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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトルのお披露目」
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12・目的補正

 目が覚めるとそこは見慣れた自室だった。

 サトルは自分の服が昨晩着ていた物と同じであることを確認して、大きくため息を吐いた。

 服や体の汚れはキンちゃんたちの力で毎夜毎夜綺麗にされているらしく、衛生面での問題はまったく無かったが、サトルの精神面ではそこそこに辛いものがあった。


 海外旅行に行けば風呂に入れずに三日過ごす、というのはざらにある事だったが、サトルはできればシャワーくらいは毎日使いたい派の人間だったので、環境が整っているのに不衛生な状態のままベッドに入ったことは不覚だったと後悔していた。

 やはり酒は飲みすぎる物ではない。

 特に大人数で楽しみながら飲むと、どうしても自分の許容量を超えて飲んでしまう。人が楽しそうだと自分も楽しくなる、それは意図せず他者の幸福のために行動することが常態化しているサトルにとってはごく自然なことだった。


 共感性という物だろうか。無いと困るだろうが有りすぎるのも善し悪しだな。サトルは自分の言動の理由を考え、もう一度大きくため息を吐く。


 落ち込んでいる様子のサトルに、妖精たちが大丈夫かと問うように、フォーンと鳴いてすり寄ってくる。


「キンちゃんおはよう。ギンちゃんも、ニコちゃんも」


 サトルはキンちゃんたちを順番に撫でながら、名前を呼んでいく。

 さすがに全員は多すぎるので、数で名前を決めていた妖精たちだけで止め、最後に視線を向けたのは、サトルが自学習のために使っている机の上。

 どうやら昨晩サトルを部屋に連れ帰ってくれた誰かが置いてくれていたらしい、黒い謎の貝。


 サトルは貝に視線を向けたまま妖精たちに問う。


「この貝って、君たちの仲間が囚われてるんじゃないのか?」


 妖精たちは肯定するように高い声でフォーンと鳴く。


 妖精たちが否定をしないのだから、この貝が妖精たちの仲間を捕らえているのは間違いない。

 しかし、なぜ今までのモンスターの体内に捕らわれていた時と違って、中の妖精を助け出すことが出来ないのか、それが分からない。


 妖精たちはサトルに早くその貝を開けてやってくれ、とばかりに、フォンフォンとせわしなく鳴く。何重にも重なって風が唸るような音になっている。

 サトルはその音の重さに苦笑しつつ、ベッドから降り貝へと手を伸ばす。


 見た目程度の重さ。何の変哲も無い貝だ。

 以前ダンジョン内の海モドキで採取したムラサキカガミに似ている。

 だというのに、この貝自体はムラサキカガミのように簡単に開くことはできない。


 物理的な攻撃や、攻勢魔法での攻撃では傷もつかなかった。ならばそれ以上の力を加えればどうだろうか。例えばサトルの使う精霊魔法。


「精霊魔法で攻撃しても駄目なんだろうか?」


 キンちゃんたちは低く否定するようにフォーンと鳴く。

 キンちゃんたち自身ももしかしたらこの貝を調べたのかもしれない。


「駄目そうか」


 キンちゃんたちが駄目だというなら、他には何があるか。


「竜でも駄目だろうか? ニゲラが帰ってきたら……」


 うっかり程度の力加減の失敗で、全身の骨を砕かれたことのあるサトルの言葉に、キンちゃんたちは戸惑うようなフォフォ……フォン……と震える音を出す。


「そもそも人間の力じゃ駄目なんだ……けど物理的な力を加えるとしても、何も暴力だけじゃないよな」


 目の前の貝が何で出来ているか、分かればアプローチの仕方が分かるかもしれないと考える。

 焼けばもしかしたら物質の結合が緩くなったりはしないだろうか。日本でも大量消費するホタテの貝からチョークだの土壌改良剤を作るときは、貝を焼いて脆くして潰しているというのを、サトルは本で読んだことがあった。

 その時の内容をサトルは思い出そうと目をつぶり唸る。


「うーん……そういや貝の殻の主成分はカルシウムだな」


 本当かは知らないがカルシウムは酸に弱いとも聞く。酸といえば……目を開いて自分の手に視線を落とし、サトルはぐっと呻いた。

 以前ギンちゃんがモンスターを攻撃する際、強い酸を使い、それに触れたサトルは重度の化学薬品火傷したことがあった。

 あれは痛かったなと、サトルは思い出して身震いをする。


 しかしあれほど強力な酸をギンちゃんたちが作れるというのなら、ギンちゃんたちならばこの貝をどうにかできるのではないだろうか。


「……君らが増えれば、何とかして壊せないかな?」


 問えばギンちゃんたちは、少し悩むようにフォウフォウウンと、いつにない音を立てた。

 その真意は分からなかったが、しばらくして、ギンちゃんはまるでやってやろうじゃないか! と言わんばかりの元気な声で、フォフォフォーン! と強く鳴いた。


「だよな、やってみる価値はあるよな」


 サトルの言葉に、ギンちゃんは強くフォン! と返事を返す。

 しかし先ほどの悩むような様子は、何だったのか。もしかしたら自分たちの力不足を懸念してなのかもしれない。

 サトルは妖精たちの数をざっと目算する。

 だいぶ集まってはいるようだが、百にはまだとうてい満たない。


「けど今の数じゃ心もとないって事だろうか? だったらこの貝の殻を壊すには、ギンちゃんタイプの妖精を集めるべきか」


 ギンちゃんがフォフォンフォフォンと嬉しそうに鳴く。数がいればより可能性が高くなると、そう肯定しているかのようだ。

 サトルはその声を聞いてしっかりと頷きを返す。


「……三十人、まずはそれを目標に、駄目だった時は四十人目標にして集めてみよう」


 今いる妖精の人数よりも多く、ギンちゃんタイプの強酸を使える妖精を集めようと、サトルは決心する。


 人生は目標や節目を小刻みに決めていき、クリアしていく方が効率がいい、それはサトルがニゲラに語った言葉そのもの。


「少し忙しくなるかな」


 妖精を助けるには積極的にダンジョンに潜る必要が出てくる。

 サトルは大分ダンジョン内での活動や、冒険者たちとのコミュニケーションにも慣れてきていた。今ならば以前よりも上手く立ち回れるはず。

 サトルは自分がこの世界に来て行こうしてきたきた経験を、今ならば生かせるだろうと強く意気込む。


 もちろんその経験には、サトルを支えてくれる妖精たちの力も必要だ。


「よろしく、キンちゃん、ギンちゃん、皆」


 サトルの言葉に妖精たちは、強く強くフォフォーン! と鳴いて返した。


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