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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルの誘惑」
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6・難攻不落の

 自分の名を呼び掛けてくるワームウッドに、サトルは安堵の息を吐く。


「ああワームウッド、良かった、捜していたんだ」


 そんなサトルの肩を両手で掴み、ワームウッドはいつになく厳しい表情でサトルをなじった。


「それはこっちのセリフ、君さ、今の二人誰だか分かってる? よりによってなんであの二人と一緒にいたんだ」


 よりによってという程ワームウッドはあの二人を知っていたというのか。そのままサトルはワームウッドに問う。


「知り合いなのか?」


 ワームウッドは取り繕うことなく、顔をゆがめ嫌悪を顔いっぱいに表し、大きく頷く。


「もちろんだよ、あの二人はボスとタチバナの弟子だった二人で、ベラドンナに至っては破門されてるんだ。あともう一人傍にいなかった? 白っぽい垂れた犬耳のシャムジャの女。タチバナが亡くなった後に真っ先に逃げてった奴らだよ」


 ワームウッドの言葉にサトルは驚くとともに、ひどく納得した。

 ルーによく似た雰囲気や、ダンジョン研究をしているというバーベナ、ローゼルと同じ香を使うベラドンナ。二人がタチバナとローゼルの関係者だということに、何の違和感も無かった。


 ベラドンナとサトルが初めて会った時、ローゼルもベラドンナもごく普通に挨拶を交わしていたように見えたが、まさか二人が元子弟の関係だとは思えなかった。

 ローゼルならばそれ位の腹芸はして当たり前だろうが、ベラドンナはもしかしたらローゼルほどうまく感情を隠せないので、感情や興味の対象に反応してしまう耳を隠していたのかもしれない。


 サトルは先ほどまで自分が二人としていた会話を反芻する。

 特にサトルがダンジョンによって召喚された勇者であるとは名乗らなかったが、ベラドンナがいた以上バーベナにも伝わっていただろう。しかし二人はサトルがそうであるということに言及しては来なかった。

 寧ろサトルが何に興味を持ち、何か願望があるのではないかという話を聞きだしたがっていたように感じた。

 特にベラドンナは、露骨なまでに色の誘惑を仕掛けてきていた。


「いや、いなかったと思うけど……それって、やっぱり俺とダンジョンのことに関係が?」


 サトルの反応に、ワームウッドは大きく息を吐き、肩を落とすと、普段の彼らしからぬいらいらとした仕草で自分の頭を掻きむしる。


「分からないけどね……ああもう、君に近付くなんて理由があると思うけど、今更どんな顔して」


 今更どんな顔をして、その言葉を使う程ワームウッドはあの二人を好ましく思っていない。

 サトルも覚えのある感情だ。災害で両親を亡くした後、父方祖父母はすぐに連絡をくれたが、母方の従兄弟や祖父母の兄夫婦に当たる親類が連絡をくれたのは、サトルが巻き込まれた災害が公的支援の対象になるとニュースになってからだった。

 遺族に支払われる義援金だか慰労金だかが、被災の程度と両親を亡くしたサトルが未成年だったこともあり八桁を越えていた。

 その時サトルは血を吐くような思いで、今更どんな顔をして! と親戚を罵ったのだ。


 思い出し胃が痛くなり、サトルは自分のシャツの胸を掻くように掴む。


「あの二人は……少なくとも悪びれた顔はしてなかったな。けどワームウッドを見てすぐに逃げたようだ。君に嫌われている自覚はあるんだろうな」


 サトルの親戚たちは当時ギリギリ未成年だったサトルを舐めていたのか、それとも本当に悪気が無かったのか、まるで悪びれた様子もなく、後見人が必要だろう、金を管理する人間が必要だろうと優しいふりをして嘯いていた。

