10・ワーカホリックとブラインド
この日サトルはタイムとともに、作りやすく栄養がありできる限り簡単な工程で作れる料理を調べ、考えようと、ヒースを伴い青果を取り扱う市場に来ていた。
今後サトルが頻繁にダンジョンに潜る事を考え、留守中にルーやあまり料理をしない面々でも楽に作れる物を、と考えてのことだったので、炊事場に立つことの多いヒースと、あわよくば自分も楽な料理を覚えたいというタイムを伴っての行動となった。
本当はマレインも一緒に来る予定だったが、ここ最近ルイボスや他の冒険者パーティーに所属している魔法使いたちと共にしている研究で新しい発見があったとかで、前日になくなくキャンセルをしていた。
その際にとても悔しがっていたので、サトルとヒースは必ず美味しい物をお土産に帰るからと約束をした。
とりあえずサトルは、この季節に手に入る日持ちをさせることのできる果物や野菜と、そうでない野菜を確かめて、日持ちする物をいくらか買い込むことに。
元の世界でもここまで野菜の種類に気を使う事は無かったなと、手にしたブロッコリーに目を落とし、サトルはしみじみと思い出す。
「あいつら……飯ちゃんと食べてるかな」
元の世界に残してきた後輩や職場のバイトたち、うっかりしているとスナックやインスタント麺だけで食事を済ませてしまうような彼らを心配し、サトルは呟き、自分で田舎のお母さんかよと、内心セルフ突っ込みをしてしまう。
まだ帰れるか分からない今は、それよりも目先のクリアできる目標、食材探しと使い易い食材の研究が大事だ。
今日は荷物運びに白い牛ことモーさんとモーさんの荷車も一緒だ。
時折上機嫌にモーさんが鳴くと、市場のどこからか小さいモーさんたちが集まってくるので、そのままモーさんと合体して巨大化しやしないかと、サトルとしてはちょっとハラハラしていたのだが、あまり大きくならないようにモーさんも調整しているのか、サトルの周りは今小さいモーさんでいっぱいだった。
「モーさんちょっと楽しそうだね」
またモーさんが一鳴きしたのを、ヒースは純粋にモーさんが楽しんでいるのだと思っているようだ。
荷車に大量の玉ねぎを乗せると、モーさんは任せろとばかりに、もう一度モーと鳴く。
「モーさんは他人の多い所好きだからな」
サトルが何気なく言う言葉に、タイムがそういう物なのかと不思議そうにモーさんと、その上でくつろぐキンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃんの四匹を見る。
今日はモーさんがいるからと、ちょっと大人数でのお出かけらしい。
「妖精にも性格ってもんあんの?」
「あるよ。例えば、この子たちみんな同じに見えるだろうけど、身体が黄色っぽくて花の付いている子はこの中では一番大人しくて心配性だ。花のついてないリボンだけの子は、宝探しが好きで好奇心が旺盛だから、気が付いたら服に潜り込んでるってことがよくある。体が白っぽい花が付いてる子は、かなり好戦的で集団になるとリーダーシップを取りたがるし、他の妖精ともとても仲がいい。この緑色の子は頑張り屋でいつも助けてくれるし、けなげなんだ。ちょっと寂しがり屋かな」
そこまで説明すると、モーさんが自分も評価しろとばかりに、モーモーと鳴く。
「うん、モーさんにはいつも助けられてる、ありがとう。モーさんは他人に触ってもらう事や、頼りにされることが好きだ。ただ寄り添ってくれることもある。性格ははっきりとはわからないが……たぶん紳士的なんじゃないかと」
サトルの言葉を遮るように、モモーっとモーさんが激しく鳴いた。
「え、何、何でこんな興奮したの?」
びくっとヒースが肩を跳ね上げると、モーさんは驚かせてしまったと気が付いたか、控えめにモーと鳴いてヒースに謝る。
