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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルの誘惑」
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4・奇妙な攻防

 広場迄の道行きで少しでもサトルが無言になると、ベラドンナはすぐに何かしらの話を振ってきた。

 別に不機嫌で無言だったわけでもなく、それなりに面白く店の商品を覗いていたサトルは、少し迷惑に思いながらも答えていた。


「サトル様はここへ何を買いにいらしたんです?」


 ベラドンナの何気ない風を装った質問に、サトルは如何答えるべきかと軽く考える。


 ハッキリ言って何を企んでいるか分からない相手に、食の道楽のための材料探しという、自分の趣味の話をするつもりはない。

 趣味、関心ごとというのは傾倒が深くなくても弱点になり得る、まして相手が自分の足下を掬おうとしてくるような相手であればなおさら。サトルは努めて静かに答えを返す。


「特に大したことではないよ。ここは来たことが無かったから、観光みたいなものだ。ワームウッドが用があるといっていたからついて来ただけだ」


 サトルのそっけない答えに、ベラドンナはそうですかとアッサリとした返事を返す。


 そちらがこちらに踏み込んでくるならと、意趣返しとまでは行かないが、サトルもベラドンナ立ちに問い返す。


「そういう君たちは? 先ほどから随分とその、変わった甘い香りがするのだけど、そういった物を買いに来たのか?」


「え!」


 まさか指摘されるとは思わなかったとばかりに、ベラドンナは耳の毛を立て、肩を跳ね上げ声まで上げる。

 思った以上のリアクションに、サトルはやはり匂いに関して言及するのは失礼だっただろうかと、自分の失敗に顔をゆがめた。


「さすがはサトルさんですね……ベラの術香に気が付いてらしたなんて」


 足を止め、バーベナがほうっと感嘆のため息を吐く。

 その反応が一体どういう意味があるのかわからなかったが、少なくとも普通の人間ではベラドンナの使っている香りには気が付かない物らしい。


 そう言えばと、サトルは思い当たることがあった。

 ベラドンナの使っている香と同じような物を使っているローゼルに、匂いがすると言及したことがあるのはルーとアンジェリカの二人のみだった。

 他の者はとくにその香りを何とも思っていないのか、気にしている様子は一度も無かった。


 妖精という他者が見えないものが見えているので、今更五感が他の人間と違ったとしても驚く事は無いが、このことはあまり人に話さない方がいいだろうと、サトルは心にとめる。


「気が付いてはいけない物だったかな?」


 自分がその術香とやらを、どこまで知っているか分からないよう、言葉を選らびかえしてみれば、ベラドンナは繕うような笑みを浮かべ、まさかと首を横に振る。


「いいえ……ふふ、それよりも。匂いに敏感な殿方は、ベッドでも敏感だと聞きましてよ。試してみません?」


 気を取り直しての色仕掛けに戻る当たり、感情は見えやすいが、プロ意識をもってハニートラップを仕掛けているのではないだろうかと思ってしまう。

 妙に感心した気持ちになりつつも、サトルはやはり伸ばされるベラドンナの手を横に動いて交わす。


「あん、つれ無い方。そういう所も素敵ですけれど」


 ずっと避けてきているうちに、口にする誘い文句も露骨になりつつあるベラドンナの横で、バーベナは困ったように眉を寄せる。

 サトルに直截的な色仕掛けは効かないと、すでに悟っているのだろう。しかしベラドンナの手札は色仕掛け一枚のみらしい。


「ベラ、サトルさんが困っているわ。あまりしつこくしては駄目よ」


 ベラドンナとバーベナ、二人の基本方針はどうやらバーベナの方が決めているらしい。ベラドンナはバーベナの制止の言葉に、わずかに不満そうに唇を尖らせたものの、サトルから一歩引き距離を置いた。


「行きましょう。買いたい物はこの通りにはなさそうだわ」


 バーベナに促され,ベラドンナは唇を尖らせたまま歩みを再開する。その後ろを付いて行きながらサトルは、この二人の関係性は一体何なのだろうかと、心底不思議に思った。


 立場は明確にバーベナの方が上の様に見えるが、ベラドンナはサトルには様という敬称を付けるのに対して、バーベナには敬称無しで「ビビ」と愛称を使っていた。バーベナもベラドンナのことを「ベラ」と愛称で呼んでいる。


 それらについて何故と聞いても、バーベナはきっと答えないだろう。

 先程の香についての質問も、いつの間にか流されてしまっている。


 サトルもまともに答えようとはしないが、二人もサトル相手に自分たちの情報をはっきりと開示しようとはしない。

 お互いに不信感を持って対応していながら、ベラドンナはあけすけにサトルを誘惑し、サトルは女性を助けるという名目で付き合いながら警戒を続けている。


 いい加減疲れるやり取りに、サトルは大きく息を吐いた。


「次の時刻の鐘迄には広場に出ていたいんだが、行けるだろうか?」


「そうですね、少し急ぎましょうか」


 サトルの押しても引いても手ごたえの無い様子に、バーベナの方もやや疲れてきたのだろう。苦笑とともに返された。


「本当は、もう少しあなたとお話がしたかったのですけど、ご迷惑でしょうし」


 控えめな態度を示すバーベナだが、それがポーズだけだというのもこの短い時間でサトルにもわかっていた。


「ああ」


 あっさりと肯定され、バーベナの眉間に皺が寄る。


「申し訳ないと思ってるよ。貴方たちを上手くエスコートもできなくてね。今度はもっと器用な男性と一緒にここを訪れるといい」


 続く言葉にベラドンナもまた困った様子で眉をしかめる。


「サトル様はどこまでもつれないんですのね」


 それでもあがくようにベラドンナが伸ばしてくる手を、サトルはもう一度避けて言葉を返す。


「そういう色気のあるセリフは、本当に意中の相手に言ってくれ。俺はそう言った物言いは好きではないから」


 ベラドンナへの好意は無いと言い切るようなサトルの言葉に、ようやくベラドンナも諦めたのか、そうさせていただきますわ、と言った言葉を最後に、サトルに手を伸ばすことは無かった。


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