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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルの誘惑」
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2・北風と太陽

 建物の様式の好き嫌いは、あまり口にすることのないことかもしれない。少なくともサトルはそうだった。

 しかしサトルは口に出すことは少なくても、自分を取り巻く情報にはうるさい人間だ。

 そしてこのバザールは、サトルの好みだった。


 見上げる天井は船底のように曲線を描きながら尖っていき、太陽や月、星を表すかのような放射線上の小さな粒。全体的に浅い青と黄味がかった白なのは、採光孔からの光が反射し明るくなるようにだろう。

 端に視界を移せば柱に竜。ほとんどが浅い青や緑だが、たまに灰色や白っぽい竜もいる。不思議と色が鮮やかな竜は天井を支える柱にはなっておらず、路地のような小道の角にあしらわれている。それぞれ色や模様、角の数が違う事から、それがどうやら道しるべの役割を果たしているというのが分かった。


「竜がいる柱の傍の店は間口が広い。これも何か意味があるのかな?」


 呟く言葉に返る声が無くて、サトルは顔を天井や柱から進行方向へと向ける。

 雑多人の波に飲まれたか、ワームウッドの姿は見えなかった。


 しまったとは思うものの、大変なことになったとは思わなかった。


「やっぱり……後で謝らないとな」


 サトルは自分の気が多すぎて、こういった初めて見る場所では牛歩になってしまうことがよくあった。

 分かっていたからこそ、人の多い場所では先に待ち合わせる場所を決めていた。

 メインの通路自体は中心の広場から放射線状に伸びている。なので道に迷った時はまずその広場に行く。広場には目印になる物があるので、このガランガルダンジョン下町でならどこにいても聞こえるという時刻を告げる鐘の音が聞こえるまで、そこで待機。


 事前に決めておいてよかったと、サトルは安堵に息を吐く。


「けどついさっき鳴ったばかりだしな」


 急いで広場まで行かなくても、のんびり周囲の店を眺めながら歩いても罰は当たらないのではないだろうかと、サトルは余計な色気を出してしまう。

 サトルの外套の内側で、ニコちゃんとモーさんの分身が、フォンフォンモーモーと、サトルを窘める。


 直接二匹に返事を返せば変な人なので、独り言の体を装い二匹に返す。


「いや、そうだな、ゆっくり眺めるのはまた今度だな」


 二匹は満足そうにフォーン、モーと鳴く。


「保護者のようだ」


 二匹に促されたので名残惜しみながらもサトルは歩みを早くする。

 とはいっても、視線は左右の店を行ったり来たりだ。

 この通りは乾燥したフルーツやナッツ、スパイスのような物を売っている店が多い。中身を見せるディスプレイのためか、ガラスの瓶も多く見られる。透明なガラスの瓶以外にも、光を遮断する瀬戸物のような壺や、厚手の布の袋が並ぶ店もある。

 一番多いのは、ざっくりと籠に入れてそのまま量り売りだ。


 水物を売っている店もあるようだが、人が入りそうなほどの大きな壺や瓶が並ぶ店の前からは、強烈な油のにおいがしたので、何を売っているか見ずともわかった。

 匂いだけで分かる店といえば、香や香水のような物を売っている店もある。薬の原料を売っている店の通りにあるという事は、それも医薬品の括りなのだろうか。

 フレッシュなハーブ類などは通りの入り口近くに集中していたので、搬入の手間なども店の並びに関係があるのかもしれない。


 しばらく進むと急に周辺の匂いが甘くなり、ルーが好きそうな砂糖菓子を売っている店があった。

 この店には看板のような木の板が立ててあり、そこには滋養蜜と書いて有った。

 店から通路に浸食するように伸びた商品の並ぶ台の上には、すっかり見慣れたシュガースケイル。

 思わずフラフラとそちらに足を向ければ、サトルの外套の内側からフォフォーンと、少し困ったようなニコちゃんの声。

 たぶんサトルと同じように誘惑されているのだろう。


「止めてくれる人がいないと、つい余計に買い物したくなるんだよなあ」


 店に足を向けるサトルを止めることなく、キンちゃんは肯定するようにフォン! と鳴く。つまりシュガースケイルなら買いたくなっても仕方ない、といっているのだろう。

 この食い意地の張り具合は、どことなくルーを彷彿とさせる。


 くくっと笑って堂々と滋養蜜とやらを売る店に寄るサトルに、不意に声をかける者があった。


「あら、サトル様ではありませんか」


 右手から掛けられた声に視線を向ければ、赤銅色の癖の強い髪を結いあげ、ピンと突き出た狼耳を晒した見覚えのある女性がいた。


「貴方は確か……ベラドンナさん」


 サトルの言葉に、外套の内側でニコちゃんがフォーン! と警戒の声を上げる。


 ローゼルに連れて行かれた会食の場で会った、腹に一物も二物も抱えていそうな美女だ。

 何を考えているのか、ベラドンナの夢見るような菫の瞳がサトルを絡め取るように見つめる。確証はないが、この女が会食の場でサトルに自白剤に似た作用のある薬を盛った可能性があった。


