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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルの誘惑」
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8・飲み込めない棘

 買った物を持ってきていた袋に詰め、サトルたちは店を出た。

 入り口まで見送ってくれる老婆に、サトルは挨拶を返す。


「ありがとう。色々教えてくれて」


「満足してもらえたらなら何よりよ、また来てね」


「ああ、また」


 にこやかに別れてしばらく歩き、老婆の店から完全に離れたことを確認して、サトルはワームウッドに問う。


「あれ、誰だ?」


「何で?」


 それまで黙っていたワームウッドが、ニヤニヤと愉快そうな笑みを顔に浮かべ、サトルに問い返す。この笑顔の時は碌なことが無いんだと、サトルはため息を吐く。


「俺は監察されてた気がするんだが」


 店にいる間中、ずっと誰かの視線を感じていた。見上げれば天井の光精たちが落ち着きなくソワソワとしており、その視線の向く先の壁にスリットがあった。

そこを覗き込んだわけではなかったが、いかにも誰か人が覗いていますよ、といった雰囲気の隙間だったので、サトルは気になった。

 すると外套の内側に入れていたニコちゃんが、やはり何かに反応するように、サトルに向けフォーンと鳴いた。

 何があるかはわからないが、確実に何かがある、そう確信するには十分だった。


 それが監視だと思ったのは、単純に感だ。正確に言うならば、ワームウッドの態度を見て、店の中でのワームウッドが、ある一点からやたら静かになっていたのに気が付いたことから、静かにする理由があったのだろうと推測して、だ。

 誰かが見ていた、もしくは聞き耳を立ててサトルと店主の老婆との会話を聞いていたのだろうと考えた。


「んー……まあ、あの通りのあの広場周辺の顔役」


 監視と言い切るサトルに、ワームウッドは気が付くものなんだねと愉快そうに笑って種明かしをする。


「気に入られたみたいでよかったね」


 あっけらかんとワームウッドは言ってのけるが、サトルとしては自分の立場がそう楽観できる物でないと感じていたので、逆にゾッとしないと首を振る。


「そういうのは先に言っておいてくれ」


 下手な言動をしていたらと思うと、自分のみならずルーにまで迷惑をかけたかもしれない。サトルは先ほどからずっと痛んでいた胃を、外套の上から押さえた。




 さらにサトルにとっての面倒ごとは、家に帰ってからも続いた。


 サトルが買った物を炊事場の棚に一つ一つ確認しながら収めていると、荒々しくも軽い足音が炊事場に向かって駆けてきた。


「本当に? 本当に貴方あいつらに会ったのね?」


 サトルへのお帰りなさいの挨拶も無しに、アンジェリカがそうサトルに詰問する。その後ろではお兄ちゃん(仮)もかなり厳しい顔をしていた。


「あいつらって、バーベナとベラドンナか?」


 サトルは手にしていたゼラチン入りの瓶を、炊事場の作業台に置き、アンジェリカに向き直る。


「そうよ」


 サトルの確認に、アンジェリカは低く唸るような声で返す。

 アンジェリカがここまで厳しい声を出すときは、たいていルーに関係している。

 しかしその後ろのお兄ちゃん(仮)まで厳しい顔をしているとなると、アンジェリカ本人にも、あの二人に対して思うところがあるのだろう。


 もしこれがルーだったなら、下手に情報を与えても自分でうまく処理できるか分からないが、アンジェリカは怒りの感情こそあらわにするものの、基本的に行動には出さず、口も堅い。サトルはアンジェリカならばいいかと、今日二人に会ったことを肯定し、その時の対応を説明する。


「会った。二人がルーや君と確執を持つ所以も、ワームウッドに聞いている。けど安心してほしい……俺の対応としては、ローゼルさんにしていたのと変わらないと思っている。心情的には、正直ローゼルさんより苦手だ」


 サトルの言葉にアンジェリカの表情が和らぐ。

 しかしこれも話して聞かせておかないとなと、サトルはアンジェリカの様子を窺いつつ、先のベラドンナに何をされていたかを話した。


「少なくとも以前、出合い頭に変な薬を盛ってきたベラドンナには、何一ついい感情が湧かない」


 やはりアンジェリカはサトルの言葉に目を吊り上げ、低い声で確認する。


「薬? それって今日ではないの?」


 話が長くなるかもしれないと、サトルはアンジェリカに背もたれの無い椅子を進め、自分も作業台に腰を預ける。


「ああ、今日じゃなくて、この間のローゼルさんに連れていかれた会食でだ。気が付いたのは部屋に帰ってからだったが、たぶんあれは何かしらの魔法がかかった薬なんだと思う……」


 サトルは会食当時、ベラドンナとどのような状況で会話をし、酒を勧められたかを話す。何気ない様子で渡された酒に口を付けた事、その後帰ってからの具合の悪さと、それを妖精の力で治療することができたことから、何かしらの薬か術を使われたのだろうと推測した事、これらを余すことなく話した。

 聞いてアンジェリカは、何かを思い出すかのように口元に手を当て俯いた。


「あの会食の日……そう言えばサトルは珍しい酔い方をしていたわね。いつもだったらあなたは赤くなってそのまま眠ってしまうのに……あの時はどちらかというと顔色が悪くて、目も焦点が定まっていなかったわ。そうよ、それって傀儡系の魔術でよくある症状じゃない。何で気が付かなかったのかしら私ったら」


 自分はその専門なのだからあの時のサトルは見ればすぐに異常だと分かる状態だったはずなのに、それに気が付かないのはとんだ失態だったと、アンジェリカは臍を噛む。


「俺自身もおかしいと気が付いたのは、ニゲラに珍しいと言われたからだよ……普通に緊張と普段飲まない酒から悪酔いしただけだと思ったんだ。後、術のかかり方としては軽かったんじゃないかと思う。ほとんど舐める程度にしかその薬盛られた酒を飲んでいない」


 だから大丈夫だったんだとサトルは言うが、アンジェリカはちっとも大丈夫ではないと、サトルを強く睨みつける。


「貴方がそのような状態だったという事は、ボスも気が付いていたはずなの。それでいながら貴方をそのままこの家に帰して、何の説明もないだなんてあり得ないわよ。あの人……あわよくば自分もその術で前後不覚になってたサトルを、いいように利用したのではない?」


 アンジェリカはサトルが初めてローゼルと面会をした時から、ずっとローゼルを警戒していた。その助言などがあって、サトルもローゼルの言動に裏があるのだと気が付けたほど。

 だがさすがにそこまで行くと穿ち過ぎなのではと思ってしまう。


「さすがにそれは無いと思いたいが……それに、あんなに気を許していたのは、君らの前だけだ。会食の場やローゼルさんの前では、あそこまで気を抜いていなかったし、シャツの襟も緩めることは無かったよ」


 確かにサトルがシャツの襟を緩めたのは、この家のリビングで腰を落ち着けてからだと、アンジェリカは納得をする。

 疲れている様子を見せてはいたが、サトルが気を許していない相手の前では服を緩めないことを、同じように服装に拘るアンジェリカは理解していた。


「それでも……ボスはその時、ベラについて何も言っていなかったのでしょう? だから、あの人のことは信用しないで」


 決してローゼルには気を許してくれるなと、そう念を押すアンジェリカの表情は、苦い物を飲み込むような、苦痛に歪んでいた。


「わかった」


 ベラドンナをベラと呼ぶアンジェリカの心情はいかほどか。推し量ることはできなかったが、その苦痛が少しでも和らぐならと、サトルはアンジェリカの言葉にうなずいた。


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