その様子から、確実に人間のリアクションを理解しているのだと分かった。
妖精が思っていたよりも人間とコミュニケーションが取れる存在だと理解し、タイムは凄いなと感心しつつ、何故モーさんが急に鳴いたのかを考える。
「あれじゃね、紳士じゃなくて淑女だってこと?」
クイズ感覚で答えてみれば、モーさんはその通りだと言わんばかりに、モーモーと機嫌よさ気に鳴いた。
「他の奴らもこんな感じ?」
機嫌よさげに鳴くモーさんを撫でながらタイムは問う。
「いや、この子たちは分かりやすいし、モーさんに至ってはモーさんが進んで人間と会話をしようとしているみたいだな。中にはとことん何を考えてるか分からない子もいるよ」
考えつつサトルが答えると、ヒースがそれに心当たりがあると答える。
「あ、炊事場の隅っこに時々いる子?」
「もそうだな、あと棚の中に勝手に営巣してた魚っぽい妖精」
他にも何人か、考えが分からない子たちがいるとサトルは答え苦笑する。ヒースもそれに覚えが有り、頷き返す。
「あー、いたね、あの子、急に飛び出してくるから心臓に悪い」
奇妙な妖精談議に置いて行かれて、タイムは拗ねたように唇を尖らせる。
「お前らの家の炊事場どうなってんだよ」
「見に来るか? 妖精増えたぞ」
「増えるのかよ。いやいいよ、微妙に怖いし」
そんなタイムの返事に、怖くないよと言わんばかりに、モーさんがモーと鳴いてタイムの手に自分の額を押し当てる。
「まあモーさんみたいな奴らなら怖くないだろうけどさあ」
「お前なら大丈夫だろ、すでにモーさんが何を言いたいか、俺より理解できてるぞ」
「今のは俺も分からなかったし、タイムなら大丈夫だと思う」
当たり前のようにモーさんの意図を汲んで答えるタイムに、サトルとヒースはタイムなら問題ないと太鼓判を押す。
「そうかあ? まあモーさんはダンジョンに潜るときも世話になるだろうしな。いい事なのかもしんねえけど」
モーさんに懐かれて満更ではないと言った様子のタイム。これならモーさんを連れての行動を、今後も頼めるかもしれない。
例えばダンジョンに潜って、アイテムや妖精を探すときなど、モーさんを牽引する役目を任せることもできるだろう。
ダンジョンと言えば、と、サトルは思い出しタイムに問う。
「そういやダンジョンに潜る際、またホップやオーツと一緒に行きたいんだけど、あの二人にコンタクト取れるか?」
それは問題はないが、サトルならばもっと腕の立つ冒険者と行けばいいのではとタイムは首をかしげる。
「ああ、簡単だ。けど姐さんらやセイボリーの旦那たちの方がいいんじゃね? 深い所に行きたいんだろ?」
「それもあるが、特定の人間とばかりだと周囲の評価が気になる」
「面倒癖えなあ。けど俺も気になる食材あるし、一緒に行ってやるよ」
「ああ頼んだ」
具体的な日付こそ決めなかったが、タイムもサトルと一緒ならば多少の無茶もできるからと、すぐにダンジョンへの同行を承諾する。タイムの軽いノリにサトルは早まったかもしれないと、眉を寄せため息を吐く。
そんなやり取りとを横で見ていたヒースが、少し不安げにサトルの袖を引いた。
「改めて思ったんだけど、サトルは休みを取るってしないの?」
思いもかけない言葉に、サトルはかなり驚いた。
休みを取るも何も、今まさにサトルは自分の趣味のために時間を使っている、つまりプライベートな時間を有意義に過ごしていると思っていたのだ。
ヒースに戸惑いがちに返すサトル。
「自分ではしっかり休んでるつもりなんだけど」
「思ったんだけどよ、サトルの言う休みって、俺の知ってる休みと違う気がするわ」
タイムの溢した言葉に、俺もそう思うとヒースも同意する。
それならば休みってなんだっけと、サトルは困ったように後ろ頭を掻いた。