 サトルはベラドンナに警戒の目を向ける。

 会食の場では修道女の被るウィンプルに似た布で耳を隠していたようで、左右に突き出した装飾としてのコルネットがサトルの知る物よりやけに大きい気がしていたが、その下にこのような耳があったのだとここで初めて知った。


 もしそれがあえて隠していた物であったなら、ベラドンナはサトルに対して自分の耳を隠して近付いた方がいいと考えたのだろう。この町ではシャムジャは他人を騙すと揶揄される。それを警戒してだろうか。

 サトルがそんな穿った見方をしてしまうのは、ベラドンナからローゼルが使う魅了の魔法に使われる香とよく似た匂いがしているから。


 最初から薬の力を使って他人を良いようにしようとする人物を、警戒しないという方が無理な相談である。


「奇遇ですのね、お一人ですか?」


 ベラドンナの声は鼻にかかったような甘ったるさがある。どちらかといえばはきはきとした物言いと、情報を伝えるために言葉を使うような話し方の方が好きなサトルとしては、この含みを持つような声と言い回しは好みの範疇外。

 むしろ明らかに罠の気配を感じる相手がこの声であるならば、警戒をしないはずもない。


 サトルの手を取ろうと伸びてくるベラドンナの手から、サトルは大きく後ろに下がって距離を取る。

 あからさますぎるサトルの行動に、ベラドンナの眉が一瞬跳ね、耳がピクリと震えた。


「このような場で会えたのですし、良ければわたくしたちと一緒に、このアーケードを見て回りません?」


「いや遠慮する」


 きっぱりと言い切るサトルに、ベラドンナの眉がもう一度跳ねる。

 それでも諦めないのかベラドンナが再びサトルに手を伸ばそうとするが、その手を横から推し留める者がいた。


「ちょっとベラ、いきなり失礼ではない。申し訳ありませんサトルさん。連れが気分を害したようで」


 そう言ったのはベラドンナの連れだろう、黒いキツネ耳のシャムジャ女性だった。

 生真面目そうな性格が表れた化粧気のないすっきりと整った顔立ちに、長い黒髪をきつく後ろに括り、首の詰まったシャツに胸元を覆うエプロン上の上掛けと、普段のルーを彷彿とさせる色気の無さ。

 何故胸元を開き足下もスリットを入れ、あえての踵の高い靴を履くようなベラドンナと何故並んでいるのか、二人の外見上の性質の違いに違和感を覚えるほどだった。


「いや、そういうわけではないよ」


 あっけにとられ思わずそう返すと、黒髪の女はほっと胸をなでおろし、少し首を傾げるようにサトルの顔を窺ってきた。


「よかった。けれど、あの、ずうずうしいお願いだとは思うのですが、良ければ広場の方まで一緒に行ってはいただけないでしょうか」


 控えめにそう頼む女の眉は、困ったように垂れ下がり、少し荒れて骨張った働き者の手は自分のエプロンをぎゅっと握りしめていた。

 気丈にしているがどこか気を張っているその裏に、弱い女性の性が見え隠れする様な振る舞い。


「女二人だけで歩くと、どうしても声をかけられることが多くて。貴方に助けてもらいたいんです」


 サトルはしまったと思いながらも、女性に答える。


「ああ、それなら構わないよ……」


 色気のある誘いはきっぱり断るが、弱った人間の頼みごとをされると断れない。そんなサトルの性格を知っているわけではないだろうが、ベラドンナと比べ黒髪の女の言動は全てサトルに刺さっていた。


 ありがとうございますと手を組んで頭を下げる黒髪の女の横で、ベラドンナは驚いた表情。まさか自分が薬を使って迄篭絡できなかった相手が、とでも思っている様子。


 それではいきましょうと促され、サトルは二人に触れない距離を保ちつつ付いて行く。

 その途中、大事なことを聞き忘れていたとサトルが声を上げる。


「……あ、えっと、名前」


 黒髪の女は一瞬立ち止まり、特徴的な、オレンジにすら見える明るい赤茶の瞳を細めた。


「私はバーベナです。貴方はガランガル屋敷に住んでらっしゃる、サトルさん、ですよね?」


 ガランガル屋敷という言葉に、サトルはすこし驚き肩を揺らす。

 それはルーの家のことだが、たいていの者はその名称を使わない。ルーの家、の方が通りがいい位だった。

 ならばなぜバーベナと名のるこの女性は、あえてガランガル屋敷と言ったのか。


「人に聞いています。とても頼りになる方だと」


 バーベナにそんな話を吹き込んだのが誰だかは分からないが、余計な事を言ってくれるもんだと、サトルは内心ため息を吐いた。

 サトルにだって女性を助けるようなヒーロー願望が有るが、だからといって手当たり次第人に利用されたいわけではなかったのだ。


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