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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルは臆病者である」
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1・水と竜

 サトルは雨が嫌いだ。それも急に降り出す雨は死ぬほど嫌いだ。

 その日は前日の昼過ぎから雲行きが怪しくなり、急激に雨が降り出したせいで、サトルは一歩も外に出ることができなかった。


 目に見えて顔の白いサトルに、ルーは何があったのかと慌てたほど。

 サトルはリビングルームのソファに体を預けてあまり気にかけてくれなくてもいいと返す。


「……雨が降ると頭が痛くなるだけ」


 それだけだからと言うサトルに、しかしルーは明確に顔色を曇らせる。


「それは困りました。この時期はよくヤロウ山脈から風が吹き下ろすように吹いてきて、雨が降ることが多いんですよね。サトルさんしばらく雨が降る日が続きますけど、動けませんか?」


 どうやらこの世界のこの地域には、日本で言う梅雨に類する雨季があるらしい。

 ただ雨が降るのではなく、急激に激しく降る雨が今後も起こり得ると知って、サトルは呻き顔を量の手で覆った。


「それってあれか、下の町の建物の土台が少し高く作ってある理由か」


「はいそうです。そう言えば最初見た時から気にしてましたね」


 ガランガルダンジョン下町に来たばかりの頃、サトルは下の町と区分される区画の、建物の土台が高く作ってあることを気にしていた。

 これはこの土台の部分まで水が来るのか、と問うサトルに、ルーはサトルは泳げないのだろうと笑ったのだが、実際はそうではなかった。


「気にもする。この手の急激に降る雨で、さんざん川が氾濫してきたのを見てきたんだ」


「サトルさんの国って雨が多いんでしたっけ?」


 それもルーが以前サトルから聞いていたことだった。


「多い。それも危険な雨が多いし、春夏秋冬それぞれに雨季と呼べるくらいの雨が降る時期がある。はっきり言って俺の生まれた国は水との闘いに奮戦してきた歴史の国だ」


 河川が多く、海に囲まれ、起伏の激しい土地の上部から水が流れ、地下から溢れ、首都すら元は湿地に広がる埋め立て地。

 春秋の不安定な天候、早夏の梅雨、盛夏の夕立、晩夏から早秋にかけての暴風を伴う豪雨台風、冬の嵐に数メートルになる積雪、サトルの住んでいた日本という国は必ずどこかに人の手に余る水があった。


 そんな土地に住んでいたサトルが、水が苦手だと言うのは不思議だと、ルーと、ちょうどリビングに入ってきていたアンジェリカ、オリーブが口々に言う。


「それなのに水が苦手なんですね」


「サトルはとても泳ぎが上手いのにね、不思議だわ。ルーを助けた時もそうだけれど、ニゲラのことも助けだのでしょう? ヒースたちに聞いたわ」


「ああ、水難救助は滅多にできる者はいない。あれが出来て水が苦手とは……」


 三人の言葉を聞き、サトルは苦笑する。

 大雨が降ってこの土地に住む三人が不安にならないのなら、この町での水害はそう頻繁に起こる物ではないのだろう。逆にサトルはあまりにも水害の多い国で、あまりにもひどい被害を受けたことがあった。

 これはただ水が苦手、という事ではなく、トラウマなのだ。


「水が苦手なんじゃない、特定の状況で水があるのが苦手なんだ……川が氾濫して泥水が、何てのはまさに苦手な状況で、こういう雨の降る時期には俺の国ではしょっちゅう起こっていた」


 ソファーに体を預けたままげんなりと返すサトルと向き合う椅子にオリーブが座る。その横にアンジェリカも腰を下ろし、サトルへと問う。


「ならば、ダンジョンでの増水はどうだろうか?」


「サトルはダンジョンの水も苦手かしら?」


 ダンジョンの増水、それはほんの数日前にジスタ教の関係者からサトルたちに伝えられた話だった。

 一部の冒険者たちだけが秘匿していた情報で、その話はサトルからルーの家に下宿している冒険者たちに伝わり、更にローゼルへと伝えられていた。

 その話が再びサトルに戻ってくると言う事は、何かしら判明し、サトルに指示が出たのだろう。


「何か進展が?」


 問うサトルにオリーブは少しだけ言い淀むも、すぐに答えるオリーブ。


「ああ、ダンジョンの水没について、ボスがサトル殿に話があると。明日にでもボスと面会をしてもらえるだろうか?」


 具体的な内容はオリーブも知らないのだろう。しかし水が苦手というサトルに頼めるだろうかと、不安になったのかもしれない。


「問題ない」


 サトルがすぐに返事を返すと、その横で自分もとルーも身を乗り出す。


「私も行きたいのですが」


 ダンジョンの異変とあれば、ダンジョン研究家であるルーももちろんついて行きたいと顔を輝かせるが、それは駄目だとアンジェリカ。


「駄目ね、ルーは足手まといになると思うわ」


 ルーはほとんど戦闘能力を持たない一般人だ。普段のダンジョンであればまだアンジェリカたちが護衛して供に行くのも問題は無かっただろうが、未知の状況でそれは辛いと、アンジェリカはルーの同行を却下する。