 それに比べれば顔見知りに合わせる顔が無いと尻尾を巻いて逃げるだけ、あの二人は善良だ。


 サトルは自分の血縁の薄汚さを、今更実感し苦笑した。


「そりゃあよかった。僕はあいつらが蛇蝎よりも嫌いだよ」


 しかしサトルの親戚のことなど知らないワームウッドは、あの二人こそが心底汚らしい存在であるかのように吐き捨てる。

 その気持ちも分かるので、サトルはそれを否定はしない。


 ワームウッドはタチバナが亡くなった後も、陰ながらルーを支えてきた一人だ。

 ルーがこの世界に来たばかりだったサトルに後見人が必要だと主張していたのも、きっと後見人がいない状態の苦労を知っていたからだろう。


 今更のこのことルーが後見人を務めるサトルに、ルーを見捨てただろう二人が会いに来た、それをルーに話すべきだろうか。情報の共有は必要だろうが、サトルとしては自分で突っぱねられる程度でしかないので、別に心労をかける必要は無いと思っているのだが。


「ルーたちには話すか?」


「もちろん。うちの大事な勇者様を誘惑なんて、看過できないからね」


 サトルが言い切るよりも早く、絶対に話すとワームウッドは目を吊り上げる。

 サトルはそこまで深刻ではないと思っているので、そのワームウッドの意気込みが少しばかり解せない。


「いや、別に迷惑だっただけで、俺としては誘惑された覚えはないんだけど」


「サトル、君ってつくづく朴念仁だね」


 サトルの言葉にわざとらしく大きくため息を吐くワームウッドに、サトルはそういうワームウドはどうなんだと返す。


「いやだって、あそこ迄わざとらしい罠には引っかからないだろう。それともワームウッドはああいう女性が好みなのか」


 ワームウッドが今日最高に嫌そうな顔をする。不快害虫の行列をその目で見てしまった人間がしそうな顔だ。


「そんなわけないでしょ。でも彼女らはそれなりに異性へのアプローチが強いと思ってたから、サトルがあっさりと迷惑と言い切るのに違和感を覚えただけ。そう言えばボスにもそんな態度だったか」


「いや、だって……言い方は悪いが、俺からしたらあの二人はルーとローゼルさんの類似品だから……今更?」


 サトルにとっては見知った人間に似ているが不快な相手、程度の認識だ。その見知った相手に誘惑されたことも無いのだから、類似品に心惹かれるという事も無い。


「……本当に言い方酷いね」


「悪い」


「いやいいよ、そうだね、君あの二人に何されてもなびかないらしいし、だったらあいつらに誘惑なんかされないのか」


 サトルのあっけらかんとした様子に、ワームウッドも毒気が抜かれたのか、ははと乾いた笑いを漏らして二人への不快を吐き出すのを止めた。

 代わりに、今後の対策のために聞かせてくれとサトルに問う。


「ねえ、君が一番魅力的な女性だと感じるのって誰?」


「それはワームウッドが知ってる人間でってことか?」


「まあさそうだね」


 サトルにとって女性は基本的に、どんな女性であれ魅力的だと感じる部分がある。ルーならばそのあどけない顔立ちや、豊かな胸元、頑張り屋でけなげな性格に、甘えるのが下手なところも庇護欲が刺激される。ローゼルならばその匂い立つ色香、つい身をゆだねたくなるような自身に満ち溢れた振る舞い、知識層ならではのウィットにとんだ言葉も嫌いではない。またオリーブの包容力や、カレンデュラのたおやかさ、アンジェリカのルーに対しての母性溢れる振る舞いや、アロエの気さくさ、モリーユの控えめながらも芯の強さを感じさせるそのひそやかな言動。

 どのどれもが魅力だと感じるせいで、逆に一番は決め難い。

 仮に今まで一番惹かれて、膝を折るほどだった存在と言えば……。


「……妖精は」


 ワームウッドは頬をひくりと震わせる。


「駄目に決まってるでしょ。僕が知りたいのはあいつらへの対策だよ? そのための調査だよ?」


 もう何度目かの盛大なため息の後、ワームウッドはいっそすがすがしく笑う。


「けど、サトルにとって魅力的な女性ってのが妖精って時点で、あいつらには手が出しようがないか。ざまあみろ」


 この朴念仁はそうそうお前たちには篭絡できないぞと、ここにはいない二人に吼えて、ワームウッドはようやく普段の何か企むような含みのある笑みを顔に戻した。


 ここまで感情的になるなんて、ワームウッドは本当にあの二人が嫌いなのだろう。

 サトルは比較的感情的にならないワームウッドですらこれならば、ルーやアンジェリカも荒れるのだろうなと、帰ってからの一波乱を想像し、苦くため息を吐いた。


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