのだった。

 まだほんの数か月だが、当時のルーは余裕が無かったよなとサトルは思い出し苦笑する。そして若干思い当たることがあり、一人で納得する。


「あ、そうか、だからあの時ルーは」


「どの時?」


 サトルの独り言を拾い、アロエがサトルの顔を覗き込み問う。


「いや、最初に会った頃ルーは結構恰好がきわどかったけど、それがパトロンを引き留めるためみたいなことを言っていたなと」


 カレンデュラも覚えがあるのか、困った子よねと苦笑する。


「ああ、それね……頼ってくれてもよかったのに」


 当時はオリーブたち、とりわけアンジェリカがルーに自分たちを頼れと何度となく言っていたようだったか、ルーは自分でどうにかしなければならないと気負うばかりで、オリーブたちを頼ろうとはしていなかった。

 その理由としては、オリーブたちの背後にいる互助会の会長であるローゼルを懸念していたことや、ルーの立場がそうそう人に頼って弱みを握られるべきではない事、友人であるオリーブたちに迷惑をかける事をルー自身が嫌っていたというのもあってだろう。


 そのため、どういう相手かはわからないが、色仕掛けで十分金を出させることができる相手と知り合い、ルーは少ない身銭を切って胸元の開いた服を着ていたらしい。

 今ではすっかり首元を詰めた、研究や作業のための服装をしている。


 色仕掛け用の服よりもよほどそちらの方がルーには似合っていると、口に出しこそしないものの、サトルは思っていた。

 カレンデュラやローゼルのように仕草もあって妖艶に見えるもの。付け焼刃の色仕掛けなど、よほど単純な相手でなければ無理だろう。

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