 そんなにはっきり言わなくてもと肩を落とすルー。

 サトルも今回はアンジェリカに従った方がいいだろうと言う。


「今回は諦めてくれ。俺だって下手をしたら苦手な状況なんだ……すぐに足が動くか分からないし、できれば、今の状況でダンジョンには潜りたくない」


 ルーも別に我儘を言うつもりは無かったと、サトルの言葉に納得を示す。


「はいそれは分かっています。けど、その分サトルさんにはしっかりと護衛を付けて……そう言えばニゲラさんは?」


 サトルを絶対守ると常々息巻いている、サトルの自称息子こと、竜のニゲラの姿が最近見えないとルーは首をかしげる。

 正確には人間と竜のキメラなのだが、それはサトルのニゲラ二人だけの秘密だ。


「ニゲラにはドラゴナイトアゲートを探しに行ってもらってる」


 サトルが精霊魔法を使うたびに倒れないよう、魔力を補填するためのアイテム、ドラゴナイトアゲートの名を聞き、ルーたちはなるほどと納得する。


 ドラゴナイトアゲートは魔力によって結晶化した特殊な宝石。竜の体内で結晶化してできる結石のような物で、竜の排せつ物や吐瀉物の中から見つかる。しかしそれを得るためには竜の生息域や餌場に行かなくてはいけなかった。

 竜の生息域に人間がいれば、悪食な竜にとっては餌となり、人間に興味がない竜には道端の蟻程度に歯牙にもかけず踏みつぶされると言う。


 なので半分は竜であるニゲラが人間に代わりドラゴナイトアゲートを探しに行くのは、サトルのために動くニゲラの行動として何の不思議も無かった。


「それなら……でもしばらく帰ってきていませんね」


 不思議はなくとも、ルーとしては友人関係を築いた相手。しばらく帰ってきていないと不安そうに言う。

 そんなルーにサトルはククッと喉を鳴らして笑い、答える。


「時々菓子を食べに帰ってきてるよ」


 実は度々こっそりと帰って来ては、サトルがここ最近繰り返し試作している菓子を食べて、また出ていくと言う事を繰り返している。

 油や小麦粉、卵や牛乳、それに砂糖を大量に使った菓子類を作っては味を確かめさせているのだが、それがニゲラの運動エネルギーにはちょうどいいらしい。


 菓子を食べに、という言葉にルーもふふと笑うが、それでもわずかな不安は残るらしい。


「ニゲラさんらしいですね……見つかるんでしょうか?」


「ほぼ確定だと思えるものは見つけたけど、別の竜のテリトリーで、竜がその場を離れないらしい。タイミングを見て何とか手に入れるつもりだと聞いている」


 何故ニゲラが慎重になるのか、オリーブはそう言えばと頷く。


「そうか、ドラゴン同士でも安全というわけではないんだったか」


「ああ、特にニゲラは竜の中ではか弱いから」


 サトルのニゲラへの評価に、ルーたちはぎょっと目を見張る。


「か弱いんですか?」


 ニゲラはその中性的な細い見た目とは裏腹に、人間では到底かなわぬほどの怪力だ。力加減を間違えサトルの全身の骨を砕いたこともあれば、素手で大型のトラックサイズの獣を捕まえることもできる。その腕の振り一発でたいていのモンスターは倒せるのではないかと思う程。外皮も強固で、人間が使える攻勢魔法程度ではちょっとした火傷がせいぜい、生中な刃物は通らず、何度か打ち付けようやく鱗を剥がすことができる程度で、強力な打撃が唯一明確にダメージになると言う。

 しかしサトルは真顔で繰り返す。


「か弱いんだよ、ニゲラ」


 アレでも竜としてはか弱いんだと。


「竜とは……つくづく恐ろしい生き物だ」


 サトルの言葉に身を震わせ、オリーブはつくづくと呟いた。


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